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少し先の未来

 土魔法、というよりは錬金が他の魔法と比べ難しい理由は、単純だ。

 完璧に効率化した結果、他の基礎魔法の魔法式が、行数で言えば数千、文字で言っても十万いかない程度なのに対し、錬金はどう頑張ってもその十倍はいきそうなのである。


 要は、覚えるべき量や実行すべき工数が、明らかに基礎とは呼べないレベルなのだ。

 他と比べ難易度が高くなるのは、当然のことであった。


「つまり、どれだけ簡単にしようとしても、限度がある、ということよね?」

「だがそれは分かりきってたことだろ? 問題は、じゃあどうすんのか、ってとこじゃねえのか?」

「まあそうなんですけどね……でも分かりきっていたことだからこそ、難しいというか、何というか……」


 ニナ達から依頼を受けてから、既に一月近い時間が経っている。

 だがアラン達は未だ、どうすれば土魔法をより普及できるのか、ということに頭を悩ませていた。


 というのも、土魔法の難易度の高さは既に述べた通りだ。

 幾ら簡単になったとはいえ、あくまでもそれは相対的なものである。

 根本的に難しい以上、効率化をさせただけではやはり駄目なのではないかと、結局のところはそんな結論になったのだ。


 しかしそこに至ったのは早くとも、そこから先が進んでいない。

 大体アランは元々コーダーであってSEではないのだ。

 つまりは仕様書通りにプログラムを書く人間であって、出来上がる予定の作品をプレゼンしたりするような人間ではないのである。

 実際その方面の才能はいまいちだったようで、ほぼその件に関しては、あーでもないこーでもないと言っているばかりなのであった。


「まあ他の依頼もこなしながらだから、仕方ないところもあるんでしょうけど……」

「そこは最初から条件に入ってたっていうか、向こうはこっち以上に何年もそれだけを研究し考え続けてきたからね。すぐにどうにかなるなんて、思ってないんじゃないかな?」

「それはそれで悔しくもあるが、実際出来てねえ以上はどうしようもねえか……」


 さすがにものがものだけに、即座に成果を欲しがるようなことはされなかった。

 まあそれが実現されれば、魔導士の間でも色々なことが生じるだろうし、国相手との話し合いも必要だ。

 一応期間は数年ということで、猶予は貰ってはいるものの――


「出来るだけ早く何とかしたいですよね……既に向こうから対価同然のものも貰っちゃってるわけですし」

「まあな……実際のところ、そうしてもらわなきゃ厳しかったんだが、それでも貰う一方ってのはな」

「結果的にこちらも依頼を果たせれば問題はないのだけれど、それまではさすがに居心地が悪そうね……」


 数年の猶予をもらえたところで、それはこっちが数年それに携わることが出来れば、の話だ。

 一年先の予約しか存在しなかった時点で、そんなものはないも同然なのである。


 ある意味ではそれだけに注力できるとも言えるが、さすがにそこまでの報酬を向こうに用意しろというのは現実的ではないだろう。

 ではどうするのか。


 結局のところ問題は、仕事がなくなる、ということなのだ。

 より正確には、それによって収入がなくなる、ということである。


 ならば、その解決方法は簡単だろう。

 仕事が発生するか……或いは、仕事をしなくとも収入があるようにすればいいのだ。

 要するに、援助額の拡大、ということであった。


 今まで彼女達から受けていた援助は、あくまでも研究に必要な分だけであったのだが、それが収入の分まで追加されたのだ。

 しかもそれは最低でも三年は続くことになっており、さらに彼女達はあくまでもそれを先行投資だと言っている。

 端的に言えば、仮に今回の依頼を成功出来なくとも、それは返す必要がない、ということだ。


 それはこちらから要求したものではなく、こちらの事情を汲んだ彼女達が、あくまでもその価値があるとおもったからだと、自主的にやってくれたのである。

 勿論それは本心からのものでもあったのだろうが、こちらとしては助かったのも確かであり、対価の一つとして考えるには十分すぎるものでもあった。


 まあだからこそ、尚更頑張らなければ、ということも思うのだ。

 今のところ、成果にはいまいち繋がってはいないのだが。


「ま、ただどっちにしろ数年の猶予は必要だっただろうがな。学院もあるし……向こうもそれを考えてのものでもあるんだろうしな」

「学院……?」


 度々話に聞く名だし、知らないわけではない。

 だがそれが、今回のことにどう関係してくるのだろうか?


