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騎士見習いと魔導士

 四大公爵家と魔導士の間には、深い関わりがある。

 いや、厳密に言うならば、深い関わりが出来るようになった、と言うべきだろうか。


 何せ当代では二人、次代には四人もの魔導士が存在しているのだ。

 何故か貴族の血を引く魔導士が少ないという現状を考えれば、それがどれほどの影響を与えているのかなどは、改めて言うまでもないだろう。


 まあ、クラリスにとってそれが関係あるのかどうかは、何とも言えないところではあるが。

 彼らと同じく四大貴族の血を引いていようとも、魔導士ではないクラリスには。


 ただ何にせよ、そういったこともあり、城内にある研究所の立場が上がってきているのは事実だ。

 今回アラン達を呼ぶことが出来たのも、そういったことが関係している。


 ……厳密には、アランを確保したい研究所側の思惑と、アランを引きこみたい王族側の思惑が上手く合致した結果だということなのだろうが。


 ただ別に他の三人が蔑ろにされている、というわけでもない。

 確かに王族側はあの三人を、アランをここに連れて来るための人員、程度にしか見ていなかったようではあるが、研究員達は本気で確保するつもりだろう。


 何せ歴代最優と呼ばれている者達の中でも最上位である二人と、あの彼にその才能を認められた人物だ。

 それがどの研究所であれ、欲しがらない場所はないに違いない。


「……まあ何にせよ、私には関係しようもない話であることに、違いはないですけど」

「ん? 何か言ったか?」

「いえ……姫様は本当に魔法のことになると夢中になりますね、と思いまして」

「ふふん、それは当然のことだ。何せ聞いても聞いても分からないことだらけなのだぞ? これほど面白いもの、妾は他に知らぬ!」


 そう言ってどこか誇らしげに胸を逸らすレティシアに、クラリスは苦笑を零す。

 本当に好きなのだという事が、見ただけで伝わってくるようであった。


 もっともこれは王が期待しているのとは少し違うような気もするが……まあ、そこはクラリスの知ったことではないだろう。

 何を考えてわざわざ城を留守にし、レティシアを呼んだのか……その理由を推測できたとしても、だ。


 そんなことを考えながら、アランへと視線を向けてみると、何故だかアランがいたはずの場所には軽い人だかりが出来ていた。


「……私の記憶が確かならば、つい先ほどまでは何やら説明を受けていた気がするのですが」

「うん? どうかしたのか?」

「いえ、あそこなんですけど……」

「む? ……おお!? ふむ……何か催しをするなど妾は聞いておらなんだが?」

「私も聞いていません……と、いいますか、おそらくあそこに居るのはアランさんじゃないかと」

「おお、なるほど……それにしてもアランは、何処に行っても人に囲まれているな」

「……そうですね」


 頷きつつ目を細めてみるも、その姿が見えることはない。

 だが周囲に居る人達が時折頷いていたり、必死になって食いついている様子からすると、おそらくはいつも通りの光景が広がっているのだろう。

 それを想像し、ほんの少しだけ口元が緩んだ。

 と。


「ふむ……お主も行ってきても良いのだぞ?」

「――え!?」


 あまりに不意の言葉であったために、つい大きな声が漏れた。

 方々から一斉に視線を向けられ、反射的に縮こまる。

 何でもないと言うように頭を下げれば、視線は外され、安堵の息を吐き出す。


 それからクラリスは、動揺を押し殺しながらレティシアへと視線を向けた。


「な、何を言い出すんですか、突然」

「いや何、クラリスがあっちの方に行きたそうな顔をしておったからな。妾のことは気にする必要はない、と伝えたかっただけなのだが」


 その言葉に、まさか顔に出ていたのだろうかと思い、僅かに頬に朱が走るが、咳を一つ吐き誤魔化す。

 それは確かに図星ではあったが、それはそれ、これはこれ、だ。


「いえ……私は姫様のお目付け役兼護衛ですから。傍を離れるわけにはいきません」

「と、言ってもだな、ここは既に勝手知ったる場所。お目付け役が見張るようなことはなく、まさかここを襲撃するような阿呆はおるまい」

「そう、かもしれませんが……役目は役目、ですから」


 そう、この役目は国王から直々に与えられたものなのだ。

 幾ら必要ないと思っていても、万が一ということも有り得る。

 それを考えれば、レティシアの傍を離れるわけにはいかなかった。


「ふむ……まあ、妾は別に構わぬのだが。本当にそれでよいのか?」

「……はい」


 そうか、と頷くと、レティシアは今のやりとりなどなかったかのように歩き出した。

 もう話に決着はついたのだから、それ以上引きずることはない、ということなのだろう。

 正直その切り替えの早さは、クラリスにはありがたいことであった。


 そうしてその後に続きつつ……ふと、アランの方へと再度視線を向ける。

 先ほど姿の見えなかったアランだが、角度が変わったからか、今度は少しだけその姿が見えた。


 そして周囲からの質問に答えているのだろうその光景は、やはり予想通りのものであった。

 相手が王城の研究室で働いている人達であろうと、おくすことなく、堂々と……それでいて、驕ることなく。

 まるで日常の会話を楽しむようなその姿は、本当にいつもと何も変わっていなかった。

 そのことに、先ほどよりもほんの少しだけさらに口元が緩む。


 ――正直に言ってしまえば、クラリスはアランが嫌いであった。

 もっともそれは、学院に入るよりもさらに前、噂でしか話に聞いたことがなかった頃の話ではあるが。


 クラリスが耳にしたアランの噂とは、そのほとんどがアランを褒め称えるものであった。

