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禁忌の迷宮

 魔法陣の上へと乗り、足元が光った直後、アランの眼前にあったのは、先ほどまでのそれとはまったく異なる光景であった。


 ただしアランがそこで驚いたのは、その事実に対してではない。

 勿論部屋の大きさに対してでもなければ、その材質に対してでもなく……薄暗くとも、それらのものがはっきりと見えるということにであった。


 話に聞いてはいたものの、なるほどこれが迷宮かと頷き、その場を見渡す。

 とはいえ石造りのそこは特に変わったものがあるわけでもなく、一周したところで視線が止まる。

 そこはこの部屋唯一の出入り口であり、そこで外の様子をうかがっていたのだろうラウルが、こちらに顔を向けていた。


「問題なく来れたみたいっすね。よかったっす」

「そっちも問題なかったみたいで何より。それにしても……さっきの感覚からすると、やっぱりアレは転移の魔法陣ってことでよさそうかな。魔法で転移した時と同じ感覚だったし」

「えっ……あの、まさかとは思うんすけど……もしかして、転移の魔法とか使えたりするんすか?」

「え、使えるけど?」

「…………もう俺何言われても驚かない自信があるっす」


 何やら疲れたように溜息を吐き出すラウルに、アランは首を傾げる。

 確かに空間系の魔法を使える魔導士はあまり多くないという話ではあるが……そこまでのことだろうか?


「あまり多くないどころか、この国に一人居るか居ないかぐらいだって話っすよ? 今更アランさんが嘘を吐いてるとは思わないっすけど、多分他の人が言ってたらホラ話だと思うっす」

「んー……確かに魔法式は他のと比べて複雑ではあったけど、そういうのは関係ないはずだしなぁ。使えれば便利だし、何で皆覚えてないんだろ?」

「そういうのはさすがに俺にはわからないっすけど、まあそういうことなんで、あんまそのこと人には言わない方がいいっすよ? アランさんが言ったみたいに、使えると便利っすから」

「あー……ということは、もしかしてギルドにも言わない方がいい?」

「言わない方がいいっすね。それこそ便利に使われるだけっす」

「あの時黙ってたのは正解だったかぁ……」

「本当は俺にも言わない方がよかったんすけどね。まあ、俺から聞いたことっすし、下手に喋ったら姉さんが怖いっすから誰かに言いふらすつもりはないっすけど」


 と、ラウルの方へと近付いていきながらそんな話をしていると、続いてリーズが転移してきた。

 やはり問題はなさそうであり、シャルロット、サラと続き、全員集合である。


「むぅ……皆さん無事だったのはいいんすけど、やっぱり躊躇しなかったっすねえ」

「どういうこと?」

「いや、俺は最初あれ見た時、躊躇したんすよ。だって明らかに怪しいじゃねえっすか」

「確かにそうだけれど、あなたの時はこうなるとは分かっていなかったのでしょう? ならば躊躇しても不思議ではない……むしろ、躊躇するのが普通なのではないかしら?」

「そうなんすけど……俺が躊躇してたら、姉さんが、じゃあ自分が、とか言い出したんすよ」

「魔法陣なんて見慣れてるもんですしね。そもそも怪しいとか分からないとか言ってたら、魔法が使えねえですし」

「確かにそうですわね。魔導士というのは、言ってしまえば訳の分からないものを率先して使っている最先端ですもの。今更魔法陣などで臆す理由はありませんわ」


 その言葉に皆で頷くと、ラウルは、本当にさすがっすと呟き、肩をすくめた。


 だが暢気に会話をしている時間は、そこまでであった。

 皆で顔を見合わせると、頷き合う。

 ここまでは割合暢気に進むことが出来たが、ここから先は本当に未知だ。

 一瞬の油断が死に繋がる。

 アランは既に周囲の索敵を開始していたが、魔物次第では無意味なこともあるし、迷宮の構造次第では同様だ。


 気を引き締めなおすと、ラウルを先頭にして、慎重に先へと進んでいった。








 どうやらこの迷宮は、構造自体は典型的なものであるらしい。

 高さは二メートルほど、幅は三人が広がれる程度のものであり、そんな通路がずっと続いている。

 勿論途中で折れ曲がっていたり、真っ直ぐ歩いているつもりが斜めに歩いていたりしていることはあるものの、別に特出して記すようなことではないだろう。

 結局のところは、やはり典型的な迷宮だということであった。


「んー、とはいえ、広い? まあ僕も知識で知ってるだけだから、実際はこんなものだと言われたら何とも言えないんだけど」

「どうっすかねえ……俺も迷宮は二つしか知らないっすからねえ。他は一応聞いたことはあるとはいえ、参考程度にしかならねえと思うっすし……ただ、俺の経験的に言えば、やっぱり広いとは思うっすね。もっとも、ここが第一階層なら、の話っすけど」

「迷宮は階層ごとに分かれており、それが数十と連なっているのが普通……だったかしら? 私が迷宮に関して知っているのは基本的なことぐらいなのよね……」

「わたくしも同じようなものですわ。それにしても、第一階層なら、とはどういう意味ですの? 入り口から来たんですから当然……ああいえ、転移してきたということは、途中の階層からだという可能性もあるんですのね?」

