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魔導学院の引き篭もり

 以前にも述べたことではあるが、学院とはそれ一つで完結している場所だ。

 講義を行なうための講堂があり、実験を行なうための実験棟があり、実地訓練を行なうための訓練場が存在している。

 それらに併設されるように学院寮が建てられており、中には食堂もあるため、基本的には学院の外に出ることなく生活することが出来るようになっているのだ。

 まあというよりは、学院の外に出なくとも生活出来るようにするため、それらの施設を揃えた、というべきなのではあろうが……ともあれ。


 当然と言うべきか、学院生はおろか講師までもがその学院寮に住んでいるわけだが、その朝は意外なほどに遅い。

 勿論朝の講義に間に合うようには起きるのだが、朝食を抜く者も珍しくはないのだ。


 もっともその理由は単純であり、所謂夜更かしをする者が多いからである。

 研究を夜遅くまで行なっている結果、当たり前のように起きる時間が遅くなるという、そういうことだ。


 とはいえ実のところ、今年のそれはかなりマシな方である。

 例年であれば、そのまま徹夜へとなだれ込み、講義に出ないということも珍しくはないからだ。


 では何故今年に限ってそうではないのかと言えば、当然関係しているのはアランの存在である。

 アランは基本的に全ての講義に出ているため、その言動を逃さないようにするためには、必然的に自分も講義に出る必要があるからだ。

 講義、実験、訓練、そのほぼ全ての言動が、研究などをするよりも余程参考になるとなれば、そこに加わらない理由こそがなかった。


 まあそういったわけなので、その現象も今年限りではあるのだろうが……そんな中、朝早い学院寮の廊下に、珍しく三つの人影があった。

 もっともそれは、それが誰なのかを知らなければ、の話であり、誰なのかが分かればそんな感想を抱くものはいないだろう。

 それこそは、現在の学院総合成績上位三人組であり、即ち、アラン、シャルロット、リーズの三人であったからだ。


 その三人が共に居るのは、あの武闘大会以来度々見られるようになった光景であり……だが、今に限って言えば、それを誰かに見咎められれば、ある意味では問題になったかもしれない。

