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土魔法は人気がない 後編

「……魔法を見たい」


 ニナからそんな言葉をもらったのは、アランがニナからの頼みを受けることを了承した、直後のことであった。

 故に当然のように前後の繋がりが分からず、首を傾げるしかない。


「……誰か通訳」

「君も慣れてきたな」


 苦笑と共に通訳された言葉を聞くと、要するに、実際に効率化を受けた魔法はどうなるのか、それを見たいということであった。


 それは別に断るようなことではない。

 だが意外だったのは、てっきりどこかで誰かから見たことがあると思ったからだ。


「……機会が、ない」

「俺達は基本ここで篭って錬金の研究をしてるからな」

「なるほど……」


 規模が大きいとはいえ、基本的なところは変わらないらしい。

 要は、彼女達は……否、彼女達も研究馬鹿だということであり、やはり同類だと、そういうことであった。


 まあそれはいいとして……見せることそのものは、問題ない。

 しかし問題は、どの魔法を見せるべきか、といったところだろう。


 基本的には、効率化を行なった魔法を誰かに見せてはいけない、といったことは言っていない。

 むしろ、その成果を宣伝するためにも、積極的に見せて欲しいのだが、実際のところはその逆となってしまっているのが現状だ。


 とはいえこれは、考えてみれば当たり前のことでもある。

 効率化された魔法が使えるということは、アラン達に依頼をしたということだ。

 何が楽しくて、わざわざ金を出してそうしたものを他人に見せなければならないのか。

 しかも魔法を見せるということは、魔法陣や魔法式も見せてしまうということだし、それを見せなければ効率化の宣伝にはならない。


 だがそれを見せるということは、容易に真似されてしまう、ということでもあるのだ。

 アランほど瞬間的に覚えることが出来ずとも、そもそも魔導士は皆、最初は他の魔導士が使う魔法を見て覚えるのである。

 ならば、効率化されたものを覚えられないわけがないし、クリストフなどは給水の魔法をそうして覚えているのだ。

 アランとしてはそれを推奨してしまいたくすらあるのだが、よくよく考えてみれば、それは有料ソフトの違法ダウンロードを推奨するが如き真似である。


 幾ら広めたいとはいえ、違法を是としてしまっては世話がない。

 それに気付いてしまえば、アランとしては納得するしかなかった。


 それを考えれば、とりあえず依頼されて効率化した魔法はやめておくべきだろう。

 となると、自分達が半ば趣味で効率化していたものの中から選ぶことになるわけだが……やはり派手でわかりやすい方が――


「……いや、その必要はないか」


 独り言を呟きつつ、ニナへと視線を向ければ、首を傾げられた。

 しかし構わずその場を見回し、頷く。


 先ほど自分で思ったことだ。

 ここに居るのは自分達の同類であり、言い方は悪いが、錬金などという地味な魔法の研究を続けている者達である。


 ならば、小細工は必要ないだろう。

 自信のある魔法を、堂々と披露すればいい。


 そういった意味で言えば、アランが最も自信があるのは給水となるのだが、あれは既に水球とは別の魔法と言ってしまってもいいものだ。

 彼女達に見せるには、適していない。


 で、あれば。


「あっちに移動した方がいい?」


 そう言って示すのは、先ほど錬金が使われていた、実験用の部屋だ。

 基本こちら側には様々な資料などが存在しているため、万が一のことを考えれば、魔法はそっちで使うべきである。


 しかし。


「……必要?」

「――まさか」


 これから使おうとしているのは、自信作の一つだ。

 万が一にも失敗したり、周囲に影響を及ぼしたりすることは、有り得ない。


 自信を以ってそう告げれば、満足そうにニナは頷いた。


「……なら、構わない」


 それに応えるように、アランは右の人差し指を立てた。

 周囲から一斉に期待の視線を向けられるが、それに怯むことはないし、その必要もない。

 ただ、やはり自信を以って、告げるだけだ。


「――灯火」


 一瞬。

 詠唱を紡ぐのが一瞬であるならば、魔法陣が展開するのも一瞬だ。

 そして発動までに要する時間もまた一瞬であり……名前の通りに、人差し指の先に火が灯った瞬間、やはりそれは一瞬で消え去った。


 全てが終わるまで、秒すら経っていないだろう。

 むしろそれが終わってから訪れた静寂の時間の方が、遥かに長い。


 だが、そこに漂っていた雰囲気は、当然のように呆れのそれではなかった。

 ポツリと、小さな言葉が零れ落ちる。


「……凄い」


 それを皮切りのようにして、一瞬でわっと言葉が広がった。

 本当に一瞬で広がりすぎてその全ての言葉を拾うことは出来なかったが、要約すればそれはこちらを褒め称えるものだ。

 分かっていたこととはいえ、自分達の成果を褒められたことが誇らしく……また、それを理解してもらえたことが、何よりも嬉しかった。


 先ほど使った灯火の魔法が、一般的なそれと比べ何が違うのかと言えば、単純に無駄のなさだ。

 余分だった全ての要素を排除し、魔法式は一文字の余分すらない。

 効率と速度だけを追求した、多分見る人が見ればつまらないとでも言われそうなものである。


 だがそこに至るまでに費やした苦労は、水球の時のそれに勝るとも劣らないものだ。

 当然、その成果もである。

 地味だが、完璧。

 自信作の一つであった。


「……もう一回」


 そんな風に満足していると、ふと催促があった。

 視線を向けてみれば、そう言いつつも、ニナの視線は立てたままの人差し指から離れていない。

