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魔導学院の臨時講師

 思わずといった様子で、アランは大きな溜息を吐き出していた。

 それは不意に昨日のことを思い出してしまったからであり……何度思い返しても、酷いとしか言いようがないものであった。


 とはいえ大会そのものに関して言うならば、むしろ思惑通りにいったと言えるだろう。

 幾らやる気になったところで、さすがに一から有用な攻撃魔法を作り出すには時間が足りなかったが……ならばと発想を逆転させたのだ。

 手持ちの魔法で試合を勝ち抜くにはどうすればいいのか、ということである。


 そこで至った結論が、あの無詠唱魔法の連発だ。

 純粋な殺し合いならばともかく、試合である以上は予め魔法を用意しておく、ということは出来ない。

 必ず開始の合図と同時に詠唱を始めねばならず、そこに付け入る隙があると思ったのだ。


 どれだけ戦闘に特化し魔法を最適化させていたとしても、その魔法式はアランから見ればまだまだ無駄だらけである。

 最低限相手を倒すのに十分な威力の魔法を、最速で放ちまくれば何とかなるのではないか、と考えたのであるが……それは見事に的中したと言えるだろう。


 初戦は馬鹿正直に詠唱を唱え始めたところに魔法をぶち込み、二戦目は警戒している中を問答無用で叩き込んだ。

 さすがに三戦目ともなれば体術を用いてきたが、それでも魔法の詠唱に時間がかかることに違いはない。

 冷静になる時間を与えないように、ひたすら周囲にばら撒き続ければ、思っていた以上に呆気なく勝ち進むことが出来た。


 そして迎えた準決勝。

 相手は当然のように勝ち上がってきたリーズであり……まあその際にちょっとゴタゴタがあったものの、それは狙い通りだったため問題はないだろう。

 おかげでというべきか、これからはようやく以前のように話すことも出来そうだし。


 ただ試合そのものは、さすがに簡単にとはいかなかった。

 正直なところ、アランとしてはアレを使わされるとは思っていなかった、というのが本音である。

 一応念のためにと、切り札として用意したものではあったのだが、十分な検証は出来ていなかったので、半ばぶっつけ本番だったのだ。

 まあその甲斐あって、それでリーズの心を折ることは出来たようだが。


 とはいえそれは、当然のことだろう。

 元々そのために作ったものである。


 魔導士にとって魔法とは、絶対の自信となるものだ。

 膨大な時間と努力を重ねた末に編み出されたそれは、幾ら無駄があるとはいっても関係はない。

 作り出せたことに違いはなく……だからこそ、それを無効化されたといのは、自信も粉々にされたも同然なのだ。


 まあもっともここら辺はアランにはいまいち理解出来ないことであり、クロードの講義を受けたことで辿り着けたことではあるのだが……そういった意味では、やはりあの講義は有意義だったということなのだろう。

 閑話休題。


 ともあれ、そうして決勝に進めば、待っていたのはやはりシャルロット。

 ただ、決勝なのに若干地味な感じになってしまったのは、切り札を見せてしまったせいだろう。

 魔法が無効化されてしまえば心に致命傷を負うのはシャルロットも同じだ。

 それができるかできないのかはともかく、可能性があるということが分かってしまえば、当然のように腕は鈍り思考には一瞬の陰りが生じる。

 だがアランにもそれ以上の決定打があるわけではなく、結果消耗戦となってしまった、というわけだ。


 それでも何とか勝ちを拾い……しかし直後のアレは、幾ら何でも予想できるわけもないだろう。

 確かに来る事そのものは予想出来ていた。

 だがまさかあんな形で登場し、しかもエキシビジョンマッチを申し込まれるなど、想像できるわけもなく――


「おーい……で? いつになったら講義は始まるんだ? 正直かなり楽しみにしてるんだが」


 と、どうやらそこで、現実逃避の時間は終わりを告げたようであった。


 仕方なく視線を前方へと向ければ、そこにあるのは四十二対……否、四十一対の、好奇に満ちた瞳。

 自身に向けられるそれらを認識しながら、アランは再び溜息を吐き出した。


「えーっと……一身上の都合ということで、自習ということにしては駄目ですかね?」

「俺はそれでも別に構わないが、多分お前がやることに違いはないぞ?」

「まあ、ですよねー……」


 無駄な足掻きでしかないということは、勿論理解していた。

 だがそれで素直に諦めるぐらいならば、これよりはマシというだけであって酷いことには違いない昨日のことを思い返し、現実逃避の手段とすることなどはないのだ。

 まあ、自慢できることではないが。


「わたくしとしては、むしろそちらの方が好ましいかもしれませんわね。確かにどのような講義をなさるのかにも興味はありますけれど……今はそれよりも、尋ねたいことが山ほどありますもの」

