迷宮へ
「……なるほど。つまり、そこの人と逢引をしていた、ということね?」
「全然違えです! サラの話の一体何を聞いてやがったですか!?」
「そうですわよね。その人とは逢引をするような関係ではなく、奴隷とご主人様の関係ですものね?」
「それも違えです! だから何でそうなるですか!?」
「え、奴隷……? なに、魔法ぶっ放した方がいいの? なら遠慮なくやるけど」
「サラの身を案じてくれるのは嬉しいですけど、ひとの弟に何しやがるつもりです!? 止めるです!」
などと軽く騒ぎながらも、サラから聞いた話を要約すれば、どうやらこの迷宮都市は、サラの故郷に帰るための途中の位置に存在しているらしい。
そのため、一旦休息と補給のために立ち寄り……そこで、一緒に居た男――サラの弟であるラウルと偶然再会したという話であった。
「それで故郷のことを聞いて、一先ず無事だってことが分かったし、ラウル……ラウルさんとか呼んだ方がいいですかね?」
「いえ、普通でいいっすよ。姉さんである程度分かってるとは思うっすが、俺もこんな感じの喋り方っすし……それに、魔導士なんすよね? 事情はある程度知っちゃってるっすから」
「ああ、辺境の村とかだと、そういうことが結構あるんだっけか……まあ、了解。それで、ラウルが村のためにここで冒険者をやって仕送りしてるっていうから、サラもそれを手伝おうとした、と」
「何でちゃんと話理解出来てるのにあんなこと言い出したのかは気になるですけど……まあ、そういうことです」
それはまあ、あまりに予想外すぎる再会であったため、ちょっとはしゃいでしまったとか、そんなところだろう。
何せ本来ならば、再会は一年以上先だったはずなのだ。
ならばそれも仕方のないことである……ということにしておこう。
ともあれ。
「それで、そっちの事情も分かったですが……何ていうか、相変わらずですね」
「そうね。本当にアランと居ると退屈しないわ」
「ちょっと待った。今回ばかりは僕は無関係だと思うけど?」
「今回ばかり、などと言ってしまっている時点で語るに落ちていると思いますわよ?」
「はっ、しまった……!?」
と、そんないつも通りと呼べるやり取りをしていると、ふと笑い声が聞こえた。
それは思わず漏れてしまった、とでもいうかのようなものであったが……自然と、皆の視線がそっちに向く。
「あ、すまないっす。でも皆さんを馬鹿にしたわけじゃなくってっすね……」
「いやまあ、悪意は感じなかったし、最初からそんなことは思ってなかったけど……そんな、思わず笑っちゃうほど面白いような話だった?」
「んー、何というか、別に話の内容で笑ったわけじゃないんすよ。そうじゃなくて……さっきもですが、姉さんもこんな話をするんだな、と思ったら、つい、って感じっすね」
「む、それはどういう意味です? っていうか、昨日から言ってるですが、姉さんじゃなくて、ちゃんと昔みたいにお姉ちゃんって呼ぶです!」
「いや、だからさすがにこの歳になってもそれは勘弁して欲しいっす……」
その情けなさそうな声と姿に、今度はこちら側から笑い声が漏れる。
ある程度意図的なものも含まれているのかもしれないが、これならば何とか彼とも上手くやっていけそうだと、そんなことを思い――
「――和やかに雑談されているところ申し訳ありませんが、そろそろ到着します。先ほど伝えましたように、この先は既に何が起こっても不思議ではありませんから……準備と心構えの方、お願いします」
先頭を歩いていたミレーヌの言葉で、一気に空気が引き締められた。
とはいえ、ラウルにどこか余裕がありそうに見えるのは、さすがといったところか。
何でもラウルは既に十年近く冒険者をやっており、ランク的には冒険者として上級に位置するらしい。
つまりは五以上だということであり、一流以上だということだ。
だがそんなラウルに向けて、サラは心配そうな顔で声をかけていた。
「ラウル、本当に大丈夫なんです? サラはあんま動いてなかったから平気ですが、さっき戻ってきてから、ろくに休まずまたすぐに迷宮じゃねえですか。しかもさっきとは違って、今度は五人ですし……」
