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ギルド長の憂鬱

 開いた口が塞がらない、とはこのことを言うのだろう。

 眼前に広がる光景を前に、ギルド長が胸に抱く思いはまさにそういうものであった。


 勿論実際に口を開いているわけではないが、それは平静さを装っているからだ。

 叶うのであれば、今すぐこの場で叫び、そのまま頭を抱えたいところである。


「えーと……これで全部、かな?」

「こうして改めて見てみると、結構拾ったものね?」

「まあ大体一回戦闘するごとに何かしら落ちてたですからね。何だかんだで戦闘そのものは結構ありましたし、こんなもんじゃねえかと思うです」

「それにしても、本当に色々なものが出てきましたわね……魔導書に素材、武器まではいいにしても、このポーションのようなものは飲んでも大丈夫なんですの?」

「まあ俺達が飲むわけじゃないっすし、そこら辺はちゃんとギルドが調査してくれると思うっす。というか、すっかり慣れちゃってるっすけど、他のも全然よくないっすからね?」


 そんな会話を耳にしながら、そこに加わっている一人――ラウルへと視線を送る。

 それは色々な思いのこもったものではあったが、返ってきたのは小さく肩をすくめるような動作だ。

 即ち、彼らが先ほど話した内容は全て事実だということであり……そのことに、さらに頭を抱えたくなった。


 勿論彼らが無事に帰還してくれたこと自体は、素直に喜ばしいことである。

 新しい迷宮に関する情報を持ち帰ってくれたこともそうだが……しかしまさかついでとばかりに、こちらが予想だにしていない厄介事を持ち帰ってくるなど、誰が想像出来るというのか。


 だがこれでもギルドの長を務めて、十年以上が経つ身だ。

 情けない姿を見せるわけにはいかず、重々しく、それらしい態度で頷く。


「ふむ……なるほど」


 そうして改めてその場を見渡してみれば、テーブルに並べられた品々が自然と目に入ってくる。

 彼らが迷宮を探索した結果手に入れたものだという話だが……正直に言ってしまえば、信じられない……いや、信じたくないものであった。


 素材や武器に関しては、まあいいだろう。

 というか、普通に討伐していても、それらは手に入るものである。

 妙に真新しかったりするのは気になるものの、一先ず脇に置いていく。


 意味が分からないのは、半透明の容器に入っている、どっからどう見てもポーションにしか見えないそれである。

 さすがのギルド長も、迷宮でポーションを拾ったなどという話は聞いた事がない。

 大体百歩譲ってポーションの液体を見つけたというだけならばまだしも、何故にそんな容器に入って見つかるのか。

 もう意味が分からない。


 だがそれでさえ、『それら』に比べれば、どうでもいいことであった。

 それら――三冊もの魔導書に比べれば、である。


 迷宮探索において、魔導書が見つかるのは非常に稀だ。

 頻度としては一月に一冊程度と言われており、まだ魔導具のが見つかりやすい方である。


 もっとも実際のところは、それでさえ不確かだ。

 その理由は単純で、冒険者は魔導書を見つけたところで、ギルドに報告することはないからである。


 まあ、それはそうだろう。

 自分達で使うことを考えれば、わざわざ報告する必要もないのだ。

 魔導書は魔術を覚えてしまえばただの本となるのだし、自分達の手を敢えて晒そうとする冒険者はいない。

 一月に一冊程度と言われているのは、あくまでもそのただの本となったものが出回る頻度から逆算されたものに過ぎないのである。


 ちなみにただの本となったはずのそれが何故出回るのかと言えば、それでも或いはという希望を求める者が後を絶たないからだ。

 稀に使用可能な魔導書だと騙されて手にする者もいるにはいるが、普通は確認するし、確認すれば一発で分かってしまうので、騙されるのは本当に稀も稀である。

 閑話休題。


 ともあれ、そういったこともあり、基本使用可能な魔導書は出回らない。

 出回るのは魔導書を手に入れた者達が余程特殊であったり、誰が使うかで揉めた挙句に解散したり、或いは壊滅した場合ぐらいなので、それこそ年に一度あるかないか程度なのだ。

