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見果てぬ夢

 サラが詠唱を始めると同時、その場に魔法陣と魔法式が展開された。

 それはいつも通りのことであり……そこから何も起こらないのもまた、いつも通りのことだ。

 もう十年以上繰り返されている、ある意味で見慣れた光景であった。


 だがこれを初めて見る三人にとっては、そうではないだろう。

 今も真剣に自身のことを見つめている三つの視線を感じながら、サラは小さく息を吐き出す。


 そのまま詠唱は続くが、やはり何の変化が起こることもなかった。

 やがて詠唱が終わり……結局何も起こることなく、魔法陣も魔法式も消え去る。


 それでも三つの視線が変わらず突き刺さっているのを感じていたが……彼らがどんな反応をするのかが容易に想像でき、咄嗟にサラは顔を俯けていた。

 そんなことをしても何の意味もないことなど分かってはいたものの、見られていることに耐えられなかったのである。


 期待などは、当然のように最初からしていない。

 今まで誰に見せたところで、自分で幾ら研究したところで、手がかり一つ見つけられなかったのだ。

 そもそもこれは単に友人であった彼女達に対する義理のようなものであり……どうせ彼らも申し訳ない顔をし、こちらを哀れむように見るだけで――


「――なるほど。大体分かったかな」

「――え?」


 その言葉に、サラは反射的に顔を向けていた。

 聞き間違いではない証のように、アランは魔法式の存在していた場所を眺めながら、何かを納得したかの如く頷いている。

 果てには――


「確かに、これじゃあ魔法は発動しないだろうなぁ。でも魔法陣は展開してたし、かつては発動してもいたとなれば……まあ、そういうこと、かな……?」


 そんなことまで言い出すのだから、サラはただ絶句し、その顔を眺めていることしか出来なかった。


 だが不思議と、でたらめなことを言っているのだと思わなかったのは、その顔が何でもないことを言ってるかのようなものであったからだろう。

 或いは、この場に居る二人の名も知らぬ――厳密にはアランから紹介されたが覚えていない――少女達の顔に浮かんでいるのが、呆れのそれだったというのも関係しているのかもしれないが。


 と、そうして呆然としたままでいると、ふと少女の一人が口を開いた。

 視線は当然のようにアランへと向けられており――


「それで、何かに気付いたというのは分かったけれど……そろそろ一人で納得していないで、少しはこちらにも説明してくれないかしら? まあ確かに説明されたところで役に立つかは疑問だけれど、ここに連れて来られた私達には、その資格があるでしょう?」

「それは別に構わないんだけど……まあ、大体考えは纏ったしいいかな。えー、じゃあ、そうだな……今サラが展開した魔法式は、僕達がよく知って、そして使ってる魔法式とは微妙に記述方式が異なってる、っていうのはいいよね?」

「いいよね、と言われましても……正直言われた今でさえ、先ほどの魔法式の何処に違いがあったのか分かりませんわよ?」

「え、本当に……?」


 何やらとぼけたことを言っているが、どうやらアランとしては本気だったらしい。

 頷く二人の少女を眺めながら、あれ? とばかりに首を傾げている。


 しかしそれはサラにとっても同感であった。

 未だ衝撃から立ち直れず、何の反応も返すことは出来ていないが、動くことが出来ていればサラも頷いていたことだろう。

 何せ繰り返すことになるが、誰に見えたところで、そんなことを言う人はいなかったのだし……それに、サラ自身が幾度となく見てはいたが、そんなことを感じたことはなかったのだ。


 当たり前ではあるが、サラは最初から部屋に閉じこもっていたわけではない。

 少なくとも最初の数年は全ての講義に参加していたし、皆の様々な魔法や魔法式を見てきたのである。

 勿論、何処が違うのかと比較してみたことは一度や二度ではなく……だがそこに、そんな根本的な違いなどを見い出せた覚えはなかった。


 だからこそ、そんなことを言われたところで、到底信じられるはずもなく――


「んー、じゃあそこから説明するけど……というかまあ、それに関しては言った通りなんだけどね。つまりサラが使ってる魔法式は、僕達が使ってる魔法式じゃないんだよ。非常に似通ってるけど、サラのは別の記述方式だ」

「……色々と言いたいことはあるのだけれど……そうね。とりあえず、私も違いがあったなんてまったく気付かなかったし……そもそも、記述方式が異なる、という意味がよく分からないのだけれど?」

「あー……そういえばそうか。切欠もなかったから、その話はまだしたことがなかったっけね」

「……それでは、わたくし達が分からなくともおかしくはないですわよね?」

「むしろ、気付けないのが普通なのではないかしら?」

「い、いや、似てても違うのは変わりないし……なら、やっぱり気付けてもおかしくないんじゃないかな?」


 視線を逸らしながらの言葉にはいまいち説得力がなかったが、二人ともそれ以上追及する気はないらしい。

 それでもジト目は向けたままだが、気を取り直すように、アランが一つ咳払いをした。


「ま、まあ、じゃあそこから説明するけど……そうだね、そもそも、魔法式っていうのは、簡単に言っちゃえば言葉みたいなものなんだと僕は思ってる。というよりは、言葉そのもの、と言っちゃっても構わないかな」