「だから心配無用っす。そもそも五人とはいえ、そのうち四人が魔導士とか、贅沢すぎるって話っすし。確かに多少前衛の負担は大きいかもしれねえっすが、俺が何年冒険者やってると思ってるっすか? この程度のことなんて――」
「……そう、ですよね。ラウル達を放っておいたサラが、今更どの顔して心配するのかって話ですよね……」
「ああもう、だから気にしすぎって言ってるじゃねえっすか! 別に俺が冒険者になったのは姉さんのせいじゃねえっすし――」
途端に落ち込んだサラをラウルが慰めているが、それはラウルが冒険者になった原因が、サラにあるからだろう。
本人は違うと言ってはいるものの、そもそもラウルが冒険者になった理由が、村が貧しくなりすぎて、もうまともな手段ではやっていけなくなってしまったから、という話なのだ。
そのため村を出、わざわざ危険な冒険者になってまで村に仕送りをしているというのだから……まあ、サラが無関係だというのは無理がある。
勿論サラがその村出身とはいえ、何かをしなければならない義務はない。
同時にラウルにもその義務はないため、要するに好きでやっているに過ぎないのだが……そうやって割り切れるぐらいならば、サラは最初から村に帰ろうとはしなかっただろう。
まあそんなサラだからこそ、結果的にとはいえ、十年以上放っておかれる形となってしまったラウルが、未だに姉と慕っているのだろうが。
もっともさすがにどこかぎこちなさのようなものは感じるが……それは本人達が埋めるべきものだ。
アラン達はそれを、生暖かく見守るだけであった。
「さて、あっちはいいとして、こっちは大丈夫そう? 結局ろくに準備ができなかったけど」
「準備はともかくとして、結局情報はそれなりに貰えたわけだし、私は問題ないわね。そもそも、最初から私達魔導士には、それほど準備の必要性というものがないでしょう?」
「まあね」
優秀な魔導士であればあるほどに、大抵のことは魔法で代用が可能になる。
そして自画自賛になってしまうものの、この場に居る魔導士だけで今年の学院の上位三席を占めているのだ。
大体はどうにか出来るだろうし、汎用的な薬やある程度の食料などは、アランが異空間にぶち込んである。
これで無理なようなら、それはどれだけ準備をしたところで無理だろう。
「出来ればもう一人前衛が欲しいところではありますけれど……それは言ったところで仕方のないことですものね」
「だねえ。まあでも、二人も居ればとりあえずは何とかなるんじゃないかな? 無理をする必要はないみたいだし」
前衛が二人というのは、片方は当然のようにラウルであるが、もう一人はサラだ。
そう、サラは確かに魔導士ではあるものの、珍しいことに近接戦闘特化なのである。
厳密に言うならば、その魔法のほとんどは補助タイプではあるのだが、自身の強化に特化している時点で大差はない。
尚、村で生計を立てていた時は、主に動物や魔物を狩っていたそうである。
そんな姉を見て育ったというのだから……幾ら危険とはいえ、ラウルが冒険者になったのはある意味で自然なことだったのかもしれない。
「それに、クロエにも悪いことしちまったですし……」
「クロエはっ……その……関係ないことはねえっすけど、でも、納得してくれてるっすし!」
「ですが、結局ラウルが冒険者になっちまったせいで、ろくに会えてねえんですよね?」
「それは……そうっすけど……」
そんなことを言っている間も、どうやらサラ達の方はまだ続いていたようだ。
いい加減止めるべきか迷うが、折角の姉弟の会話なのだから、止めるべきではないような気もする。
と。
「ちょっとアランさんからも何か言ってやって欲しいっす!」
「え? うーん、そうだなぁ……爆発すればいいんじゃないかな?」
「何故俺の方を見ながら言うっすか!?」
リア充だからである。
ちなみにクロエとは、ラウルの幼馴染にして、妻であるらしい。
要するにラウルは、既に結婚しているのだ。