 それがどれほどの価値を持つものなのかは、改めて言うまでもないだろう。


 しかしそんなものが、今ここに三冊もあるという。

 さらに彼らはこれを使わないらしいので、三冊全てが市場に出回る……出回ってしまうことになる。

 それは非常に頭の痛い問題であった。


 だが何よりも頭が痛いのは、これらが全て、魔物を倒した後に出現した宝箱から発見したものなのだということだ。

 正直その話を聞いた時は、お前たちは何を言ってるんだと思ったし、というか今でも思ってはいるのだが――


「っと、そうだ。危うく忘れるところだった」

「ふむ……? まだ出していないものがあったのかね?」

「出し忘れ……まだ何かあったでしたっけ? まあ正直サラは何が出たのかなんて覚えてねえんですが」

「私も覚えていないのだけれど……ああいえ、そういえば、まだ出していないのがあったわね」

「……あー、確かにあったっすねえ」

「なるほど……折角持ってきたのに、まだ出していないのがありましたわね」


 彼らの言葉に嫌な予感を覚えなかったと言えば嘘になるが、同時に見なければならないという予感もあった。

 ごくりと唾を飲み込み……そんなギルド長の目の前で、虚空にぽっかりと穴が開く。

 それはアランの空間魔法によるものだと既に知っているので、驚くことはないが――まあそれ自体も正直、非常識なのではあるが――そこから現れたものに、さすがのギルド長も一瞬呆気に取られた。


 そこから出てきたのは、宝箱であったのだ。

 今までの話からすれば、つまりはそれこそが、魔物を倒したことで出現したものということであり――


「というわけで、現物見た方が分かりやすいだろうと思ったので一つ実際に持ってきてみました。迷宮の外に出して大丈夫かとちょっと思ったんですけど、とりあえず大丈夫そうですね」

「まあ開けたら消えちまうですから、サラ達も何が入ってるのか分からねえんですが」

「というか、ここで開けても消えるんすかねえ」

「どうなのかしらね……どちらも有り得るとは思うのだけれど」

「まあ、消えるのならば宝箱に何かがある、消えないようならば迷宮の方に何かがある、ということですわね」

「何にせよ、開けてみれば分かることだけどね。ということで、開けちゃってもいいですか?」

「む? う、うむ……そうだな。正直ワシもどうなるのか興味があるしな」


 それは本音半分建前半分というところであった。

 気になるのは本当だが、同時に見るのが怖い気もしているのだ。


 それが魔物の擬態であったり、罠が仕掛けられていたりを疑っているとか、そういうことではない。

 もっと別の……見たら後悔してしまうような、そんな気がしているのだ。


 だが止めることも出来ず、アランが緩慢にも見える動きで、宝箱の蓋を開けていく。

 そして中から出てきたのは……四冊目の本であった。


「んー、四冊目の魔導書、ですか。一応運がいい、ってことになるんですかね?」

「正直魔導具とかが出てきたら嬉しかったのだけれど……さすがに出てこないのかしらね?」

「どうだろうね? 試行回数が少ないからまだ何とも言えない気がするけど」

「いやあ、魔導書が出てくるってだけで十分すぎるっすから、この上魔導具が出てくるなんてことはない……と思いたいっすねえ」

「まあとりあえず、成果としては十分、というところですわね」


 ――本気で頭が痛かった。

 本を取り出したところ、本当に宝箱が消え、彼らがそれについてあれこれ言っていたが、そんなことがどうでもよくなるぐらい頭が痛い。


 一度の迷宮探索で、魔導書が四冊?

 それは有り得ないことであるし、有り得てはいけないことである。

 市場的にもそうだが……何よりも、これを他国に知られてしまえば、戦争を吹っかけられる要因となってしまいかねないことが、最もまずかった。


 魔導書というものは、それほどのものなのだ。

 何せそれさえあれば、容易に戦力を増強させる事が可能なのである。

 今までそれが問題にならなかったのは、簡単には手に入らないということが分かっているからだ。

 故にこの事実が知られてしまえば、ほぼ間違いなく周囲の国から攻められることとなるだろう。


 それを防ぐ方法は、一つだ。


「なるほど……疑っていたわけではないが、とりあえず今ので君達の話が正しいのだろうということは判明したな。そして同時に、あの迷宮の取り扱いについても大体のところが決まった」