「言葉そのもの……? 確かに魔法を使う際には詠唱をしますけれど……いまいちピンと来ませんわね。それにアランさんなどは無詠唱で魔法を使ったりもしますし」

「んー、別にそう難しく考える必要はないんだけどね。魔法式とはどういったもので、魔法陣とは一体何で、どうして魔法という現象が発現するのか。つまりそういう話だしね」

「……全然簡単な話ではないような気がするのだけれど?」

「いや、本当にそんなことはないよ? 小難しい理論とかは必要なくて、それがどういったものだと捉えれば説明が付くのかってだけのことだし。まあ、割と独自解釈っていうか、僕の勝手な予想だから間違ってる可能性もあるけど……それでも僕は、大体そんなものだと思ってる」


 そんな前置きから始まった話を端的に纏めるのであれば、魔法式というものは、世界に語り掛けるための言葉のようなものなのではないか、ということであった。

 ただしあくまでもそれは人に理解出来るように作られたものであり、そこから世界にも通じるように変換、或いは翻訳されたものが魔法陣なのではないか、と。


「……まあ、理解出来たかはともかくとして、何となく話は分かったけれど、それで結局、どういうことなのかしら?」

「うん、つまりだね、記述方式が異なるっていうのは、違う言葉――言語なんじゃないかってこと。知らない言語で話されても、何言ってるのか分からないよね?」

「その結果が即ち、魔法が発動しない、というものである、と……?」

「そういうこと」


 正直に言ってしまえば、サラは三人が何を言っているのかよく分からなかった。

 サラも自身の状況を何とかするために様々な文献を漁ってはみたが、そのような話は聞いたことがなかったからだ。


 ただ、言葉が通じない、という話を聞いた時、ふと連想されたことはあった。

 それは、ここにやってきたばかりの頃の、自分の姿である。


 サラが生まれ育ったのは、ここからは遠く離れた、小さな村であった。

 徒歩で向かおうと思えば、それこそ数ヶ月はかかるのではないかと思えるほどに。

 まあ或いはだからこそ、推薦の対象となったとも言えるのだが……ともあれ。


 端的に言ってしまえば、その村で話されていた言葉は、かなりなまっていたのだ。

 それこそ、学院に皆に向かって話した際、何を言っているのか理解されなかったほどに、である。


 サラが自分でも自覚しているほどに妙な口調となっているのは、それを何とか矯正した結果なのだ。

 矯正してもこれが限度だったと言うべきか、ここまで矯正することが出来たと言うべきか……どちらが相応しいのかは、ともかくとして。


 ともあれ、だからこそその話は、どことなく理解出来るような気がした。

 自身の使用している魔法は、即ちあの頃の自分だと考えれば――


「というわけで、僕はそれがサラの魔法が発動しない理由だと考えてるってわけだ。それで、サラに一つ聞きたいんだけど、具体的に、何時、何処で魔法が使えなくなったのか、っていうのは分かるかな?」

「……分かんねえです」


 思考を続けているうちに、気が付けば衝撃から立ち直っていたサラは、しかしアランの言葉に首を横に振った。

 故郷で使えていたのは間違いないのだが、それが何時何処で使えなくなったのかは分からないのだ。


 いや、というよりは、こう言うべきだろうか。

 その問いには、答えようがない、と。

 何故ならば。


「ここに来てから試した時に使えなくなってたのは確かですが、サラはここまで転移で連れてきてもらったから何時何処で使えなくなったのかは分かんねんです」

「て、転移……!? それって、かなりの高等魔法ですわよ!?」

「……確か、学院に転移を使える講師はいなかったはずだけれど?」

「んー、ということは、その人は途中で辞めちゃったってことかな?」

「いえ、そうじゃねえです。アイツは最初から講師じゃなくて、推薦の時に来た時も、暇だったから来たとか言ってたですし」

「手伝いだったってこと、ですの?」

「だと思うです」

「聞いたことはないけれど……遠方に行くためには、そういう人も必要だったのかもしれないわね。転移が使えるような人が見極めるのならば、誰も文句などないでしょうし」

「ふーむ……なるほど。どうやって行き来したんだろうと思ってたんだけど、それなら有り得る話、かな? 問題があるとすれば……サラ、その人の名前とか分かる?」

「分かんねえです。聞かなかったですし……正直顔もよく覚えてねえです。サラをここに送り届けたら、そのままどっか行っちまったみてえですし」

「そっか。まあ残念ではあるけど、今はこっちを先に考えるべきか。んー、でも今の話からすると、その人はこっちでもそっちでも魔法が使えたわけだから……やっぱりコンパイラの問題ではなかった、ってことかな? まあ、魔法陣が出来てた時点で今更ではあるけど。ということは、起動に必要なDLLが足りないとか、そういう状態とか……?」


