学院の始まり
やはりどんな世界、どんな学校であろうとも、入学式というものは変わらないらしい。
そんな感想を抱きながら、アランは眼前の光景に溜息を吐き出した。
端的に言ってしまえば、暇だったのだ。
そして今目の前で行なわれているのが何かと言えば、学院長のお話である。
世界が違おうが魔導士であろうがお偉いさんの話が長く退屈だということに違いはないようであり、正直暇どころか眠い。
実際何人かは舟をこいでいるようであるが、さすがにこの歳になってまで、と思ってしまうのは未だ自分に前世の影響が色濃く残っている、ということなのだろうか。
まあ無意味な抵抗だと言ってしまえば、その通りではあるのだが。
しかし抵抗があることに変わりはなく……仕方なく話を聞くのは諦めて、欠伸交じりにここ数日のことを思い出すことにした。
正直なところ、学院の試験に受かったと聞いた時には、喜びよりも先に戸惑いが来ていたものだった。
魔法を披露した結果の反応があまりよろしくないため、これは落ちたなと、そう思っていたからだ。
これは別の学院の試験を受ける必要がありそうだが、さて何処にしたものかと、そんなことを既に考えていたために、素直に喜ぶタイミングを逸したような気さえしている。
だがまあ嬉しいことに違いはないし、行こうと思ったから試験を受けたのだ。
行かないということは、さすがになかった。
まあと言っても、準備は粗方終わっていたし、今更改めてやるようなこともない。
師匠にも挨拶をし、長期休暇……どころか、既に完全な暇を出された後である。
何でも師匠曰く、別に学院が終わってからすぐに戻ってくる必要はない、むしろ他にも色々と見てきてもうここに戻る必要がないと思えばそれでも構わない、とのことだった。
しかしそれでは土魔法の件はどうするのかと言えば、向こうはそれも承知の上だ、という話である。
先行投資とは、そういう意味も含まれているのだと。
とはいえさすがにそれは無責任すぎる気もしたのだが……まあ、今のところ何も思いついていないのは事実である。
勿論戻るならば大歓迎だという言葉もいただいたので、一先ずそのことは胸に納めておきながら、素直に甘えさせてもらい……つまり本当に、入学式の日までアランにやることはなかったのだ。
だが暇だからこそ、出来ることというものはある。
特に数日後には、学院の試験が迫っているのだ。
そのための勉強をするのは、当然というものだろう。
そしてそのためにアランがすることとしたのは、再構築と呼ばれている技術を磨くことであった。
アランがそれについて知ったのは、つい数日前のことである。
アランは魔法式が魔法を使用した後もしばらくその場に残っていることは分かっていたが、それを再利用できるということは知らなかったのだ。
それが数日前の何気ない会話から知ることとなり……その時にふと、アランは思ったのである。
これは試験に使えるのではないか、と。
基本的に試験は試験用の部屋に入り、そこで魔法を実際に使用することで試験とする、ということは聞いていた。
ならば直前に使われた魔法の魔法式を再構築し、さらにその魔法式を色々と改変すれば十分なアピールになるのではないかと思ったのだ。
師匠に聞いてみたところ、いいんじゃないかと言われたし――
「でも結局のところ、どうだったんだろうなぁ……」
試験官達の反応が鈍かったのは確かである。
だがそれでも合格が貰えたということは、とりあえず合格の域には達していたということなのだろうが……。
――やはりもっと派手な方が……それこそ試験会場を吹き飛ばすなどした方がよかったのだろうか?
