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私の息子は天才

 端的に結論を言ってしまうのであれば、ミレイユの息子であるアランは天才であった。


 これは別に親の贔屓目などでは決してなく、客観的な事実によるものだ。

 何せアランが魔導士として覚醒したのは、五歳になったばかりの頃である。

 一般的に魔導士に覚醒する時期は七歳前後と言われており、六歳で覚醒したら天才などとも言われているのだ。

 それを考えれば、アランが天才であることに誰が異を唱えることが出来るというのか。


 まあもっともそれだけであれば、ミレイユもその可能性があると思うだけであっただろう。

 だが事はアランが覚醒してから一年後、アランに初めて魔法を見せた時に起こった。


 何とアランは一目見るや否や、ミレイユの魔法式に触れ、それを改竄して見せたのだ。


 それがどれほど有り得ぬことであるのかは、きっと魔導士以外には通じづらいことであろう。

 しかし魔導士であれば、全員が全員同意を示すはずだ。

 そんなこと、有り得るわけがない、と。


 勿論厳密に言うならば、ただ改竄するだけならば誰にだって可能だ。

 だがアランは明らかにそれを理解し、狙って改善してみせた。

 しかも一瞬で、だ。

 そんなことは、あの学院史上最高の天才とまで呼ばれたクリストフですら成し遂げられなかったことであり、未だに成し遂げられていないことである。


 そもそも魔法式と呼ばれているそれは、その名前が付けられたのさえ、つい最近のことなのだ。

 名付け親のクリストフでさえ、分かっていることを数えた方が早いと苦い顔で語るほどであり……つまり魔導士にとっての魔法式とは、そういうものなのである。


 しかしそんなものを、アランは一瞬で改善してしまったのだ。

 アランが天才でないと言うのであれば、この世界に天才などというものはいないに違いなかった。


 が、どれだけアランが天才であろうとも、ミレイユの息子であることに変わりはない。

 つまりは、何かやってはいけないことをした時に叱るのは、ミレイユの役目だということであった。


「だからつい夕食の時間を忘れちゃっても、仕方ないんじゃないかと」

「そう、それは仕方ないわねー。つまりアランは、夕食はいらない、ということなのね?」

「ごめんなさい」


 笑みのまま下げようとした夕食を前に素直に頭を下げたアランへと、ミレイユは溜息を吐き出した。

 まったく、せめてそれで誤魔化せると思っているならばまだしも、欠片もそんなことは思っていないのに言うのだから、困った息子である。


 そもそもこうなった切欠は、夕食の時間になっても中々アランがやってこなかったので、それにちょっとお小言を口にしたことだ。

 それに対しアランが、子供の頃は時間の流れが遅く感じるけど、自分の好きなことをしている時はあっという間に過ぎるよね、とか分かるような分からないことを言い出したので、その流れからの展開である。

 まあ要するに言い訳にもなっていない言い訳であり、本当に困ったものであった。


「はぁ……最初からそう言ってればいいのに、まったくあなたは。そこまで夢中になれるものがあるのはいいことだとは思うけれど、夢中になりすぎないように、とはいつも言っているでしょう?」