「そういや、お前ら学院は何処行くんだ?」

「勿論、王立の魔導学院よ」

「ああ、まあそうだろうな……アランもか?」

「え? ……というか、そもそも何の話ですか?」

「は?」

「え?」


 呆然とした視線を二つ同時に向けられ、まるで自分が間違っているかのような錯覚に陥るが、そんなことはないはずだ。

 だって学院など自分には――


「いや、何の話って、何処の学院行くんだってそのままの話だよ。お前ら来年十五だろ? ならもう学院に行く歳だろうが」

「……ん? ……あれ?」


 学院というのは、十五歳になったものが通う、云わば最高学府だ。

 この国では、それ以前の勉強は各個人、各家庭に任されているが、さすがにそれだけではまずい場合がある。

 例えば、国の重要施設に勤める場合や、騎士になる場合、或いは研究者になる場合などだ。


 他にも、別にそういった職業に就かなくとも、学院にはいけるし、相応の箔がつく。

 しかも学院に通うということは、基本エリートだ。

 コネを作ることも出来るし、そういった理由で学院に通う者も珍しくはない。


 そして基本的に学院に通うかどうかは各個人の意思が尊重されるが、魔導士に関してだけは別だ。

 魔導士は例外なく国管轄となるため、自動的に学院に通うことが義務付けられている。


 ついでに言うならば、クリストフの言ったように、アランは来年で十五だ。

 つまり――


「……忘れてたわね?」

「い、いやだなぁ、そんなことないデスヨ?」

「説得力ねえぞ。つーか本気か? アイツからは何か言われてねえのか?」

「んー……特に何かを言われた覚えはないですね」

「つーことは、伝え忘れた……というか、アイツも忘れてんじゃねえのか……?」


 あまり考えたくないことだが、有り得る話であった。

 というか、ほぼ間違いない。


 まあそもそもの話、自分が忘れるなという話なのだが。


「え、えーと……何か必要なことってありましたっけ?」

「そりゃ何処の学院行くにしても、入学試験は受ける必要あるからな。まあどこでもいいっつーんなら話は別だが、王立に行くんなら絶対だぞ?」

「べ、別にあなたが何処の学院に行こうとも構わないのだけど、通う学院によっては今後に影響が出ることもあるのよ? なら、王立に通うのに越したことはないと思うのだけど?」

「……素直に一緒に行きたいって言えばいいじゃねえか」

「何か言ったかしら!?」


 何やらわいわいぎゃーぎゃーやり始めた二人を無視しながら、ふむとアランは考え込む。

 特にここから移動する気は今のところないが、今後どうなるかは分からないのだ。

 或いは、別にやりたいことが見つかる可能性だって否定はしきれない。


 そうなった時、何処の学院を出たのか、ということが障害になることだってあるだろう。

 まあここら辺は、前世の大学と似たようなものだ。

 先のことを考えれば、よりいいところを出るに越したことはない。

 そういうことである。


「ふーむ……試験って何か対策が必要だったりするんですか? というか、今から何をすべきかを聞いた方が早いですかね」

「んあ? 試験対策なら、しても意味はねえぞ。実技一本だし、結局は他の連中次第ではあるしな。対策らしい対策なんざ、より多くの魔法を覚えてより多くの知識を蓄えるぐらいだが、お前なら必要ねえだろ。やることは……まあ、アイツに言っときゃ大丈夫だと思うぞ。来月になってたらちと危なかったがな」


