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一つの転換点

 改めて言うまでもないことであろうが、魔導士というのは、ただそれだけで有用な存在である。

 まあ何せ、魔法などというものを使うことが出来るのだ。

 有用でないわけがないだろう。


 そしてそのことが分かっているのであれば、それを遊ばせておくのは馬鹿のすることである。

 そういったこともあり、この国での魔導士の立場というものは、非常に高いものなのであった。


 具体的に言うならば、この国は王制を取っており、貴族階級などのはっきりとした身分制度が敷かれているのだが、魔導士であることが判明した時点で、例外なく独立した身分を持つことになっている、と言えば大体の程は分かるだろうか。

 階級で言うならば、準貴族と同等の権限を持っており、それは例え元が平民であろうと、或いは奴隷であってすらも変わらないのだ。


 まあこれは厳密に言うならば、国王以外の何者からも干渉されない権利、と言うべきではあるのだが、細かいことはどうでもいいだろう。

 実際にはそれとは別に貴族の階級を持つことも可能ではあるのだが、それもまたどうでもいいことである。

 重要なのは、魔導士というのは、それだけで貴族と同等の存在だということだ。


 そういった理由もあり、また魔法を活用することでかなりの仕事を請け負うことが出来るため、基本的に魔導士の住む家というのは大きいことが多い。

 実はアラン達が住んでいるのも屋敷であり、一階だけで部屋数は二十を越えるほどである。


 もっともまったく活用できてはいないし、使用人などを雇っているわけでもないので、住んでいるのは三人だけだ。

 まさに無用の長物といったところだが……だがだからといって、小さな家に引っ越すわけにはいかない事情というものもある。


 それは端的に言ってしまえば、見栄だ。

 魔導士はこんな家に住むことが出来ているんだから凄いのだろうと、そう思わせるためのものである。

 勿論実際に魔導士というのは凄いのだが、それを告げたところで素直に納得出来る人達ばかりではない、ということであった。


 まあともかくそういったわけで、その魔導士の格を知るには、その人が住む家を見るのが一番手っ取り早い、などと言われたりするわけだが――


「うーん……場違い感が凄いなぁ……」


 文字通りの意味で見上げるほどの大きさのそれを眺めながら、アランは関心半分呆れ半分といった様子で呟いた。

 果たして何をどうすれば、こんな場所に住めるように――否、住まなければならなくなるというのか。


「あら、別に場違いとか、そんなことはないわよー? あなたのしたことを考えれば、むしろこの家の方が吊りあっていないような気もするし……そもそも、ここは仕事場と兼任しているからこそ、この大きさなのだもの」

「仕事場?」

「そうよー。まあこれはこれで、その期待の大きさ、みたいなのを表してもいるのだけれどね」


 ならやっぱり場違いじゃないだろうか、としか思わないのだが、母に言わせると違うらしい。


 だがそう言われても、アランとしては首を傾げるだけだ。

 そんな大したことをした覚えはないし、どう考えても買い被りというか、母親としての贔屓目のせいでそう見えているだけにしか思えないのである。


「さて、それじゃあ行きましょうか。連絡はしてあるから、遠慮はいらないわ」


 そう言って屋敷へと向かう母の足取りは、堂々としたものであった。

 それが当然とばかりの態度でいられたら、いつまでもその場でうだうだしてもいられない。

 僅かな不安を残しつつも、アランもその後に続くのであった。




 屋敷の中は、外見から想像出来た通りのものであった。

 床に敷き詰められたふかふかの絨毯に、天井から吊るされたシャンデリア。

 周囲に飾られているのは、おそらくは相応に価値のある美術品だろう。

 廊下は広く、天井は高く、壁に連なる扉の数とその間隔が、この屋敷の規模というものを伝えている。


 だが、同時にそれだけでもあった。

 それらがあるだけ。

 美術館だと言われた方が素直に頷けるほど、そこには生活感というものが存在していなかったのである。


 自身の家も大概ではあるが、これほどまで無駄に豪華という言葉がしっくりと来る家を、アランは他に知らない。

 埃が被ってるわけでなければ、何が悪いというわけでもないのだが……何と言うか、本当に、そこにあるだけなのだ。

 そしてだからこそ、無駄、なのである。


「アラン? さっきから色々と見ているみたいだけど、何か気になるものでもあったの?」

「んー、気になってるのは確かなんだけど……それはこの屋敷そのもの、かな? なんか、人の住んでる家って気がしないっていか……? こうして既に屋敷の中を歩き回ってるのに、人の気配もまるで感じないし」

