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王女はかく語りき

 既に五度目となる講義に耳を傾けながら、レティシア・ルロワは幾度目になるか分からぬ唸り声を上げていた。

 講義の内容が理解出来ないからではない。

 理解出来てしまうが故の、唸りであった。


「ぬぅ……相変わらずの、斬新且つ説得力ある説だ。少なくとも今まで言われていたものよりも、遥かにそれらしい。一体どうすればそのような思考に至るのかは分からぬが、やはり是非とも妾の専属魔導士にしたい。……が」

「もう何度も断られていますからね。さすがに別の手を考えなければ、同じことになるだけかと思います」

「むぅ……」


 クラリスの言葉に唸りつつも頷くのは、そのことをきちんと理解しているからだ。

 というよりはまあ、理解してないはずもない、とも言うが。


 何せアランの価値を理解してから、レティシアは今日までに幾度となくアランを勧誘しているのだ。

 勿論自身の思いつく限りの待遇を提示してのもので、しかしその度にすげなく断られている。

 これ以上続けたところで無駄だということが、理解できないはずもなかった。


 とはいえ、別の手と言われ簡単に思いつくのであれば、とうの昔に試している。

 少し考えてはみたものの、やはり有効的なものは思い浮かばず、ただ溜息だけを吐き出した。


「まあそれはまた後で考えるとしよう。父上に相談すれば、何かいい手を考えてくれるかもしれぬしな」

「そうですね。それがいいかと」


 二人で頷くと、視線を戻した。

 そうしている間も、講義は続いているのだ。

 他のことにかまけて聞き逃してしまうなど、やっていいことではない。

 例えその内容が、九割以上理解出来ず、理解出来たところも今のところ有効に活用出来なさそうだとしても、だ。


 ともあれ、その内容に関して言えば、それは相変わらずである。

 先週からの内容を引き継いだ、効率的に新規に魔法を作るには、というものであり――


「というわけで、最終的にはこうなる、と。まあ実際にはここまで来るには色々と試行錯誤を繰り返したわけだけど……こうやって見ていくと、結構簡単なもんでしょ?」


 ――瞬間、そんなわけあるか、という、皆の心の声が聞こえたような気がした。


 それが気のせいではないのは、皆の顔を見れば明らかだ。

 そしてそれは、レティシアもまた、同感であった。


 確かにレティシアは魔導士ではないが、知識に関しては同等であると自負している。

 それはここに通うようになって確信へと至り……だからこそ、今アランが口にしたことが容易ではないということが分かるのだ。


 そもそも今アランが言ったことは、端的に言ってしまえば、魔法式はほぼ無駄なものしかないから、その大部分は消してしまっても構わない……むしろ効率などを考えれば、積極的にそうすべきだということである。


 あまりに斬新過ぎる話であった。


 別にその話を信じていない、ということではない。

 というか、実際目の前でアランが自前の魔法式でやってみせたのだから、信じざるを得ないだろう。

 まあ、レティシアにはそれが見えない以上、違いなどは分からないのだが……周囲の反応を見れば、それが本当なのだということは分かる。


 だから問題なのは、その話そのものではない。

 それを実践することが、不可能だということなのだ。


 何故ならば――


「どれが本当に必要な魔法式なのかが分からないのに、それが簡単に出来るわけがないでしょう?」


 皆の心境を代表したような言葉に、そこかしこから頷きが返る。

 即ち、そういうことだ。


 そもそも魔導士が魔法式の改善に取り組まないのは、いざ失敗してしまった時に何が起こるか分からないからである。

 ただ魔法が失敗するだけならいい。

 だが実際にはそんなことは滅多になく、大抵は周囲へと甚大な被害を発生させるのがほとんどだ。

 当然術者の命もないとなれば、そんなことを試すものが早々に現れるはずがないだろう。


 だからこそ、研究所を構えてまでそれを行なうことを許可されたクリストフは、王国内で並び立つものがいないほどの天才などと言われたのだ。

 それは同時に、そんなクリストフをすら霞ませる目の前の少年が、どれほどの規格外かということもを示している。


 そしてそれほどの者達でなければ、それは触ることすら忌避されるようなことなのだ。


「んん? んー……でもそれを見極める方法は、ここまでの講義でやってきたよね? 以前から答えてた皆からの質問への返答も、かなり役立つはずだし。それらを参考にしていけば、少なくとも致命的なことは起きないと思うんだけど……」