一瞬そんなことを真面目に思うも、即座に否定する。
さすがにそれは、と思うし……何よりも、攻撃魔法の場合は別の場所で行なう、と言われたことを考えれば、多分それは駄目な方であった。
アランが事前に聞いた話によれば、攻撃魔法などの場合も同じ会場を使用する、というものであったはずだ。
万が一の場合にも、結界を張ってあるから問題はない、とのことであったが……あくまでもそれは十年以上前の話である。
今では変わってる可能性もある、とは話を聞いた時にも言われたことだし、むしろ変わってる可能性の方が高い、とまで言われたほどだ。
だからこそ、それを実際に言われても特に疑問などはなかったのだし……まあ、結界ごと会場を吹き飛ばされれば、その措置は当然だろう。
となれば、同じことをアランがやっても二番煎じにしかならないし……何よりも、心情的にやりにくい。
どちらかと言えば、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんと謝りたい気分である。
そもそも、これまで特に攻撃魔法を率先して覚えようとはしてこなかったアランだ。
使えることは使えるが、試験官達にインパクトを与える攻撃魔法を、となると難しいだろう。
数日暇があったとはいえ、それだけの期間で相応のものを覚えられたかは疑問である。
結局のところ、やろうと思っても出来なかった可能性の方が高い、ということであった。
まあともあれ、そういったことを考えていけば、とりあえずあれでいったことは間違いではなかった、ということなのだろう。
出来ればもっと驚かせるようなことをしたかった、ということはやはり、思ってしまうが。
「――それでは、諸君らが彼の始まりの魔法使いの名に恥じぬよう、存分に研鑽を積むことを期待している」
と、そんなことを考えている間に、どうやら長い話が終わったようだ。
壇上から学院長の姿が消え、ようやく次の進行へと移る。
とはいえ学院長の話が最後であったらしく、そのまま式は終了を告げた。
ただ、この後まだやることがあるらしいので、一先ずはその場で待機である。
「ふーむ……」
やることがないので何となく周囲を見渡してみれば、当然のようにそこにいるのはこれから同じ時を過ごすこととなる級友達だ。
学院は完全に閉じた環境であり、基本卒業までにここから出ることはないので、文字通りの意味で同じ釜の飯を食う関係となる者達でもある。
その大半は、やはりというべきか暇そうだった。
まあ実際やることはないのだが、それ以上に先ほどまで無駄に長い話を聞かされていた、というのが大きいのだろう。
何人かは欠伸を漏らし、ボーっとしている者も多い。
それでもこれが普通の学校であれば、今後のことも考え、友好的な関係を作ろうとする者達が出てきそうなものであるが……さすがと言うべきか、そんなことになりそうな雰囲気は微塵もなかった。
話には聞いていたものの……どうやら本当に、この学院に来ている魔導士達は、基本コネを求めるためにしか来ていないらしい。
そう、確かに学院にはコネを作るためだけに通う者も多いとは聞いていたが、学院に通う魔導士は、ほぼ全てがそれ目的なのだという。
魔法を覚えるのに必要な時間や、その根幹となっている魔法式が理解不能なものとして扱われている以上は仕方ないことなのかもしれないが……何とも残念なことである。
まあ何にせよそういったことなため、今の段階ではその判別ができるものが存在していない以上、動かない、ということなのだろう。
好奇心は旺盛な割に無駄となる面倒は嫌うという、ある意味で魔導士に多い特徴をよく表した光景であった。
勿論全てが全てそうではないだろうし、実際先ほどからずっと視線を感じてもいる。
だがそれよりも今は周囲の観察を優先したいので、視界の端に映っている赤い色はとりあえず放置することにした。
ちなみに今年の合格者は例年通り四十人であったらしいが、学院の在籍者は四十一人居るらしい。
それを聞いた時には、すわ何かのなぞなぞか!? とか一瞬思ったわけだが、まあ実際のところは何ということはない。
単純に、前年度から卒業することなく一人残っていた、というだけのことであった。
そのためか、この場には四十人しかいない。
まあ今年入学したわけでもないのに、ここに居るのも逆に不自然だろう。