「ああ、それは当然よー。だって実際に、ここには誰も住んでいないもの」

「……え? それってどういうこと?」


 まさかの幽霊屋敷ってオチか? と身構えるが、そんなアランへと向けられたのは、笑みだ。


「ふふ、別に変な意味じゃないわよ。さっき、ここは仕事場を兼任しているって言ったでしょう?」

「あー……つまり、そっちに住んでる、と?」

「そういうことねー」


 なんというブラック、と思ったが、ここが自宅でもあることを考えると少し違うような気もする。

 脳裏を過ぎるのは、前世の自分の仕事環境ではなく、どちらかと言えば物ぐさな研究者の姿だ。

 そして母の様子を見る限り、それで正解のようである。


「でも、そっちにずっと居るにしては、こっちが綺麗な気が……? 掃除のためだけに人を雇ってるとか?」

「それはもっと簡単な話よ。忘れたの、アラン? わたしたちが一体なんであるのかを」


 その言葉に、なるほど魔法かと頷いた。

 汎用性が高いということは聞いていたものの、そんなことまで出来るのかと思いつつ――


「あ、もしかして、うちがいつも綺麗なのって」

「勿論、わたしが毎日魔法で綺麗にしているからよー」


 それで、家に自分達以外に誰もいない理由に納得がいった。

 通常広い家に沢山の使用人が必要なのは、それだけ家の維持に人手が必要だからだ。

 それが全て魔法でまかなえるのであれば、確かにそういった人達は必要ないのである。


「うーん……やっぱりまだまだ知らないことだらけだなぁ」

「それはそうよー。あなたはまだ、魔法を本格的に習ってから一年も経っていないのだもの。もっとも、だからこそ凄いのだけれど」


 相変わらず実感のない言葉に首を傾げながらも、今のやりとりで分かったことがもう一つある。

 まあ、先日の一件を受け、母が会わせたい人が居ると言い出した時点で何となく予想できてはいたのだが。

 やはりと言うべきか、その会わせたい人とやらは、自分達と同じ魔導士であるらしかった。






「ちっ、何しにきやがった? 帰れ」


 顔を合わせるや否や言われた言葉に、アランは咄嗟に母の方へと振り向いていた。

 幾らなんでもこの展開は予想外である。


「あら、久しぶりに会ったっていうのに、随分と酷い態度ねえ」

「うるせえよ、むしろだからだろうが。お前がわざわざ俺に会いに来るなんて、嫌な予感しかしねえ」


 そう言うと男は、心底嫌そうに顔を顰めた。


 状況から考えると、この男が母が会わせたいといっていた人物で間違いないのだろうが……さて、だが具体的にはこれはどういう状況なのだろうか。

 男とはどういう関係で、結局何をしに来たのか。

 気になることは山ほどあるが、とりあえずとばかりにアランはその場を見渡した。


 そこは決して広いとは言えない部屋であった。

 元はそれなりに広さがあったのだろうが、周囲にうずたかく積まれ、または散乱している本や、何に使うのか分からない器具のようなものが所狭しと転がっているせいで、それをまったく感じさせない。

