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卒業後の進路

 さてどうしたものかな、というのが、アランの正直な心境であった。

 何のことかと言えば、勿論卒業後の進路をどうするか、ということである。


 気が付けば卒業まで、あと一月を切っていた。

 あっという間であったし、振り返ってみれば何だかんだで色々なことがあったように思う。

 それは多分、期待していたものとは少し違っていて……でも、それなりに満足できる日々であった。


 だがいざ卒業となれば、さすがに暢気にしているわけにはいかない。

 前世とは異なり、就職活動をするのは卒業後になるが、その時になって慌てないように、今のうちから考えておく必要はあるのだ。


 ただとりあえず、先日見学に行った王城の研究所に行くということはないだろう。

 色々と興味深いところではあったが、あそこは究極的に言ってしまえば、王族の為に働く場所だ。

 研究も何もかもが、基本王族の為に行なわれるものであり……正直に言って、アランには合わない場所であった。


 そうして考えていくと、やはり最も可能性が高いのはクリストフの研究所に戻ることだろう。

 あそこならば就職活動などは必要ないし、最も堅実な判断ではある。


 しかし。


「んー……あ、リーズ、ちょうどいいところに」

「え? な、何よ……何か考え込んでたみたいだけど、何か用?」


 タイミングよく近くを通りかかったリーズに声をかけると、何故か若干挙動不審であった。

 そのことに首を傾げるも、構わず話を続ける。


「うん、実は卒業後どうしようかってことを考えてたんだけど、リーズはどうするのかと思って」

「そ、それは……そういうアランこそ、どうするつもりなのよ?」

「まあ、一番可能性が高いのは、師匠のところに戻ることだよね。ただ……あの時間はやっぱり、三人で居てこそな気がするからさ。リーズはどうするつもりなのか、ちょっと気になって。まあ、勝手な言い分だけど」

「い、いえ……そ、その……わ、私も――」

「あら、何やら面白そうなことを話していますわね? わたくしも混ぜていただいても?」

「む、何です何です、面白い話です? ならサラも混ぜるです!」


 そんなことを話していたら、唐突に二人の人員が追加された。

 というか最近若干サラのキャラが変わってきてる気がするのだが……まあ、こっちの方が素に近いということなのだろう。

 まだ人見知りの気は残っているようだが、いい傾向ではある。


「んー、面白い話かどうかは何とも言えないところかなぁ。卒業後どうするかって話だし」

「あー……この前見に行ったあの研究所に行くつもりはねえです? かなり熱心に勧誘されてたみてえですが」

「あれは有り難くはあったんだけど、ちょっと考えてはないかな」

「そうですか……まあ、サラもそろそろどうするか考えねえとですねぇ」

「あれ? 故郷に帰るんじゃないの?」


 故郷には両親も居るし、歳の離れた弟が居るという話も聞いている。

 サラが居なければ、貧しくて厳しい村だったとも言っていたし、何よりもその村を離れて十年以上が経っているのだ。

 最悪、村がなくなっている可能性だってありうるだろう。


 なので様子見も兼ね、てっきり帰るものだと思っていたのだが……。


「まあ、せめて一度帰った方がいいってのは分かってるですが……正直、ちと帰りづらいってのがあるです。このまま帰ったら、そもそも何しにここに来たのかってことにもなるですし。ですから、せめて何か成果を持ち帰ることが出来るまでは……とも、思ってるです」

「……なるほど」


 それは難しい話だ。

 一度帰った後にこっちに戻ってくる、というのも、距離のことを考えればそう簡単には出来ないだろう。


 というか、そもそもちゃんと帰れるのかという問題もある。

 一応村の正確な場所は分かっているらしいが、どういう手段で帰るにしても軽い冒険になるはずだ。

 それでいて村がなくなっていたら、という可能性も考えれば、軽はずみな判断は出来ない。


 さらには無事帰れたとしても、確かに気まずいだろうし。

 村の人は関係なく受け入れてくれるかもしれないが、サラの心境としては穏やかではいられないだろう。


 色々と難しい話であった。


「……今の、絶対話を遮る機会を窺っていたわよね?」

「あら、何のことか分かりませんわね。わたくしは偶然ここを通りかかった時に、偶然話が聞こえただけですわよ?」

「そう……それはまた、随分な偶然があったものね?」

「ええ。ところでそれよりも、先ほどあなたはこの周辺を挙動不審な様子でうろついていましたけれど……あれは一体何だったのですか?」

「あ、あれは……べ、別に何でもないわよ。ただ、考え事をしていたから、そうなっただけで」

「それで偶然アランさんに話かけられた、と?」

「そ、そうよ?」

「うふふ、そうなのですか……」

「うふふ、そうなのよ……」


 ところで、そこで女同士の会話をしてるのは、何処か別のとこでしてくれないですかね?