「そうね……私としても、そっちの方が有り難いかもしれないわ。特に昨日のアレについてとか、是非ゆっくりと聞かせてもらいたいのだけれど?」


 どこか挑戦的な目を向けてくる二人の少女の言葉に、肩をすくめる。

 分かりきっていたことではあるが、逃げ場はないらしい。

 おそらくは他の皆の意見も、似たようなものだろう。


 と。


「むぅ……妾としては、迷うところであるな。確かに尋ねたいことは幾らでもあるが、どのような講義をするのかも興味がある……どうしたものか」

「というか、どうしたもこうしたも、そもそも何故レティシアは当たり前の顔して参加してるの?」

「……む?」


 この場で唯一、その皆の中に含まれていない人物につっこみを入れると、その銀髪の少女――レティシアは、何を言っているのか分からない、とでも言いたげな様子で、首を傾げた。

 その顔はとぼけているのでなければ、ふざけているのでもなく――


「何故と言われても……別に不思議なことではあるまい? むしろ何故そのようなことを聞くのかが分からぬのだが……?」

「多分それを理解してないのはレティシアだけじゃないかな? ……騎士学院に通ってる人が魔導学院に居たら、普通に考えればおかしいよね?」

「ふうむ……確かに普通であればおかしいかもしれぬが、妾の通っている学院とこことは姉妹校で、望めばそこに通っているのと同様の交流が可能なのだ。ならばやはり、おかしくはなかろう?」

「そうだね、確かに理論的にはおかしくないかな……今までそんなことをした人がいない、ということを除けば、だけど」

「それこそ妾の知ったことではあるまい」

「それこそ普通の人ならそう言えたかもしれないけどね……君がそれを言っちゃ駄目でしょ」


 王女なんだから、という言葉には、やはり知ったことかとばかりに肩をすくめられた。

 こちらとしては、溜息を吐き出すしかない。


 そう、この誰がどう見ても高貴な人物だと一目で分かるその少女は、何を隠そうこの国の王女様なのである。

 まあ実際には隠してもいなければ、皆が知っていることではあるのだが。

 しかしだからといいって、彼女がここに居ていい人物であるのかどうかは、また別の話だ。


 確かに彼女が自分で口にした通り、彼女の通っている王立騎士学院と、ここ王立魔導学院は、共に王立ということもあってか、姉妹校ということになっている。

 そのため、双方からの交流が可能となっており、そこに一切の制限はない。

 本人が望めば、もう片方の学院の講義を受けることすら可能ではあるのだが……当然のように、それを利用する者は皆無であった。


 まあ、当たり前のことだろう。

 騎士がどれだけ魔導士の講義を受けたところで魔法を使えるようにはならないし、魔導士が騎士の講義を受けたところで根本的なところで意味がないのだ。

 双方共に、そんな時間があれば自分のやるべきことをやれ、ということである。

 無駄に費やしていい時間など、魔導士にも騎士にも、ありはしないのだ。

 ある意味では、それが唯一の共通点とすら言えた。


 が、だというのに、皆の規範となるべきである王女自らが、その暗黙の了解とでも言えるものを破っているのだ。

 そこに問題がないわけがないだろう。


「だが逆に妾だからこそ言えることでもあるのではなかろうか? つまり、こういうことだ。間違っていたのは今までで、実際にはこれが正しいのだ、と」

「ふむ……その根拠は?」

「だってどう考えても魔導士の講義とか面白そうではないか! というか、実際面白かった! ならばやはり妾は正しかったのだ!」

「うん、完全にただの興味本位だね。知ってたけど。最初からそう言ってたしね」


 彼女とアランが初めて出会ったのは、今から三ヶ月ほど前のことだ。

 とはいえそれは出会いというには、些か一方的に強烈な印象を与えてくれたわけだが。


 何せその日、クロードの講義がこれから始まるというその時になって、彼女は何の前触れもなくその場に現れたのだ。

 そして開口一番、こう言い放ったのである。


『魔導士の講義とか面白そうなことをやっているではないか! 妾も混ぜるのだ!』


 こいつは一体何を言っているんだと、おそらくその場に居た全員がそう思ったことだろう。


 そして実際のところ性質が悪かったのは、建前としては確かに十分であり、彼女には王女だという確かな身分が存在していたことである。

 彼女が王ではない以上、その命令をアラン達が聞く必要はないが、それでも彼女が王族ではある以上は考慮もしなければならないのだ。


 かくして結局彼女が講義を受けることを許さざるを得ず……そんなことが、これまで都合十度ほど繰り返されてきた。

 だからある意味では、それは今更でもあるのだが――


「でも、これから行なわれるのは、僕の講義だ。つまりは、僕に選択の権利がある」


 そう、今から行われるのが、アランの講義、である以上は、その程度の権限は当然有しているのだ。

 まあ、そもそもの話、何故そんなことになっているのか、という話ではあるが。


「ぬぅ……それはつまり、妾にこの部屋の外からこっそりと聞け、ということか!?」

「いや、だから帰れって言ってるんだけど……はぁ、そもそも、何でそんなに僕の講義を聞きたがるのかなぁ……」

「まあ、以前からあなたが講義をやればいいのに、などとは言っていましたからね。この話を聞いた時にはかなりの喜びようでしたし、それだけ期待し楽しみにしている、ということでしょう」