「いや、うん、分かってはいるんだけど……」


 そう言いながら視線を逸らすアランに、再度溜息を吐き出す。

 いつも通りと言ってしまえるほどに繰り返しているやり取りだ。

 言ったところで効果はないということも、とうに理解はしていた。


 もっとも別にアランも、わざと無視しているわけではないのだろうが――


「まあ、とりあえずいいわ。冷めないうちにいただきましょうか」


 その言葉にアランが小さく安堵の息を吐き出したのを確認し、苦笑を浮かべながら、共に席に着いた。


 眼前にあるのは、我ながらそれなりに自信のある料理の数々だ。

 アランが唾を飲み込んだのが見えたので、今日も無事美味しく見えているようで何よりである。

 勿論、味も相応だ。

 この場に二人しかいないことが惜しくも感じるが……まあ、それは言っても仕方のないことであろう。

 両手を組みながら、簡易式ながらも神に祈りを捧げた。


 その途中で、いただきます、と呟くアランの声が聞こえたが、それはいつものことである。

 特に気にする必要もなく、目を開ければ、ちょうどアランが自慢の料理にかぶりつくところであった。

 途端に喜色が浮かんだことに、ミレイユも満足気に笑みを浮かべる。


 さてそれでは自分も、と思ったが、その時視界の端に、アランがグラスへと手を伸ばそうとしている姿を捉えた。

 何も入っていないそれへと、である。


 勿論本来は水が入っているべきであるのだが、何も入れていないのは、敢えてだ。

 今日の夕食の準備をする前に、予めアランからそうするように言われていたのである。


 その意味するところに気付き、ミレイユはアランへと期待の混じった視線を送った。

 それを受けたアランの口元は、何処か自信あり気な様子で、弧を描いている。


 そしてアランの手がグラスに触れると、それを持ち上げ――


「――給水」


 その中に水が溢れたのは、アランがそう呟いた瞬間であった。


 それは現象だけを見れば、大したことのないものだ。

 少なくとも、水の塊を宙に浮かべる方が、遥かに難易度は高い。

 だが。


「……っ」


 それを目にしたミレイユは、息を詰め、瞳を見開いていた。

 予想は十分出来ていたし、心構えも出来てはいたのだが……実際にその光景を目撃するとなると、驚愕を抑えることが出来なかったのだ。


 しかしそこから次の行動に移行するのは早かった。

 グラスに向けていた視線をアランへ向けると、そのまま笑みを浮かべたのだ。


「成功したのね、アラン……やったじゃない!」

「うん、まあ……何とかね」


 それにアランも笑みを返しながら……だがそこに込められていたのは、喜びだけではないように見えた。

 僅かな苦いもの、まるでふがいなさのようなものを感じているようにも、思えたのだ。


「……アラン? どうかしたの? あまり嬉しそうじゃないけど」

「いや、そんなことはないよ? 嬉しいのは嬉しいんだけど……まあ、母さんの目は誤魔化せないか。うん、さすがにちょっと、時間かかりすぎちゃったからね」


 その言葉にミレイユが驚いたのは、何を言っているのかと、そう思ったからである。

 それはミレイユに限らず、どんな魔導士が聞いたところで、同じことを思ったことだろう。


 何故なら――


「だって僕が今使った魔法は、見ての通り手にした器に水を満たすという、ただそれだけの魔法だ。魔法としては初歩も初歩、最も易しいものの一つにあたるだろうし……そんなのをこうして使えるようになるまで、僕は半年もかかっちゃったんだよ? これが不甲斐なくて、一体何だって話だよ」