 まあ、当然だろう。

 男子禁制の女子寮にアランがいるのだ。

 普通に考えれば、問題にならないわけがない。


 とはいえ、例え誰かに見られたところで、今のアランであれば問題になることがなかったのも事実だ。

 何故ならば、アランは現在臨時講師であり、その権限の一つに、女子寮への立ち入り許可が含まれていたからである。

 勿論犯罪行為をもくろんでいたりすれば別だが、アランにその予定はない。

 どころか、むしろアランは職務を果たすためにそこに居るのだから、何をおくす必要もなかった。


「さて、それじゃ集まったことだし、そろそろ行こうか」

「……行くのはいいのだけれど、具体的には何処に行くのかしら?」


 そうして勢い勇んで行こうとしたところ、何故だかリーズからそんな言葉が返ってきたことに、アランは首を傾げた。

 何処も何も、そんなものは当然決まって――


「……あれ? 何処に行くのか言ってなかったっけ?」

「わたくしの記憶の確かならば、わたくしも聞いた覚えはありませんわね。本日ここに集合、としか記憶にありませんもの」

「……あー」


 確かにと、アランも記憶を思い返してみれば、それだけしか言った覚えはなかった。

 ならば、何処に行くのか分からなくて当然である。

 そこに思い至ったアランは、素直に頭を下げた。


「うん、ごめん。何故か言ったつもりになってた……」

「まあ、別に構わないわ。今のは確認のつもりで言っただけで、大体予測は付いてるもの」

「え、本当に?」

「アランさんが最近何をしているのか、ということを考えれば、難しいことではありませんわよ?」

「……なるほど」

「もっとも、さすがにそこで何故今回に限ってわたくし達が呼ばれたのか、ということは分かりませんけれど」

「あー……それに関しては、ちょっと待ってもらっていいかな? 多分すぐに説明することになると思うから」

「私は構わないわよ?」

「わたくしもですわ」


 そう言って了承してくれた二人に礼を述べると、早速とばかりに今度こそアランは歩き出した。


 とはいえ、目的地までの距離は大したものではない。

 元々そういった場所を集合場所に選んだのもあるが……数分も経たないうちに、三人は一つの部屋の前に立っていた。


「やっぱりここだったのね」

「まあね……二人に見抜かれてた通り、まあ、最近の僕の日課のようなものだし」


 そこは当然と言うべきか、学院生の一人が住んでいる部屋だ。

 ただしリーズ達は、そこの住人と顔を合わせたことはないだろうが。


 そう……そこに住んでいる学院生というのは、今まで一度も講義に出てきていない、アラン達の四十人目となる級友の部屋なのであった。


 そして日課と言っているように、アランはここ最近、ほぼ毎日のようにここまでやってきている。

 その理由は勿論、ここの部屋の主を部屋から連れ出し、講義へと参加させるためだ。

 まあ今のところ、その成果はまったく出ていないわけではあるが。


 ちなみに、半年以上が経過して何故今更、と思うかもしれないが、アランにしてみればこれは別に今更ということはない。

 そもそも今まで彼女に対して何もしてこなかったのは、単に何かをしようとしても出来なかったからなのである。

 何せ彼女は部屋にこもっているのに、女子寮は男子禁制なのだ。

 何かをしようとしたところで、出来るはずがないだろう。


 だが今アランは臨時講師であり、女子寮であろうと常識の範囲内であれば自由に出入りが認められている。

 というか、元々アランが臨時講師の件を引き受けたのは、そのこともあったからなのだ。

 そのため、ようやくではあるが、こうして動き出したのであった。


 が、アランが臨時講師になったのは、もう一月以上前のことである。

 その間アランは、それこそ日課となるほどにこうして通い詰めているのであるが……その成果に関しては先に述べた通りだ。

 そして今日三人でここを訪れているのも、それが理由であった。


「さて、準備はいい?」

「準備って……まだ何をするのか聞かされていないのだけれど?」

「そうですわね……ですが、この状況ですることといえば、一つしかないと思いますわ。即ち、中に侵入するために、扉を破壊する、ということですのね?」

「いや、ちょっとっていうか、大分違うかな? なんていうか、シャルロットも結構発想が過激だよね……」


 苦笑を浮かべながら、扉の方へと向き直る。

 まあ、準備などとは言ったものの、正確には、必要なのは心構えだ。

 何せ初対面な上に、相手が相手である。

 実際にはそれほど心配しているわけではないが、いざという時のために、不測の事態に備えておくだろう。


「同じ学院生に会うだけなのに何故不測の事態に備える必要があるのかしら、と言いたいところだけれど、知らない魔導士に会うということを考えれば、確かに必要なことね」

「ですわね。扉を開け放ったと同時、どんな魔法が飛んできても不思議ではありませんもの」

「ああ、その心配はないから、そこは安心して大丈夫だよ」

「……?」


 意味が分からないとばかりに首を傾げる二人だが、それもすぐに分かることだ。

 口で説明するよりも見た方が早いだろうと、アランは手を持ち上げ、扉を数度軽く叩いた。

 そして。


「サーラーさーん、あっそびまっしょー」

「……ア、アラン?」

「……頭大丈夫ですの?」

「酷い言われようだなぁ……まあ、自分でも若干どうかとは思うけど。でも――」


 言葉を言い終わるより先に、反応があった。

 勢いよく扉が開け放たれ、桃色の髪を持つ少女が姿を見せたのである。


「だからそれやめろって言ってるじゃねえですか! サラが馬鹿みたいに見えるです! 毎回毎回、喧嘩売ってんなら買う……で、す…………よ?」

「だってしょうがいないじゃないか。こう言えば確実に開けてくれるっていうか、こう言わないと開けてくれないんだから。というか……まあ、見事なまでに予想通りの反応だなぁ……」


 最初こそ勢いがよかったものの、少女はリーズ達の姿を認識するや否や言葉が尻すぼみとなり、そのまま扉の影に身体を隠してしまった。

 その様子に苦笑を浮かべながら、ちらりとリーズ達の方に視線を向けてみれば、予想外の展開に困惑しているようだ。

 少女とアランの顔を交互に見ながら、どうしたものかと困ったような表情を浮かべている。


 まあアランからしてみれば、どちらも予想通りの反応なので、特に戸惑うようなこともない。

 持ち上げたままだった手を、そのまま少女の方へと向け――


「まあ二人も分かってるとは思うけど、彼女がサラ・グーディメル。魔導学院に通いながら、魔法を使うことが出来ない魔導士だ」


 とりあえずとばかりに、まずは二人へと、顔を半分以上隠しながらこちらを窺っている少女――サラのことを紹介するのであった。

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