 それは危ないところだったと、この話を振ってくれた師匠に感謝しながら、安堵の息を吐き出す。


「はぁ……まったく、心配させないでよね」

「……? なんでリーズが心配するの?」

「な、なんでだっていいでしょ!?」


 冗談だと苦笑を浮かべつつも、学院というものへと意識を向ける。

 考えてみれば、この世界に生まれ変わってからというもの、魔法尽くしであったように思う。


 勿論それはそれで楽しくはあったし、後悔もしていないのだが……色々と他のことに興味があるのも事実だ。

 これはこれでいい機会だったのかもしれないと、そんなことを思いつつ……アランはこれからのことへと、思いを馳せた。






「ああ、そういえば、すっかり忘れてたわねー」


 その日の夜、家に帰ってから母へと話をしてみれば、案の定と言うべきか、完全に忘れていたようであった。


 だが特に慌てている様子がないということは、やはり問題はないということなのだろうか。

 まあ単に性格の問題のような気もするが。


「それにしても、そっか……アランももうそんな歳なのねえ……」


 そう言って感慨深そうに頷く姿は相応の歳を感じさせたが、実際の見た目は若々しいため、何処かシュールだ。

 というか、考えてみたら覚えている限り見た目は変化していない気がする。


「そりゃ魔導士だもの。見た目を保持する魔法ぐらい使えるわよー?」

「へー、魔法でそんなことまで出来るんだ。さすがっていうか、なんというか……」


 依頼という形で様々な魔法には触れているものの、未だアランの知らない魔法は多い。

 何せ目的に応じて魔法が作られるということは、目的が存在する分だけ魔法も存在する可能性があるということなのだ。

 全ての魔法を把握することなど、きっと最初に魔法を作り出したとされるものでさえ、不可能だろう。


 むしろ依頼に限って言えば、驚くことの方が多いとも言える。

 こんな使い方もあるかのと感心することや、これ何に使うんだと思うようなこともあり――


「そういえば、今日の依頼では見た目を変える魔法の効率化をやったっけ」

「見た目を変える?」

「うん。厳密には、成長させるっていうのかな? 用途を聞いた際、そんなことを言ってたんだけど……やっぱり魔導士の人達も、そういうこと気にするんだね」

「そりゃそうよー。というよりも、そこら辺に限って言えば、魔導士だから、と言うべきかもしれないわね。早く成長したいと思うのは、きっと普通の人の比じゃないもの」

「なるほど……」


 確かに、言われてみれば納得だ。

 それは、魔導士ならではの望みだろう。


「ということは、単に身長の話かと思ってたけど、実は年齢の話だった可能性もあるのか」

「それは勿論、というよりも、そっちの可能性の方があるんじゃないかしら?」

「ふーむ、明日そこら辺ちゃんと確認した方がよさそうだなぁ」


 両者とも、自身を成長させる、という意味では同じだが、魔法式の話になればまるで異なってくる。

 身長という要素に値を加えるのか、それとも年齢という要素に値を加えるのか。

 逆に言えばそれだけの違いとも言えるのだが……それは、きちんと効率化がされていればの話だ。

 普通の魔法では、これがまったく異なる魔法式になってしまうのだから、本当に困ったものである。

 ただその分、どちらであるか見当を付けられれば、より早く効率化を行なうことも出来るだろう。


 閑話休題。


「っと、話が逸れちゃったけど、王立の魔導学院って母さんも通ってたんだよね? どんなとこだったの?」

「そーねえ……でも正直に言っちゃえば、あまり印象に残ってることってないのよねー」

「そうなの?」


 最高学府などとは言うものの、要は学校だ。

 イベントの一つや二つ簡単に起こりそうなものだが……何せ、自ら起こしそうな人物でもあるのだし。


「なーにか失礼なことを考えてないかしらー?」

「いや、気のせいじゃないかな?」

「まったく、そういうところでクリストフ君の影響を受けちゃってるわねえ……」

「ああ、師匠って言えば、師匠とも同じ学院に通ってたんでしょ? そこで何かあるんじゃないの?」

「んー、確かにクリストフ君には絡んでいたけれど、私がよく行ってたのは騎士学院なのよねー」

「へ? 何で騎士学院……ああいや、そういうことか」


 話聞きたい? とでも言いたげな笑みに、首を横に振る。

 生憎と、惚気話はもうお腹一杯なのだ。


「ふーむ、つまりそっちの印象ばっかりが強いってことかぁ……」

「まあそればっかりが理由ってわけじゃないんだけどねー。そこら辺は、実際に通ってみれば分かると思うわよ?」

「通えるの前提なんだ?」


 一応王立ということもあって、学院の中でもさらに最高に位置する学院なのだが。

 だが母はそれに、当たり前のように頷いた。


「私達の息子だもの。当然でしょう?」


 それは果たしてこちらに対する信頼なのか、或いはただの惚気なのか。

 まあどっちにしろ、アランに出来ることは苦笑を浮かべることだけである。


「何にせよ、あそこに通うこと自体は私も賛成よ。色々と、刺激になると思うし」

「母さんも刺激受けたの?」

「というよりも、私の魔法の方向性が決まったのは、ほぼあそこの影響よ。あそこに行ってなければ、もしかしたらまだ決まってなかったかもしれないわねー」


 そこまで言うほどかと驚いたが、ならばと俄然楽しみにもなってくるものだ。


 それに、学院に通うことになれば、同級生達に効率化の有用性を話すことも出来るし、それは土魔法に関しても同様である。

 それが直接の成果に繋がらなくとも、何らかの参考にはなるだろうし……やはり行く以外の選択肢はなさそうであった。


「じゃあ、うん、そういうことだから、よろしく」

「ええ、任せてちょうだい。ちゃんと準備はしておくから」


 今まで忘れていたことを考えると、若干の心配も湧いてくるが、まあ請け負った以上はさすがに大丈夫だろう。

 念のために、後で確認はするが。

 ともあれ。


 学院はどんな場所で、どんな日々を過ごすことになるのか。

 少し先のそのことを考えながら、アランはその顔を少しだけ緩めるのであった。

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