「……ああ、なるほど、そういうことですのね。アランさん、あなたは一つ、思い違いをしていますわよ?」

「思い違い……? え、何を?」

「簡単な話だ。お前の講義にしろ質問への返答にしろ、そのほとんどを俺達は理解出来てないってことだ」

「……え?」


 その言葉は本気で予想外だったのか、アランは愕然とした表情を浮かべた。


 しかしそれは事実だ。

 実際レティシアも、今まで聞いた話の一割……否、そのさらに十分の一でさえ理解出来たかは怪しいところなのである。

 それはレティシアだけではなく、この場にいるほとんどの者にとっても同様であろう。


 例外があるとすれば、それは彼女ぐらいのものであり――


「ふむ……そうだな、リーズ、アランの今までの話を、お前はどのぐらい理解出来てる? 多分アランと過ごした時間や才能から考えても、今最も理解出来てるのはお前だと思うんだが」

「……そうね、今までのところまでならば、まだ基本中の基本というところだから、大体二割ぐらいかしら? アランの師匠ならば、三割程度は理解出来てるとは思うけれど」


 二割、という言葉に、周囲がにわかにざわめきだした。


 だがそれは無理もない話だろう。

 正直なところ、レティシアもかなり驚いた。


 あの内容を既に二割……どれだけ理解出来ていても一割程度だろうと見ていたために、それは衝撃ですらある。

 どうやら今年の魔導学院には、本当に優秀な者が多いようであった。


「二割とは、さすがですわね。わたくしも時間さえあれば……と言いたいところですけれど、正直同じだけの時間があってもそこまで理解出来るかは自信がありませんわ」

「そう言ってくれるのは嬉しいけれど、それは私を過大評価しているか、自分を過小評価しすぎじゃないかしら? あなたならば、時間さえあればやっぱり二割程度は理解出来ると思うわよ?」

「その言い方からすると、問題はその先ってことか? となると、その先まで理解出来てるあいつは、さすがってことか……」

「ふむ……その話し合いも妾としては興味深いが、それよりもちゃんと説明してやった方がよいのではないか? アランがそろそろいじけ出したぞ?」

「……あ」


 レティシアの言葉に皆が視線を向けてみれば、アランは地面に座り込んでいるところであった。

 皆に理解出来るように説明しているつもりであったのか、相当に落ち込んでいるらしい。


 もっとも、実際のところは、それもまた見当違いだ。

 そもそも、アレが理解出来ると思っていることが、間違っているのである。


 ……いや、それもまた正確ではないか。

 厳密には、理解出来ないというよりは、受け入れることが出来ない、と言うべきだろう。


「むぅ……結構工夫したと思ったんだけど、これでもまだ駄目なのか……でもこれ以上分かりやすくしろと言われてもなぁ……」


 そんな風に呟きながら、何事かを考え出したアランであるが、レティシアは敢えてそこから視線を外した。

 先ほどの会話にレティシアは参加していないし、その助力は他の者達に任せるべきだと思ったからだ。


 それよりも、と……レティシアはその少し上へと視線を向けた。

 そこにあるのは、緑色をした板であり、そこにはびっしりと複雑な魔法式が書かれている。


 だがレティシアが注目したのは、魔法式ではなく、その緑色をした板だ。

 目を細め――


「……工夫というのであれば、妾としてはそれだけで十分だと思うのだがな」


 黒板という名らしいそれを眺めながら、呟いた。


 何故黒ではないのに黒板なのかとは思うが、まあ作り出した本人がそう言ってるのだから細かいことはどうでもいいだろう。

 それよりも重要なのは、それそのものだ。


 と、先ほどのは本当にただの独り言でしかなかったのだが、隣に居るクラリスには聞こえていたらしい。

 確かにそうですねと、頷かれた。


「便利そうですよね、アレ」

「うむ。特に魔導士でなくとも簡単に再利用が可能だというのが素晴らしい。量産すれば、色々な場所で使うことが出来るだろう」

「ふぇるとぺん、でしたっけ? アレも使いやすそうですしね」

「アレはさすがに魔法で作ってるため、補充には魔導士が必要らしいが……まあ、それは仕方ないことであろう。アランは使い捨てにしようか迷っていたらしいが、どっちにしろ大差はないであろうしな」


 むしろ本来はチョークがよかった、などと言っていたが、意味はよく分からない。

 手が汚れるし色々と面倒そうだから、とか、こうなるとこれもう黒板ではないのでは、などとも言っていたが……まあ、レティシアには分からない何かがあったということなのだろう。