「え、もうですか?」

「うむ、まあもう少し調査は必要だろうが……おそらくは、封印処理となるだろう」

「え……封印処理、ですの?」

「こんな色々出るのにです? 勿体無くねえです?」

「というよりは、だからっすね。判断としては妥当だと思うっすよ」

「私としても勿体無い気はするのだけれど……まあ、冒険者になったばかりの私達が口出しできることではないわね」


 どうやら彼らも封印処理については一応知ってはいたようだ。

 その判断に疑問は持っても、それそのものについて驚いてはいない。

 まあ当然と言えば当然か。

 ある意味で、それに最も親しいのは彼らなのだから。


 封印処理とは文字通り、手に負えなくなった何かを一時的、或いは恒久的に封印することだ。

 その方法は様々であり、物であれば結界などで隔離されることが多い。

 そしてこれは人物に対しても適用されるものであり……本人達がそれを自覚しているのかはともかくとして、既にこの処理が行われた者がこの場には一人居る。


 アラン・クラヴェルだ。


 先ほどの空間魔法だけを見てもそうだが、アランは非常に魔法の才能に恵まれた人物である。

 職業上、ギルド長はアランが学院で何をしたのかなどの話も聞き及んでおり、その才能に関しては誰一人として否定する者はいないだろう。


 だからこそ、そんなアランが冒険者になることは、本来有り得ないことなのだ。

 そんなことは、国が許しはしない。

 確かに魔導士でも本人の自由意志が最も優先されるべきことではあるが、アランの才能は既にそんな次元には存在しないのである。


 では何故こうして冒険者になれているのかといえば、その上で、国がアランを扱いきれないと判断したからだ。

 逆に何処かの研究所に入ろうとしていたら、全力で妨害がなされていたことだろう。


 確かに学院での実験の結果、大半の魔導士ではアランの魔法理論の大半を理解出来ないということが分かっている。

 しかし初心者用の教本を作ろうとするなど、稀にそれが実現されてしまえばどうしたって影響力を抑えきれない、ということをやらかすことがあったのだ。

 それでも、かつて所属していた研究所での成果のほとんどを握り潰したように、何とかすることも出来なくはないだろうが、一番いいのは余計なことをしないことなのである。


 まあ最もよかったのは抱え込めることであったようだが、魔導士に余計な影響を与えないというのであれば、冒険者になるのもまたよし。

 そういうことで、アランは冒険者になることが出来たのである。


 もっとも国はこれを封印処置とは認めないであろうが、ギルド長からすればそれは明らかに封印処理の一つだ。

 まあギルド長としては優秀な冒険者が増えることは歓迎すべきことでしかないので、特に文句はないのだが。


 尚、アラン以外の三人の魔導士に関しても、その優秀さから本来は冒険者になることは認められることはない。

 だがこちらは、封印処置というわけではなく、アランの封印処置の一環と言うべきだろう。

 アランが冒険者になったからこそ認められたというわけであり、アランが冒険者にならなければ、認められることはなかったということだ。

 その時本人達がそれを望んでいたかは、また別の話であるが。


 ともあれ。


「まあ、魔導書が四冊というのはな……一冊程度ならばまだ経過を見守っていたかもしれないが、さすがにこれは見過ごせんよ。それに魔物の強さは、大したことがなかったのだろう?」

「そうっすね。ゴブリンを基本として、ウルフ系も出たっすけど、まあ簡単な方の迷宮の、浅い階層と同等程度っすからね」

「ああ、あんま強くないなとは思ってたけど、そんなもんだったんだ?」

「構造も広いとはいえ、単純だったっすしね。中級程度の冒険者でも、下手すれば一人でいけるんじゃないっすかね?」

「……なるほど。それは確かに色々とまずいことになりそうね」

「魔導書の価格が……いえ、それどころではなくなりそうですわね」

「んー、正直サラはよく分からねえですけど、皆が駄目って言ってることは駄目なんですね……勿体ねえです」


 それに関しては同感であった。

 実際のところ、非常に勿体なくはあるのだ。

 宝箱が出る代わりに魔物の死体が消えるなど、意味の分からないことは多いが、魔導書が沢山出るということ自体は、ギルドとしてはどちらかと言えば歓迎したいようなことなのである。

 それはギルドには多くの利益が還元されるということであり……まあ、滅ぼされたくはないので大人しく封印処置をするが。


 そもそも、あの迷宮跡をラウルに調べさせていたのも、アラン達にのみ調査を依頼しようとしていたのも、本来はそのためであったのだから。


 まあ何はともあれ、今は目の前のやるべきことを優先すべきである。

 そのためにも――


「さてまあ、しかしそれが分かったというだけで、十分君達はその役割を果たしてくれた。本来はこちらの侘び代わりであったというのに、こんなことになってしまって本当に申し訳ないが……その分報酬は期待してもらって構わない。それで、だな……実は君達には、引き続きしてもらいたいことがあるのだが――」


 彼らに引き続き協力を要請するため、その内容を口にするのであった。

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