「半年も、って……半年しか、の間違いでしょう? 今まで誰も出来なかったことを、あなたはたったの半年で成し遂げたのよ? それは凄いとしか言いようのないことだわ」


 これは本心であり、そして事実だ。

 手にした器に水を満たす、などという魔法は、今までどんな魔導士にだって、使うことは出来なかったのである。


 勿論水を操る魔法そのものは、今までも存在はしていた。

 ミレイユがアランの前で使ってみせた水球だってその一つであるし、あれより大規模なものなど幾らでも存在している。

 単純にグラスに水を満たすというのであれば、水球を使えば十分だろう。


 だが、そういうことではないのだ。

 誰も使える者がいなかったということは、当然ミレイユも使うことは出来ず、教えることは出来なかったということなのだから。


 それを僅か半年で――魔法を初めて見せてから、即ち初めて魔法に触れてから、それだけの期間で作り出したというのだ。

 それが不甲斐ないなど、一体何の冗談かという話である。


 そもそも確かにミレイユはアランに一年かけてじっくりと事前知識を教えたが、そんなものは大したことではないのだ。

 大体教えたことと言ったところで、それは本当に基礎中の基礎でしかない。

 魔法についてというよりは、魔導士についての知識でしかないのだ。

 魔導士として振舞う上では重要なものではあるが、それを覚えたところで、魔法を使う上では大して役に立つわけではないのである。


 当然それからアランには、魔法の使い方や魔法そのものを教えはしたものの……実際のところそれは教えたというよりは、単に魔法を使って見せた、と言った方が正しい。

 まあアランにも言った通り、魔法を覚えるということは、基本的に見て覚えるということであるが、それでも多分教えたとは言えないだろう。


 とはいえそれは、元々ミレイユが誰かに魔法を教える、という作業を極端に苦手にしている、というせいもあるのだが。

 どうにもミレイユは感覚で魔法を使う方であるため、どうやって魔法を使うのかとか、魔力をどうやって扱っているのかとかいうことを言われても、いまいち言葉にすることが出来ないのである。


 大体にして、これもミレイユがアランに語ったことではあるが、基本的に魔法を覚えるということは、理解不能な魔法式を再現するということだ。

 ただしこれは、一般的な話であって……ミレイユに当てはまっていることではない。


 基本的な魔法こそミレイユもそうして覚えたのだが、そうしているうちにミレイユはふと気付いたのだ。

 その方法は、自分に合っていない、と。


 故にミレイユが魔法を作り出す時は、誰かの魔法を参考にすることはない。

 自身の感覚に従い、それだけで魔法式を編むのだ。

 勿論、魔法式など、欠片も理解しないまま、である。


 そうして出来た魔法は、何故かミレイユ以外には使えないものであった。

 魔法式を再現したにも関わらず、である。

 そんな理由からも、ミレイユは魔法を教えるのを苦手としているのだ。


 ――まあ実際には、もっと根本的な理由が原因で、苦手なのだが。


 ともあれ、その魔法を作るのにしたって、年単位でかかるのが普通であり、これは他の魔導士も変わらない。

 その規模に関わらず、である。

 それほど、魔法を作るというのは、大変なことなのだ。


 だというのに――


「それでも、元があったのに、ここまでかかっちゃったわけだし。幾ら最適化した結果、使用魔力が百分の一になって、発動するのが一瞬になったとはいえ……さすがに半年はかかりすぎだよ」


 その言葉を多分、アランは本気で言っているのだろう。

 だがそれこそ本当に、何を言っているのか、という話である。


 そもそも、アランはどうにも理解していない節があるのだが、新規に魔法を作るよりも既存の魔法を弄る方が、遥かに難しいのだ。

 理解不能なものに手を加えるのだから、当たり前の話である。


 それを僅か半年で成し遂げた上に、劇的な改善をしてみせたのだ。

 これを誇らず、一体何を誇るというのだろうか。


 しかもアランの言葉が本当であるならば――特に疑う理由もないが――それは他の様々な魔法にも応用が利くという。

 それがどういうことを意味しているのかなどは、今更言うまでもないことだろう。


 しかしそれをアランに言ったところで、おそらくは理解してくれないのだろう。

 ならば。


「うーん……我が息子がやったことながら、本当にこれは凄いことなのよ? 新しい魔法を作るのとはまったく違うし……それに、アランの話が本当なら、これから色々なことが変わることにもなるでしょうし。まあ、それを認める人がいるかどうかは、また別の話だけれど……それはわたしが頑張ることかしらねー」


 そう言って今後のことを考え始めるミレイユに、アランが怪訝そうな視線を送る。


 だがミレイユはそれに、笑みを返すだけだ。

 そう、何の心配もいらない。

 ミレイユ達の息子がまごうことなき天才であるというのならば、ミレイユはそれを母らしく助けるだけなのである。


 さて、何からしていきましょうかねー、などと思いながら、ミレイユはさらに笑みを深めていくのであった。

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