しかも誕生日や結婚記念日には高価な魔導具を使用してまで村に帰って共に過ごしているというのだから、もう末永く爆発すればいいよとしか言いようはなかった。
「ま、とりあえずそういった話はまた後で、ってところかな?」
「……そうっすね。姉さん、改めて気を引き締め直すっす。昨日も今日も言ったっすが、迷宮では油断が即死に繋がるっすよ」
「……ん、分かってるです」
サラが頷き、周囲からついに声が消える。
残されたのはただ、靴が床を叩く音だけであった。
その雰囲気に自然と緊張感が高まり、唾を飲み込む。
大丈夫だろうと思ってはいても、やはり初めて行く場所……それも、迷宮ともなれば、どうしたって緊張は抑えられないのだ。
そう、アラン達は今、迷宮へと向かって歩いていた。
しかもそれは当然と言うべきか、ギルドから依頼のあった、あの迷宮である。
ラウル達が何故一緒にいるのかは、色々な事情が重なった結果ではあるのだが……まあ、その必要が出来てしまったから、というのが一番わかりやすいだろうか。
ギルド長も含めた話し合いで、アラン達五人と、先導する形でミレーヌとが共に迷宮へと向かうことになり、今はその真っ只中だということである。
ただ、その道中は普通のものではなく、さすがは秘匿が必要な場所と言うべきだろうか。
何せ今アラン達が歩いているのは、ギルドの真下……かつては地下牢があったという場所なのだ。
正直案内された時はまさかと思ったし、実は今も少し思っている。
それに……まさかと思ったのには、他にも理由があった。
「……かつて攻略された迷宮へと、続いてた道、か。こういったら少しあれかもしれないけど、思ったよりもしっかり残ってるものなんだなぁ」
「……確かにそうね。もう少し荒れていても不思議ではない気がするけど……場所が場所だけに、掃除などは欠かさなかった、ということなのかしら?」
「そうですね。地下牢としてすら使われなくなって久しいですが、ギルドから直結している場所でもありますから。ですから、すぐに異変に気付くことも出来たのですし……本当に、何が幸いするか分かりませんね」
「ああ、どうして気付けたのか少し不思議だったのですけれど、そういうことだったのですわね。確かにそれならば、納得ですわ」
かつて攻略された迷宮というのは、そのままの意味だ。
迷宮は常に魔物を生み出し続ける場所であるが、それを破壊する方法がないわけではない。
それが、最深部へと辿り着き、コアと呼ばれているものを破壊することである。
それによって迷宮そのものが崩壊し、二度と魔物は生み出されなくなる。
かつては五つの迷宮を構え、そこから生まれる利益で以って栄えていた迷宮都市に、二つしか迷宮が存在しなくなったのは、そうして三つの迷宮が攻略されてしまったからなのだ。
そして迷宮が稼動しなくなる理由というのが、まさにその迷宮を攻略してしまう、ということなのである。
しかしだからこそ、この先にあるのは崩壊した元迷宮だけであり、そこから魔物が出てくるようなことはない。
そのはずだった。
そう、何故かそこから、魔物が出てきてしまったというわけである。
「ま、それで俺の出番だったってわけっすね。もっとも最初に依頼を受けた時は、正直半信半疑だったっすけど」
「それは私達もです。元迷宮とはいえ、魔物が出てくることなどありえませんし。ですから、最初は偶然何処かが別の場所に繋がってしまい、魔物はそこからやってきたのかと思ったのですが……どうにもそれにしては、色々と妙でしたから。もしかしたら、何らかの理由によって再稼動するようになったのではないか、と」
「それで軽い調査をアラン達に、ですか。まあ他の魔導士は色々忙しいみてえですし、とりあえずってことなら確かに正解でしたかね」
アラン達に出された依頼は、つまりそういうことだったらしい。
おわび代わりと言いながらも、実際にはかなりギルド側の都合が大きかったものではあるが……まあ、そんなものだ。
内容はともかく、どうせそんなことだろうという予測は半ば出来ていたし、仮に依頼がそのままで、何も起こらなかったとしても、ギルドは相応の報酬を用意してくれただろう。