明日以降変に目立ちそうではあるが……コネを基本とすることを考えれば、あまり気にしないものなのかもしれない。
本人も、周囲も。
ともあれ。
当然ではあるが、ざっと眺めただけでは誰が優秀な魔導士であるのか、ということは分からない。
というか、そもそも何を以って優秀とすべきか、という問題があるだろう。
それは、ただ一つの魔法を誰にも真似できないレベルで扱える魔導士と、そういった唯一の魔法は使用出来ないがその分誰にも真似出来ないほどの数の魔法を使うことの出来る魔導士、そのどちらがより優秀なのか、という問題でもある。
まあ答えとしては、求める状況による、となるだろうが……何にせよ、見ただけでどんな魔導士なのかということは分からないことに違いはない。
だが。
何事にも例外というものは付きものだ。
一人、一目見ただけで優秀なんだろうと思えた少女が、そこには居た。
悠然としたその佇まいが輝いて見えるのは、何もその髪の色だけが理由ではあるまい。
金色の髪をなびかせながら、碧色の瞳で周囲を見回すその姿は、何処か余裕すら感じられる。
自信が全身から溢れ出ているような、そんな錯覚すら覚えるような様相であった。
勿論この場に居る皆が相応の自信を持ってはいるだろうが、正直彼女の前では霞んで見える。
アランの見る限りでは、彼女に並べ立てそうな魔導士はこの場には一人しかいないだろう。
これがただの自信過剰からきているものである可能性は、当然あるが……それはないのだろうと感じさせる時点で相当なものだ。
そしてアランはそんな少女のことを知っていた。
厳密に言うならば、推測でしかないのだが……外見的特長もそのままだし、ほぼ間違いないだろう。
シャルロット・フェシュネール。
四大公爵家の一人娘であり、世間の情報に疎いと自覚のあるアランでも聞いたことがあるほどに優秀だと、噂の魔導士であるが……どうやら誇大広告ではなかったようである。
(「それにしても、四大公爵家、か……そのうちの三つがこうして同じ学院に集まるなんて、凄い偶然があったもんだ」)
しかも話によれば、この魔導学院とは姉妹校でもある騎士学院の方には、最後の一人が入学したとも聞く。
ついでに言えば、その学院はこの学院のすぐ傍にあるのだ。
ある意味では、それらが一つの場所に集まったとすらも言えるだろう。
(「さらにそっちには王族が居るって話でもあるしなぁ……まあ、全員優秀だったってことだから、悪い話ではないんだろうけど」)
騎士学院の方も当然のように王立であり、そこもまた最高峰の一つである。
つまりそこに入れたということは、次代を担うだろう者達が、全員優秀であったという証でもあるのだ。
まあ、王族がそっちに入ったという意味は、ちょっと分からないが。
当たり前ではあるが、王族が騎士になることはないし、その勉強をする必要もない。
王族だからといって学院が贔屓をするわけもないので、実力で入ったということなのだろうが――
(「……ま、どうせ関係ない話だろうし、どうでもいいことか」)
姉妹校とはいえ、何か交流があるわけでもないのだ。
向こうに入ったという少女は、多分多大な苦労を強いられるのだろうが……まあ、ご愁傷様である。
彼女の家は元々防衛を司る家系であるし、向こうの学院が王族の入学を許可したのは、それも理由の一つだったのだろう。
アランに出来ることは、頑張れと応援することだけであった。
と、そんなことを考えていると、不意に視界に変化が生じた。
一人の男がこちらに向かってくる姿が、混ざったのである。
それは講師の一人として紹介された男であり、その男が今後のやることを伝えるのだろう。
もっとも聞いた話の通りであれば、単純に今後の予定等が話されるだけであるらしいが。
使用する施設等の説明や案内はなく、そこら辺はアランの記憶にある大学に近いのかもしれない。
その程度のことは、自分で調べて考えろということだろう。
しかしそんな人物が近寄ってきていて、しかもそれには気付いているだろうに、皆の様子にこれといった変化はなかった。
おそらくは、どうでもいいのだろう。
まったく以って魔導士らしい反応であり……どこまでも、学生らしい反応ではなかった。
(「前途多難そうだなぁ……」)
そんな様子を眺めながら、割と楽しみにしていた学生生活というものを送るのは中々に難しそうだと、アランは溜息を吐き出すのであった。