 せめて話の聞こえないところでやって欲しいものである。


 まあ多分、わざとなのだろうが。


「それで、結局アランはクリストフさんのところに戻るつもりってことでいいのかしら? それなら……その、わ、私も、考えなくもないんだけど」

「あのクリストフさんのところで、ですか……面白そうですし、わたくしも雇ってもらえないか聞いてみるのもいいかもしれませんわね」

「む? 皆で一緒のところで働くです? 何それずりぃです。皆が働くってことは十分な成果も果たせそうですし、サラも考えてみるですかね……」

「何か勝手に盛り上がってるけど……皆であそこで働く、か。確かにそれはそれで楽しそうだけど……実は、別の道に進むのもありかとも思ってるんだよね」

「え、何よそれは? あの研究所ではないんでしょ?」

「うん、冒険者なんだけどね」


 さらりと口にしたのだが、瞬間三人の動きが止まった。

 やはりと言うべきか、それは予想外のことだったらしい。


「……冗談、ではないのですわよね?」

「まあ正直に言っちゃえば、そっちになるかと考えてる気持ちが強いぐらいには」

「正気ですか?」

「はっきりと言うなぁ……でも、ちゃんと色々な話を聞いて、考えた結果だよ」


 苦笑を浮かべ、何でもないことのように振舞ってみるも、納得してはくれないようだ。

 まあ、それはそうだろうが。


「……理由を聞いてみてもいいかしら? 確かにこの国での冒険者の扱いは比較的マシだけれど、魔導士が積極的に選ぶようなものではないわよ?」

「まあ、そうだろうね」


 聞いた話でしかないが、他国での冒険者の扱いは、底辺どころか人間扱いされていないことすらもあるらしい。

 市民権は与えられず、奴隷未満の立場。

 ならず者が最後にすがりつくものであり、侮蔑と嘲笑の対象だと、そんな話を聞いた。


 この国ではそこまで酷くはないが、基本は同じだろう。

 例えば、騎士になれなかった落ちこぼれであったり、職にあぶれた落伍者であったり。

 基本的には、それ以外になれるものがなかった者が行き着く先なのだ。


 そもそも冒険者などと言ってはいるものの、所詮それは冒険者ギルドに所属している者、という意味でしかない。

 時に市井の召使など呼ばれることからも分かる通り、基本やることは何でも屋である。

 庭の草むしりから迷子の猫探し、街の巡回などの警備員の真似事、果てには街の外にはびこる魔物退治まで。

 普通に考えれば、真っ先に候補から脱落させるようなものなのだ。


「そこまで理解しているのでしたら、本当に、何故、ですわね」

「いや、僕も多分他の国だったらそうしてたと思うよ? でもこの国にはさ、そんな冒険者に敢えてなるだけの利点が存在してるでしょ?」

「それって……アレです?」

「うん、アレだね」


 そう、彼の迷宮都市であった。


 全盛期には五つもの迷宮を構えていたというそこも、現存しているのは僅か二つのみだという話だが、他の国には迷宮そのものが存在していないことを考えれば十分だろう。

 何せ原理は不明ながらも、迷宮の中では魔物が絶えることがない。

 倒しても気が付けばその数が戻り、しかもその大部分は迷宮以外に生息していない魔物なのだ。

 当然その素材は希少であり……何よりも、それは儀式魔法を使うのに必須だということが、重要であった。


「そういえば、ここでさえ、まともに儀式魔法を使っているのを見たのは一度だけね」

「ですわね。一応知識として知っておくために、ということでしたので、以降出番はありませんでしたが」

「サラは何回か見たことあるですが、基本一年に一回しか見たことはなかったですから、実際には変わらねえですね」

「うん、僕は師匠のところでも見たことはなかったしね」


 儀式魔法とは、名前の通り魔法の一種だ。

 ただし特別な媒介が必要であり、かなりの準備も必要である。

 だがその分、その効果は絶大だ。

 何せ大規模な結界……それこそ、魔物の脅威から街を守るようなものを張る際には、これを行う必要があるのだから。


 しかしそのための媒介は、今のところその迷宮にいる魔物の素材しか存在していないのだ。

 希少性と需要からその値段は天井知らずであり、一介の魔導士がおいそれと手を出せるものではない。

 そのため、今まで儀式魔法に興味はありながらも、アランはろくに試すことも出来なかったのである。


「まあそれこそ、あの研究所ぐらいでもなければ、気軽に調達するのは不可能でしょうね。というか、確かアランはあそこで見せてもらっていたわよね?」

「うん、正直それで結構揺らいだね」

「……といいますか、そういえばあの時アランさんは、素材の供給元として冒険者の話を聞いていましたわよね?」

「というか、何で君達は僕があそこで何をしてたのかをそんなに知ってるの? まあその通りなんだけど」

「何故と言われても、あそこはそこそこ広かったですが、そんな離れてたわけでもねえですし。何を話してるのかなんて、簡単に聞き取れたですよ? そもそもあんな人だかりを作っておいて、目立ってなかったつもりだったですか?」