だからどっちにしろ問題はなく……それに、結局そうなることはなかった。
その直前に、ラウル達がその原因と思われるものを見つけてしまったからである。
そしてそれこそが、あの時アラン達に何も話せなかった理由であった。
事が事だけに、ミレーヌだけでは判断しきれなかったのである。
何故ならば――
「崩壊した元迷宮の先……或いは、その途中が、別の迷宮に繋がっていた、か」
「いやー、あれはさすがに驚いたっすね」
「それはこっちの台詞だと思うです。冒険者になったばかりで、楽だからって理由で連れて行かれたらあんなもん発見しちまうとか、普通思わねえですよ。しかもそれ報告に帰ったらアラン達と再会するですし。そのうち再会するとは思ってたですが、さすがにあれは予想外すぎたです」
「それに関しては、予想外だったってのは、こっちの台詞でもあるけどね」
ちなみにサラがこの街に辿り着いたのは一昨日だったらしいが、ラウルとの話し合いや都合などの関係で、冒険者になったのは今日のことらしい。
そしてそのまま元迷宮へと連れて行かれ……その先で起こったのは、今言った通りのこと。
崩壊しているのでなければ、再稼動したわけでもない、まったく新しい迷宮を発見してしまったのである。
つまり魔物達が現れたのも、確かに別の場所からやってきていた、ということに違いはなかったのだが、それは別の迷宮から溢れて、ということだったのだ。
さらにはそれが判明した時点で、アラン達の受ける依頼の内容も変わった。
その迷宮を調べるというものに、だ。
ラウル達が一緒に来たのは、そこまでの道を知っているのと、さすがにアラン達だけで調査をするのは無謀だからである。
まあ、ラウル達が一緒に居たところで無謀なことに違いはないのかもしれないが、それでも無理ではないと思ったからこそ、こうやって内容が変わっても、引き続き受けようとしたのだ。
「……念のためにもう一度確認しておくけれど、本当に大丈夫なのよね?」
「正直なところ、確実に、とは言えないのですが……」
「まあ俺が確認出来たのも、触りのところだけっすしね。迷宮だと確信できたら、すぐ引き上げたっすし。でもそこだけで考えれば、油断さえしなければ何とかなると思うっす」
「まあサラでも何とかなったですからね」
「それはむしろ姉さんがおかしいんすけどねえ……これだから魔導士は怖いっす」
「ともあれ、一先ず問題はなさそう、ということですわね。わたくし達も無理はしなくていいんですわよね?」
「それは勿論です。むしろ無理はしないでください。今のところ分からないことだらけですし、今は少しでも情報が欲しいですから」
その言葉に頷き、足を止めたのは、既に目の前には目的としていた場所があったからだ。
いつの間にかここに来ることになった経緯を振り返ることになっていたものの、現状を再認識するという意味ではちょうどよかったのかもしれない。
「それでは、私が案内出来るのはここまでです。お気をつけて」
眼前にあるのは、文字通りの意味での横穴だ。
かつては瓦礫で埋まっていたらしいが、その先を調査するために片付けられた今は、単にその奥を見通すことの出来ない穴がぽっかりと開いている。
そしてそのさらに奥から繋がっているというのが、誰も見知らぬ迷宮。
暫定で、禁忌の迷宮と名付けられたそれだ。
何でも、本来攻略され崩壊した迷宮を探索するのは禁忌であり、それを破った果てにあった迷宮だったからこその名らしいが……何となくその事実に、アランは共感を覚えていた。
アランがやろうとしていることも、禁忌とされている魔法式の改竄の果てへと魔法をもっていくことだ。
それを考えると、何か今回のことにも意味があるように思えて……そこでふと、苦笑を浮かべた。
まったく馬鹿な考えだと、溜息を吐き出す。
そうして、開き直ったように前を見据え――
「さて、それじゃあ行こうか」
仲間達と共に、その先を目指して、一歩を踏み出したのであった。