 不意に意味のよく分からない単語を呟きだしたアランに、サラは首を傾げた。

 サラも自身のために様々な文献を読んだりしたことはあるが、それは聞いたこともないものである。


 だがどうやらそれはサラだけではないらしく、少女二人は呆れたような視線を向けながら、溜息を吐き出していた。


「まったく、また始まったわね……」

「まあ、仕方ありませんわよ。わたくし達に何も伝えず、考えさせず、一人で思考を巡らせるということは、結局のところわたくし達の力が足りていないせいですもの」

「分かってるわよ。それでも……腹が立つことに違いはないわ」

「まあ、同感ですけれど」


 しかしそうして集中することで今度は完全に考えが纏ったのか、しばらくするとアランは満足そうに頷いた。


「ふむ……これはまた面白い研究材料になりそうだなぁ。上手くいけば色々なことに応用がきくかもしれないし」

「それはよかったけれど、それで結局、彼女はまた魔法が使えるようになりそうなのかしら?」

「うん? それなら簡単に出来るけど?」

「……え?」


 それは果たして誰の呟きであったか。

 三人から唖然とした視線を向けられ、だがアランは何でもないことのように肩をすくめて見せた。


「まあそうだね。まずはそれが先決か。というわけでサラ、もう一度さっきの魔法を見せてもらいんだけど?」

「……べ、別に構わねえです、けど?」

「ああそれでついでに、その魔法式を僕がちょっと弄ってみたいんだけど、いいかな?」

「……それも構わねえ、です」


 一瞬、他人の魔法式とはそう簡単に弄れるようなものであったかと思ったが、その時には既に頭が半分ぐらいは麻痺していたのだろう。

 すぐさま気にならなくなり、先ほどのように魔法の準備を始める。


 もっとも、事ここに至ってすら、正直未だサラは半信半疑……否、疑いの方が大きかった。

 流されつつも、客観的に自身を見つめる思考の一部が、どうせ無理だと冷めた言葉を囁いている。


 そうだ、何をどうしたところで、今まで何一つ起こったことはなかったのだ。

 魔法式をどれだけでたらめに弄ってみたところで、クリストフがやらかしたようなことどころか、いつも通り、ただ消えるだけであり――


「それで、サラに確認なんだけど、サラは今までずっと、自分の魔法を使えるようにしようと研究を続けてたんだよね? つまり、その魔法式を元に、改良を加え続けていた、と」

「……そうです。まあ、魔法式そのものは、色々変えて試してみたですが」

「でも自分が以前使えていたものを元にしてたってのは、変わらないんでしょ?」

「そうですが……それがどうかしたです?」

「いやうん……言語が違うってことは、つまりある意味では、魔法式を弄って失敗したってことと同じだからね。なら――」


 言った瞬間、アランはサラの展開していた魔法式へと手を伸ばしていた。

 そうしてその手が魔法式に触れた途端、そこに記されていたものの形が変わる。

 どころか、時には付け足され、時には削られ……呆然としている間に、アランの手が引っ込んだ。


 しかしその口元は弧を描いており、促されるような視線に押され、サラは最後の詠唱を紡ぐ。

 一瞬の間。

 そして。


「――点火」


 それはおそらく、故郷の村でサラが最も使用した魔法であった。

 貧しい村であったために、火は貴重であり……初めてそれを使って見せた時に、村の皆が笑顔を浮かべてくれたことを覚えている。


 こんな小さな火なのに、まるで皆、宝物を見つけたみたいに、笑って――


「まあというわけで、こんな風――に!? え、なに、どうかしたの? もしかして……僕何か失敗した!?」


 慌てたような、焦ったようなアランの姿が、遠かった。

 何故だかその姿は滲んでいて、よく見えなかったのである。


「……ま、こうなるんだろうとは、思ってたわ。だって何処かで見たことのある光景、そのままだもの」

「何処かで見たことのある光景、ですの?」

「……何か言いたそうに見えるのだけれど?」

「別にそんなことはありませんわよ? ただ……それは本当に、見た光景、なのかと思っただけですわ」

「……ふんっ、放っておきなさいよ」

「ええ、そういたしますわ」


 そんなやり取りをしながらも、二人が温かい目をしているのが分かった。

 それは苦笑に近かったのかもしれないが、それでも、温かいものであることに違いはない。

 そしてそれは、未だうろたえ続けているアランも、同じであった。


 だから……というわけでもないけれど。

 歪んだ視界の中、それでもサラははっきりと、その口元に小さな笑みを浮かべたのであった。

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