 確かにその通りであった。

 ついいつもの癖で口を挟んだり質問に答えていたら、気が付けばあんなことになっていたのだ。

 まあ何処に居ようとも魔導士であることに違いはなく、好奇心が旺盛だということなのだろう。


 別にアランのせいだけということでもない……はずだ。


「なるほど……つまりそこで唆されたのが原因、というわけね」

「唆されたって言い方はどうかと思うけど……まあ、否定は出来ないかな……」


 実際のところ、あの時の話が切欠であったことは事実だ。

 ただしそこから自分でも色々調べてみてのことなので、結局は自分で決めたことである。


「危険だということは……今更言うまでもないことですわね」

「まあね。一応そこそこ戦えるっていう自負はあるし、別に無理をするつもりはないし」


 冒険者になって素材を手に入れれば、儀式魔法の研究がし放題。

 まあ確かに、結論から言ってしまえば、アランが冒険者になろうとしている動機はそんなものだが……それにはちゃんとした興味以外の理由もある。


 というか、こう言うべきだろうか。

 アランの目的は、今も昔も変わっていない、と。


 この世界にはびこっている魔法が、それを構築しているものが、気に入らない。

 それだけなのだ。


 だが魔導士が世に出てきてから、既に百年。

 たかが百年だが、されど百年だ。

 魔法の多さというのは分かっていたつもりだったが、学院で学ぶことで改めてその多さを目の当たりにして、思ったのである。

 これはアラン達だけでどうにかできるものではない、と。


 そもそもこうしている間も、魔法の数は増えているのだ。

 魔法を増やすのは一朝一夕に出来ることではないが、それでも確実に増えている。

 それをどうにかするには、もっと根本的にどうにかする手段を見つけなければ駄目なのではないかと思ったのだ。

 だからこその、儀式魔法である。


 何故ならば、魔法というのは最初の頃は全て儀式魔法であったと言われているからだ。

 それを調べることで、何か分かることがあればと、そう思ったのである。


 それと、迷宮からは魔導具などの希少なものが見つかることも多いと聞く。

 なら、それらから何かヒントになるようなことが見つかることはないか、と思ったのも理由の一つだ。


 ……まああとは、単純に冒険や迷宮といったものに心惹かれたという理由も、ほんの少しだけ存在してはいるが。


 もっとも何にせよ、所詮目的は目的である。

 全ては生きていてこそ。

 それが大前提だ。

 そのために命を賭けるほどの覚悟は、さすがにないのであった。


「……まあ、そもそも一人でやる必要はねえですし、魔導士の冒険者ともなれば色んなとこから引っ張りだこでしょうから、逆に安全な気もするですか」

「だね。折角の魔導士を使い潰そうとはしないだろうし、そんな人達の仲間になるつもりもないし」


 利点は十分にあっても、危険であることに違いはないし、そもそも魔導士は戦闘に向いていない者が多い。

 そのため魔導士の冒険者は少なく、重宝されるだろうことから、実際にはそこまでの危険はないというのがアランの予測だ。


 まあ最悪の話、無理だと思ったらさっさと引き返してしまえばいいのである。

 別に、冒険者になったらずっと冒険者でなくてはならないというわけではないのだから。


「……そうして考えていくと、確かに一考の余地はありそうね」

「でしょ? まあどうするかはまだ分からないけどね。とりあえずは残りの時間、色々と考えてみるつもりだよ」


 心配そうに見つめてくる三人に、アランは安心させるように笑みを向ける。

 実際のところは、かなりの部分冒険者側に心は偏っているのだが、それは言う必要はないだろう。

 無駄に心配させる必要は、ないのだ。


 そこから話は、三人の進路のことへと移っていったが、結局三人もどうするつもりなのかという決定的なことを口にすることはなかった。

 そのことは少し気になったものの、クリストフのところに行くならばともかく、冒険者になることも考えているアランには口を挟む権利はない。

 それでも本当に彼女達がクリストフのところに行くつもりならば、後で一緒に働くこともあるかもしれないが……そうでない場合は、こうしていられるのも、あと僅かということである。


(「……それを惜しいと思っちゃうのは、やっぱり勝手なんだろうなぁ」)


 そんなことを考えながら、アランは自嘲の笑みをそっと浮かべ、小さく息を吐き出すのであった。

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