「そんな手助けをするぐらいなら、さっさと連れ帰ってくれないかな、護衛騎士?」

「私もそれができるのでしたらそうしたいのですが……生憎と私は姫様のご意向に逆らうことは出来ませんので。そもそもまだ騎士ではありませんし」

「逆らえないんじゃなくて、逆らうつもりがない、の間違いじゃなくて?」

「私にとってはどちらも同じことですから」


 そう言って笑みを浮かべる蒼髪の少女――クラリスに、溜息を吐き出す。

 この場で唯一、こちらに好奇の瞳を向けてきていない人物だが、レティシアの絶対的な味方という時点であまり意味はない。

 まあ、元々は彼女も部外者、騎士学院に通っている人物なのだから、ある意味当たり前なのかもしれないが。


「ま、どうせ彼女は追い出したところで聞こうとするだろうし、それに今更だろ? 一人や二人増えたところで、違いなどないだろうに」

「というか、クロードさんはクロードさんで、何で当たり前の顔してそこに座ってるんですかね?」

「ん? 何でって……当たり前だろ? 監督役がこうして見守ってるなんてな」

「普通監督役ってこっち側に居るもののような気がするんですけどね? いえ、百歩譲ってそれはいいとしても、最前列にいるのはどう考えてもおかしいでしょう」

「まあ所詮そんなのは建前だからな。お前に尋ねないことなんて、俺にも幾らでもあるんだ」

「いえ、そこで開き直られてもですね……」

「大体、この時間は本来俺の講義が行われる予定だったんだぞ? なら俺がどうしようが俺の勝手だろう」

「まあそれもそうなんですが……」


 そう、結局何故こうしてアランが講義をすることになっているのかといえば、それはクロードの代わりに講義をすることになったからだ。 

 もう少し正確に言えば、アランが臨時講師になり、クロードの講義がちょうど今日からは一週間に一度しかなくなるため、試しに代わりでやってみることとなったのである。


 ではそもそもの話、どうしてアランが臨時講師になったのかといえば……間接的には昨日の武闘大会で優勝してしまったせいだ。

 直接的には、今まで積み重ねてきてしまったもののせい、ということになるだろう。


 つまりは、アランは総合成績一位となったことで、学院側にこう宣言したも同然となってしまったのだ。

 学院で教わることは何もない、と。


 もっとも、これは別段珍しいことではない。

 何度も言っている通り、ほとんどの者は、本来学院にコネを求めにくるのだ。

 教わることがないなど、ある種当然でもある。


 だが仮にそうだとしても、アランはさらに特殊であった。

 何せ全ての分野で圧倒的な成績を示しただけではなく、普段から同期のみならず、講師からすら質問され、それに答えていたのだ。

 そんな者を、残りの時間ただの学院生として過ごさせるなど、学院からしてみればどう考えたところで有り得ぬことだろう。

 だからこその、大会終了後のアランへの臨時講師の打診であったのだ。


 とはいえ勿論それは学院側の都合であり、アランには何の関係もない話である。

 故に、学院側はその際こんな条件を提示してきたのだ。

 臨時講師になれば、講義中以外で他の者達がアランに質問することを禁止させる、と。


 確かにアランは、周囲から閉じこもるための結界を完成させた。

 しかし代わりに周囲の反応に無頓着になってしまうという欠点があったし……何よりも、アランはふと気付いたのだ。

 それは快適ではあったものの、アランの望む学院生活とはかけ離れたものだということに、である。


 休み時間には自分の世界に一人閉じこもっているなど、それはただのボッチではないか。

 折角ここまで色々とやってきたのに、自分がそれを楽しめないなど、意味のないことであった。


 まあそんなわけで、色々と考えた結果、それを受けることにしたわけだが――


「……はぁ」


 色々な不満事を、溜息に乗せて押し流した。


 実際のところ、これ以上駄々をこねても仕方ないのは確かである。

 自分で選んだことに違いはないのだし……もっとも、そこのお姫様に関しては別だが、それも言ったところでどうしようもないのは理解しているのだ。

 もうここまでくれば、開き直るしかないだろう。


「まあ、もう講義の時間は始まってるし、これ以上我侭を言ってたところで、誰の得にもならないし……仕方ないから、大人しく講義を始めようか」


 そうして、再度溜息を吐き出しつつも、アランはその口を開いたのであった。

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