 魔導士相手には時々あることだ。


 何にせよ、その結果としてアレが出来たということであり――


「それに、こぴぺ、でしたか? アレのおかげで、私達は本当に助かりましたよね。皆さんもいちいち魔法を使わずに済んで楽になったと言っていますし」

「うむ……本当に、どこやったらあんなことが思いつくのか、というところではあるがな」


 そう、黒板に書かれているその複雑な魔法式は、アランが書いたわけではないのだ。

 いや、アランが書いたことに違いはないのだろうが……手を使ったわけではなく、魔法陣を展開したと思ったら、そこに浮かんでいたらしい魔法式を、そっくりそのまま黒板に写し取ってしまったのである。


 あの時の皆の唖然とした顔は、多分酷く間抜けだったものだろう。

 勿論、レティシアもその一員であったわけだが。


 ちなみに、浮かんでいたらしい、と伝聞系なのは、レティシアがそこにいなかったというわけではない。

 いたが、見えなかったというだけである。


 そもそも魔法式とは、魔導士以外に見えないのだ。

 だからこうやって見える形にしてくれたことは、素直に有り難かった。


 そしてそれは、魔導士にとっても同じだ。

 魔導士は魔法式を見ることが出来るが、それを見るためにはわざわざ魔法を使い、発動直前の状態で留めておかねばならないのである。

 そんなことをしなくとも魔法式を見ることが出来るのであれば、それは非常に助かるというものだろう。


 何よりも、そうやって簡単に見返すことが出来るようになったことで、格段とアランの話を理解することが出来るようになったのだ。

 そういった意味でも、黒板等は非常に役立ったと言えるだろう。


 まあ、それでも理解度は一割にすらも届かないわけだが……或いは、それがあったからこそ、そこまで理解することが出来たのだと、そういうべきかもしれない。

 ともあれ。


「ま、あれだな……語弊が生じるかもしれないが、実際のところ、俺達は最初から全てを理解出来るわけがないと思ってるのが本音なんだよ。そしてそれは、別にお前の説明が悪いとかじゃない。仮にお前の言ってることを全部理解出来たとしても、俺達は本当の意味で理解することは出来ないだろうからな」

「そうね……おそらくは、あなたにも覚えがあるんじゃないかしら? 理解出来ているのに、それを実行に移すことが出来ない。そういうことが。私達にとってあなたの言っていることは、そういうことなのよ」

「そうですわね、その例えはかなり的確だと思いますわ。その理由は違えども、本質的には同じことですもの」

「うーむ……」


 レティシア達がそんなことを言っている間に、どうやら上手く説得することが出来たらしく、渋々とではあるが、アランが頷いた。

 何かしら納得出来ることがあったのだろう。


 だが正直に言ってしまえば、レティシアにはまるで理解出来ないことであった。

 彼らのことは知識として得ているため、どのようなことを言っているのかは、推測することは出来る。

 納得することも、まあ出来るだろう。


 しかしそれが理解出来るかどうかは、また別の話なのだ。

 或いは、それこそが、魔導士とそうではない者達との、決定的な差なのかもしれないが――


「……本音を言ってしまえば、少し羨ましくはあるな」

「……そうですか? 正直私は、納得すらも出来そうにないのですが」

「ふむ……まあ、きっとそれこそが、価値観の相違、というものなのだろう」


 理解は出来ないが、少なくとも彼らが必死に努力していることだけは確かだ。

 そしてだからこそ、レティシアは彼らのそんな姿が、羨ましいのである。

 自分の身に置き換えてみれば、有り得ぬことだ。


 それはきっと、色々な意味で、であり……だが。


「ぬぅ……でもこのままはいそうですか、って頷くのも沽券に関わるしなぁ。やっぱり何か別の方法を考えて……って、レティシア、どうかした? 何か質問でもあるとか?」

「む、いや別に……うむ、そうだな、確かに質問することはあるのだが、さてどれから質問したものかと思ってな。何せ疑問に思っていることは山ほどあるのでな」

「あー……えっと、お手柔らかに?」

「それはそっちの回答次第だな」


 苦笑を浮かべるアランに、レティシアは不適な笑みを浮かべた。


 おくす必要はなければ、その理由もない。

 確かにレティシアはこの場では部外者である。

 だが立場で言えば、彼らと何の違いもないのだ。

 その知識を有効に使うことが出来ない、という意味で。


 だからこそ、レティシアはその場から引かず、混じる。

 些事など関係ないとばかりに、いつも通りに、その口を開くのであった。

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