 天才が天才を産んだ、また才覚を発揮し成果を遂げた、四大公爵家の誇り、魔導士達の希望。


 あまりにも褒め言葉ばかりが続き、一つも貶すものがなかったため、一時は架空の人物なのではないかと思ったほどだ。

 貴族同士の集会で一度も姿を見たことがなかったことも、その想像に拍車をかけた。


 だが幼かったクラリスではあったが、そんな話をずっと聞かされていれば、やがてその意図を自然と理解するものである。

 即ち、それは当てこすりであったのだ。

 アランはあれほど凄いのに、何故お前はそうなのだ、という。


 多分、他の三家には全て魔導士が生まれていた、ということも理由の一つだったのだろう。

 嫉妬、劣等感……様々な感情の向かう先にちょうどよかったのは、クラリスだったというわけである。


 比べる相手が同性の二人ではなく異性のアランだったのは、成果が突出しており、分かりやすかったからだろう。

 ただ、彼らがそれを事実だと捉えていたのかは分からない……否、おそらくは、嘘だと思っていたのではないだろうか。

 しかしそれでいて、利用したのだ。

 自分達の欲望を、満たすために。


 まあそんなわけで、それに気付いてしまったクラリスがアランを嫌うのは、ある意味で当然の成り行きであったのだ。

 アランがいなかったらその時は別の誰かを用意していただけだったのだろうが、そんなことは当時のクラリスには関係のないことである。

 憎しみ、とまではいかなかったであろうが、ふとした拍子に、いなかったらよかったに、と思うようになっていた。


 それは多分、そんなくだらないことを企てた者達の思惑通りであり……だが狙ったのか、或いは偶然だったのかはわからないが、クラリス含む一家が王城に呼ばれたのはそんな時のことであった。

 そしてその時だ。

 クラリスが、レティシアと初めて会い、そのお目付け役兼護衛役を命じられたのは。


 もっとももその時は、どちらかと言えば遊び相手的な意味合いではあったものの、結局やることに違いはない。

 レティシアは今と大して変わっておらず、自分の興味のあることを見つけては勝手に動き出すような人物であった。

 自然とクラリスは振り回されるようになってしまい……アランの話を聞いても特に何も思わなくなったのは、その頃だっただろうか。


 しかしそこからさらに事態が転換することとなったのは、レティシアが『それ』を見つけてしまった時のことである。

 即ち、城に併設されている研究所であり、魔法であった。


 最初は忍び込むような感じではあったのだが、やがて面倒になったのか堂々と侵入するようになり、気が付けば色々なことを教わるようになっていた。

 当然レティシアの後をついていかなくてはならないクラリスもそれに巻き込まれ、話を聞かされ、そうなれば嫌でも魔導士や魔法のことを知り、触れるようになる。


 だから多分、その時だ。

 クラリスが本当の意味で、アランに興味を持ったのは。


 気が付けばクラリスはアランのことを質問するようになり、色々とその話を聞くようになっていた。

 中にはそれは有り得ないだろうと思うようなことも多く、研究者達もまあ誇張された話だろうとは笑ってはいたが、それでも成したことが消えるわけではない。


 アランに肯定的な話が多かったのは、場所柄だろう。

 近衛などと接する機会が多いため、アラン達と直接会って起こったことの話が、それほど偏りなく伝わってくるのだ。

 それをそのまま話せば、世間に伝わっているものと比べ肯定的になるのも当然であり……だからだろう。

 アランに初めて会った時、あまり初めて会ったという気がしなかったのは。


 まあ、おくすことなく魔導学院の講義に参加するようになったのは、間違いなくレティシアのせいではあるのだが。


 だがそうして、噂や人から伝え聞いた話ではなく、実物に接して――


「うん、だから結論から言っちゃえば、そこは――」

「ほ、本当に大丈夫なのよね? これで魔法発動したら爆発するとかいうことないわよね? 分かってるとは思うけど、ここ王城のすぐ傍だから、そんなことをしちゃったらちょっと大変なことになるんだけど……」

「だから大丈夫だって。絶対に爆発はしないから」

「ほ、本当よね? あなたの師匠も同じことを言ってたけど、それでいざ実際に発動してみたら爆発して、『やっぱ駄目だったか、だよなー!』、とか言われたんだけど、本当に大丈夫なのよね!?」

「あの人何してんの……? ちょっと破天荒過ぎるんだけど……というか、人の母親のこととやかく言えないんじゃ……? ま、まあ、僕は師匠とは違うから本当に大丈夫だって」

「し、信じるわよ? これでもし爆発したら、ここに入ってもらうからね!?」

「それだとここに入るのが罰ゲームみたいになってるけどいいの? ちょっと勧誘に後先考えなすぎだと思うんだけど……」


 漏れ聞こえてきた話は、やっぱりいつも通りで、どうしたってその口元には笑みが浮かんだ。


 瞬間先を行っていたレティシアが視線だけを向けてきたのは、行きたければ行ってもいいと、再度告げるためだろうか。

 しかしその必要は、やはりない。

 彼は魔導士であって、自分は騎士だ。

 互いに、果たすべき役目の場所が違うのである。


 それは卑屈になっているわけではなく、ただの事実だ。

 そもそも自分の役目を放るような人間が、彼の話を堂々と聞いていいはずもないだろう。


 だから、学院でのいつもの光景に、いつものように混じるためにも。

 クラリスは視線を切ると、僅かに聞こえてくる話だけを耳にしながら、先を行くレティシアの背に、いつも通りに寄り添うのであった。

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