 足の踏み場もない、というほど散らかっているわけではないが、それでも人一人が行動するのに精一杯というところだろう。


 しかしだからこそ、ここに来るまでに通ってきた場所に比べれば、圧倒的に人が暮らしている場所だという感じがあった。


「ふふ、いいのかしらそんなこと言って? 後悔しても知らないわよー?」

「お前が関わってきた時点で大抵は後悔することに――って、おいこら、勝手に何してやがる!」


 と、声に視線を向けると、いつの間にか母は部屋の隅の方におり、床から何かを取り上げているところであった。


「これ、別に使っても問題ないものよね?」

「ああ? まあ、確かに問題はねえが……くそっ、相変わらず勝手しやがって」


 何となくそのやり取りで力関係というか、どんな関係なのかは分かった気がするが、母はそんな男を半ば無視しながらこちらへと向かってくる。

 そして、先ほど拾ったものを差し出してきた。


「はい」

「いや、はいって言われても……」


 差し出されたものは、試験管のようなものだった。

 細長く透明なそれが厳密にはどういうものなのかは分からないが、まあ似たようなものだろう。


 だがそんなものを渡されて、どうしろというのか。

 とりあえず受け取っては見てみるも、意図がまるで読めない。


 ……いや、厳密に言うのであれば、母が自分に何をさせたいのか、ということであれば、何となく分かってはいる。

 ここに来ることになった発端が何であるかを考えれば、おのずと分かろうというものだ。

 もっとも、それでもその意味は分からないままだが……母はそれ以上は何も言わず、ただ期待するような目でこちらを見ていた。


 そんな目を向けられてしまえば、何をすればいいのかなどと尋ねることは出来ない。

 まあ、違っていたら違っていたで構わないかと思いながら、手に握ったそれへと意識を僅かに向けた。


 特別集中する必要はそれほどない。

 この半年の間、それだけをやってきたのだ。

 既に完成形は頭の中に出来上がっており、ならば後はそれを組み立てるだけである。


「――給水」


 魔法は、余計な手を加えようとしなければ、基本的には同じ結果が生じるものだ。

 故に当然の結果として、呟いた次の瞬間には、そこには水が溢れた。


 しかし、それだけである。

 これに何か仕掛けでもあるのかと思ったが、別に光ったりだとか、何かが起こるわけでもない。

 本当にこれでよかったのだろうかと、首を傾げ――


「――おい」


 反射的にその声に視線を向けたのは、そこに明確な怒りを感じたからであった。

 だが直後に、それが向けられているのは母だということが分かり、どうしたものかと迷う。

 そもそも、何に、何故怒ったのかも分からないのだ。

 対処のしようがないし……何よりも、母がまるで全てを分かっているとでも言いたげに微笑んでいるのが、余計にアランを惑わせていた。


「それは、テメエの仕込みか? つーか、んな嫌がらせをするために、わざわざ来たってのか?」

「あら、それは心外ねー。わたしがそんなことをするとでも? それに……あなたの研究というのは、わたしがそんなことをした程度で、出し抜かれてしまうものだったのかしら?」

「…………ちっ。くそがっ。だからテメエは嫌いなんだよ」

「酷いわねえ。わたしはあなたのこと、嫌いじゃないのだけれど」

「うるせえよ」


 微笑んだままの母と、苦い顔をして目を逸らす男。

 相変わらず状況が分からないのだが……何か解決したと思っていいのだろうか?

 というか、結局どういうことだったのか。


 そんなことを考えながら、アランが首を捻っていると、不意に男の視線が注がれた。

 今度は何だと思いながら、僅かに警戒するように見るも、男は何かを迷うように、数度口を開いては閉じてを繰り返す。

 そしてそれからようやく、言葉を発した。


「……ちっ。おい、テメエ名前は?」


 それでようやく、そういえば自己紹介もまだだったと思い至ったが、アランが自分の名を告げるより先に母がそれを遮った。


「あら、まずは人の名前を聞く前に、自分の名前を名乗るものじゃないかしらー?」

「……それ言うなら、まずはテメエが互いを紹介するもんだろうが」


 それは同感であったが、何せ母なので言っても無駄である。

 それを男も理解しているのだろう、諦めたような顔をしながら、自らの名を告げた。


「クリストフだ。好きに呼べ」

「えー? それだけなの?」

「うるせえよ、別に他は必要ねえだろうが。おら、次はそっちだ」


 母は何やら不満がある様子であったが、こっちとしては特にない。

 だがどう言ったものかは僅かに迷い……結局、特に捻ることなく告げることにした。


「アランです」

「アラン? 別に丁寧に対応する必要はないのよ? 見て分かる通り、彼も魔導士だし……それにほら、彼あんな感じだから、もっと雑に扱ってもいいのよー?」

「だからお前はうるせえっつってんだろが。黙ってろ」

「ぶー、なにようー」


 そんなやり取りをしている母の精神年齢が若干下がってる気がするのは、さて気のせいか。

 まあ、それなりに気安い相手だと、そういうことなのだろう。

 未だに詳細は不明のままだが。


 しかしそんなことは問題ないとばかりに、男――クリストフは、こちらの顔を、正面から見据え――


「さて、んじゃアラン。色々言いたいことや聞きたいこともあるし、それはそっちも同じだとは思うが、まずは真っ先に言いたいことを言うぞ?」


 その瞳には未だ、怒りに似た何かが渦巻いていたが、それでも同時に、真剣であることも伝わって来た。

 そして。


「お前、ここで俺と一緒に働かねえか?」


 男はそんな言葉を、告げてきたのであった。

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