「そういうことですね。一応そこら辺の話は前回来た時もちょっとはしたですけど……」

「まあ、すぐに結論出せることじゃないよね。上と下、それぞれの階層に繋がってる道が見つかれば話は別だけど」


 もっともその場合は、この迷宮の本当の入り口が別の場所にあるということを示しているのだが……まあ、それを考えるのは後でもいいだろう。

 とりあえずは、ここのことを大まかにでも把握するのが先決だ。


「ところで、具体的にはどれぐらい調べ終わったら戻るべきなのかな? まあ無理だと思ったらその時点で戻るべきだとしても、そうじゃなかった場合は」

「……そういえば、そこは詳しく詰めてなかったっすね。多分ミレーヌさんとしては、その前に限界が来ると思ったんじゃないっすかね?」

「確かに、迷宮に不慣れなのが四人に、そのうち三人は戦闘にも不慣れだものね。幾ら魔導士とはいえ、そう考えるのが普通かしら」

「だと思うです。普通魔導士といえば、補助を主にするのが役目ですし」

「ええ、わたくし達に依頼されたのも、そういった目的だったのでしょうね。……わたくし達には規格外がいますから、こんなことになっていますけれど」


 何故規格外と言いながら、こちらを見ているのだろうか。

 しかも皆同感とでも言いたげに頷いているし。

 解せぬ。


「……唐突にそんなものを作り出しておきながら、よく言えたものですわね?」

「え、だって便利だよね?」

「確かに便利だけれど、そういうことではないわ」

「そもそも意味不明です」

「……マッパー泣かせっすねえ」


 何故か散々な言われようだが、実際便利だと思うのだ。

 この自動書記機能付き地図は。


 アランの顔の右上に浮いているそれは、文字通りのものだ。

 今まで歩いてきた道が自動的に記され、距離や方角まで対応している。

 ここが広いと思ったのも、これのおかげだ。

 まあ今のところ本当に歩いた道を記すだけなので、そのうち壁やまだ行っていない道、罠があったらそれなどにも対応したいが、そういうのは後回しだろう。


「……ラウル、これは例外ですから、魔導士が皆こういうのだと思ったら駄目ですからね?」

「分かってるっすよ。さすがにそこまで世間知らずじゃねえっす。というかさっきも言ったっすけど、他の魔導士と組んだこともあるっすし」


 本当に言われ放題である。

 だがそのうち皆もこれの真価を理解してくれるはずだと前を向き、歩を進め――


「――ラウル」


 声をかけた瞬間、ラウルの雰囲気が一変したのが感じ取れた。

 どうやらそれだけで、こちらの意図を読み取ったらしい。

 さすがである。


「数は?」

「二。曲がった先を十ほど先で、固まってる」

「了解っす」


 意味としてはそのままだ。

 この先の角を曲がったところで、十メートルほど先に動く何かが二つある。


 それを魔物と断定出来ないのは、生体反応だけではなく動くもの全てに対しても反応を返すように魔法を改良したからだ。

 それだと余計なものまで引っかかってしまう可能性があるが、未知の場所を歩く以上は警戒しすぎるぐらいでちょうどいい。

 意図を察した他の三人と共に、息を殺しながらゆっくりと先に進んでいく。


 音も匂いも魔法で消しているのだが、これも念のためだ。

 何事も、しすぎるぐらいで、ようやく十分となるのだから。


 そうして曲がり角に差し掛かった途端、ラウルが壁に張り付き、そっと向こう側を覗き込む。

 先にあるものを目視し、こちらに視線を向けると、頷く。


 魔物だという合図だ。

 こちらも頷き返し――それを確認した瞬間、ラウルはその向こう側へと躍り出た。


「――っ」


 それより遅れること一歩、サラも続く。

 アラン達も続くが、それはたっぷりと五秒ほど数えた後だ。

 後衛が早く出すぎても、邪魔にしかならないこともあるのである。


 しかしどうやら今回は、無用の心配であったようだ。

 アラン達が曲がり角から飛び出ると、ちょうどラウル達がそれにトドメを刺すところだったのである。


 ゴブリンだ。

 片手にナイフを持っていたようであるが、それを振るうより先に剣がその首を刎ね飛ばし、拳が頭部を吹き飛ばした。


 残心したまま遺体を油断なく眺めている二人の元へと、アラン達は苦笑を浮かべながら近付いていく。


「どうやら僕達の出番はなかったみたいだね」

「完全に油断してたみたいっすからね」

「この程度の魔物倒したところで、自慢にもならねえで――」


 だがその歩みが、ピタリと止まった。

 はかったようにサラの言葉も途中で止まり……その顔はこちらを向いていないため、見えない。


 しかしそこに浮かんでいる表情は、見なくとも分かった。

 何故ならば、アランも……アラン達も、間違いなく同じものを浮かべていたからだ。


 そこにあったゴブリン達の遺体は、消えていた。

 倒したのが勘違いだったとか、そういう話ではない。

 まるで……そう、まるでゲームのように、その場からふっと遺体が姿を消したのだ。


 だがそれだけであれば、まだ受け入れる事が出来たかもしれない。

 迷宮はその機能の一つにおいて、そこに放置された遺体を飲み込むとされている。

 だからそれはその一種なのだろうと、強引に思うことも不可能ではなかったが……次の瞬間に起こったことは、完全に理解の外にあった。


 ゴブリン達の遺体が消え去った直後にあったのは、音だ。

 ゴトリと、何か重いものが地面に落ちたのかような、音。


 そしてそれは正しい。

 見た目からして一目で重量があると分かるようなものが、その場に落ちたからだ。


 それは虚空から唐突に出現したように見えた。

 それは金属の光沢を持つ、四角い箱に見えた。


 ――それは所謂、宝箱と呼ばれるものに、見えたのであった。

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