 その様子に苦笑を浮かべつつ、しかしそこまで気に入ってくれたというのならば悪い気はしないものだ。


 それに、断る理由もない。

 もう一度同じように、火を灯し――


「……ん。やっぱり、綺麗」


 そこでハッとしたのは、薄っすらとではあるが、ニナが口元を緩めていたからだ。

 僅かではあるが、間違いなく笑みと呼ばれるものであった。


「なん……だと……? ニナが笑った、だと……?」

「わー、珍しいー」

「珍しいっていうか、多分俺見たの初めてだぞ……?」


 それを見た周囲がざわつくあたり、どうやらかなり珍しいものを見れたらしい。

 しかしそれもすぐに引っ込んでしまい、再び無表情となったニナの顔がこちらに向けられる。


「……さすが」

「……ま、一応これを仕事にしてるからね」


 自信があるとはいえ、真正面から褒められればさすがに照れるものだ。

 つい視線を逸らし……だが、どうやらその意味するところは、こちらの想像したものとは違ったらしい。


「……そうだけど、そうじゃない」

「……? どういうこと?」

「……綺麗って思ったのは、これで二度目」


 そうして続けて語られた言葉によると、ニナが最初にそれを――魔法式を綺麗だと思ったのは、数年前のことらしい。

 場所は……戦場。


 もっとも、それは戦場とは名ばかりの場所であった。

 何故ならば、そこは片方が一方的に蹂躙するための場所でしかなかったからである。


 その場の主役だった者の字は――殲滅姫。

 同時に、ニナが綺麗だと思った魔法式を使っていた者の名でもあった。


「……同じだった」

「うーん……喜んでいいのかな、それは……」


 実際のところ、光栄ではある。

 母の魔法式を見て、凄いと思うのはアランも同じだからだ。


 まあちょっと独特の癖がありすぎて、アランでも再現出来ない……というよりは、再現したいとまでは思わないのだが、凄いのは事実である。

 それと同じだというのは――


「ま、素直に受け取っていいと思うぞ? ニナが何かを褒めるなんて、滅多にないことだしな……しかもそれって確か、ここまで働くことを決めた切欠だろ?」

「……ん」


 それはつまり、僅か数年でここの研究所長の一人にまで昇り詰めた、ということでもあるのだが……その切欠と同格扱いされると、さすがに恐れ多い気もする。

 だが怯んでなどはいられないだろう。

 それはつまり、それだけ評価してくれた、ということでもあるのだ。

 自信があったとはいえ……やはりそれは、嬉しい。


 そしてならばこそ、やれるだけやってみようとも思うのである。


「ま、その前にまず、もう一つだけ見せておこうかな。どうせなら安心して欲しいと思うし、期待して欲しいとも思うし」

「……?」

「さっき錬金で作ったやつだけどさ、見せてもらってもいいかな?」


 不思議そうにしながらも、持ってきてくれたそれを手に乗せる。

 それは豆粒、と言ってしまうと言いすぎだが、それでもそう言えてしまう程度には小さい。

 勿論最初からそこまで小さかったわけではなく、これは錬金を使ったからだ。

 元素変換をするとはいえ……否、だからこそか、変換の際にロスが生じ、面積が小さくなってしまうのである。


 それでも、基礎と呼ばれている錬金を使ったにしては、これは残っている方だろう。

 元が掌サイズの石を使ってのものだった、ということも考えれば、変換効率はかなりいいとさえ言える。

 本来ならば、それこそ豆粒すらも残らないのだ。


 だからこれは彼女達の頑張りがもたらした成果であり……だが実態は、アランがそれを見て感じた通りである。

 即ち、まだまだ改善の余地は残されているのだ。


「これってまだ何かに使ったりする?」

「……あなたに見せるためだったから」


 なるほど、どうやらアレはデモンストレーションだったらしい。

 ならば問題ないだろうとそれを握り、そして実行した。


「――錬金」

「……っ!?」

「な、錬金……しかも、それは……!?」


 周りからざわめきが生じるが、まあそれはそうだろう。

 今アランが使用した錬金は、先ほど目にした魔法式をほぼそのまま使用しているのだから。


 しかも重要なのは、ほぼ同じ、というところだ。

 つまり、簡単に改善できると思えたところは、既に行なった後なのである。


 勿論何でもかんでもこんな真似は出来ないし、むしろこれは彼女達の成果だ。

 彼女たちが魔法式を分かりやすくしたために、ここまで簡単に改善が出来たのである。


 だがこちらの実力を見せるという意味ならば、これで十分だろう。

 掌を開ければ、そこにあったのは、先ほど錬金が使用される前に存在していた石そのものであった。


 まあ要するに、先ほど行なわれたものの逆をしただけである。

 変換効率などと言ったものの、実は魔法での元素変換は圧縮に近い。

 小さくなったのは失われたからではないため、逆順に実行すれば元に戻るのだ。


 ここら辺も、さすが魔法といったところだろうか。

 もっとも、これはこれで言うほど簡単でもないのだが――


「……ん。やっぱり、さすが」


 目の前の少女の僅かに緩んだ口元や、周囲のざわめきを見るに、こちらのデモンストレーションも向こうのそれに負けなかったようだ。


 とはいえ問題は、どうやって彼女達の要望を達成するか、というところなのだが……まあそれは、これからの話である。

 とりあえず、期待は持たせたのだ。

 ならばあとは、頑張るだけである。


「……期待してる」


 その言葉に応えるように、アランは笑みを浮かべるのであった。

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