土魔法は人気がない 前編
四大属性が何であるかは、今更改めて言うまでもないだろう。
火と水と風、そして土だ。
基本的にその間に、優劣はない。
あくまでも出来ることに違いがあるというだけであり……だがそれはつまり、用途次第で必要な属性がはっきりと分かれるということだ。
まあ、端的に言ってしまうのであれば。
四大属性の中でも、人気の差というものは存在しており……中でも土魔法というものは、非常に人気がないのであった。
「……つまり、不人気」
「はっきりと言ったなぁ……」
苦笑を浮かべるアランの顔を、だがニナはしっかりと見つめた。
言葉を取り繕ったところで、事実が変わるわけではない。
ならばそれと正面から向き合うことこそが、その問題を解決することの第一歩なのだ。
ここにいる者達の中に、それを知らない者はいない。
そもそもここで錬金の研究をしている者達は、皆土魔法の不遇さを嘆いており、それを改善するために研究をしているのだ。
……しかし、それを目指したところで、手に入れられるとは限らず――
「……行き詰った」
端的に言ってしまえば、そういうことであった。
ここまでの改善では出来た。
しかしこれ以上はどうすることも出来ず……そんな時に耳にしたのが、アラン達の行なっている魔法式の効率化の話であったのだ。
そのうち自分達のためにもなるかもしれないと、とりあえず援助を続けてきたのだが、それより先にこちらが限界を迎えたため、藁にもすがる思いで呼び出したのである。
「ふーむ……まあ、話は分かったけど」
そうして期待をこめて見つめたものの、すっと逸らされた。
どうやら期待には出来るだけ応えたいが、可能かどうかはまた別の話、ということらしい。
「そもそもこの話を突き詰めていくと、何故僕達が今まで錬金の効率化をしてなかったか、ってことにも関わってくるしなぁ」
「……? 時間が、なかった?」
「いや、時間はそれほど問題じゃなかったかな? ……実際他の基礎魔法は全部効率化終わってるし」
「じゃあ、何故?」
「んー、まあそうだね。結局のところは、他の魔法に比べて習得難易度が高いっていうのが問題なんだよね」
その言葉に頷いたのは、やはりそれが唯一にして最大の問題だと思ったからだ。
そう、他の三属性の基礎に比べ、錬金だけが異様なほどに習得難易度が高いのである。
具体的には、錬金を覚えている間に、他の属性であれば二桁近い魔法を覚えることができる、と言えばその程が伝わるだろうか。
そしてそれこそが、土魔法が不遇の扱いをされている理由なのだ。
まあ、当然だろう。
何せ基礎からしてそれだ。
それを元に派生する他の土魔法の難易度もお察しである。
土魔法の人気のなさをどうにかするということは、その問題をどうにかしなければならない、ということと同義なのだ。
「でもそれは非常に困難……というか、ほぼ不可能じゃないかと思うんだ」
「……何故?」
「錬金を効率化すれば難易度は下がるだろうけど、それは他の魔法も同じだからね。相対的な難易度が変わらないとなれば、結局のところ人気のなさは変わらないと思うんだ」
それは確かに一理ある話ではあったが、ニナはそれに頷くことはなかった。
何故ならば――
「……こちらの見解は、少し異なる」
「ほむ……というと?」
「……土魔法を皆が覚えようとしないのは、覚えるのに時間がかかるから。短くなれば、皆覚えようとする……はず」
「んー、なるほど、そういう捉え方をしてるわけか……まあ、土魔法そのものは需要がないってわけじゃないしね」
実際のところ、需要の話となれば、むしろ土魔法はかなりある方だ。
何せ土魔法は、創造系の魔法の根幹を成す属性なのだから。
分かりやすく言ってしまうのであれば、家を建造する際に使用する魔法は土属性なのである。
需要がないはずがなかった。
「でもそれなのに人気がないっていうんだから、相当だよね……それどころか、土魔法を積極的に覚えようとする人は変わり者扱いされるらしいし」
「……非常に不本意」
「だな。確かに覚えるまでに時間はかかるが、その分一つの魔法で出来ることは多いってのによ」
「そこまで考慮に入れて考えてもらえることってほとんどないもんねー」
常日頃から不満が溜まっているせいだろう。
ニナの言葉を筆頭に、他の研究員からも次々と不満が噴出していく。
それにアランが同意を示すような顔をしているのは、アラン達の研究している魔法式の効率化もまた、その価値をいまいち理解してもらえていないからだろうか。
……もっとも、漏れ聞こえてくる話を聞くに、そっちが抱えているのはまた別の問題のようではあるのだが……まあ、それはニナが考えるべきことではないだろう。
今は自分達以外のことを考えるほどに余裕があるわけではないのだ。
「ふーむ……まあでも確かに、ニナ達の言ってることは事実だよね」
「……ん。土魔法は、汎用性が高い」
その点に限って言えば追随を許さないどころか、他のは相手にすらならないだろう。
何せ基本魔法というものは、単一の用途にしか使われないからだ。
もっとも、普通新しい魔法を作り出す際は、まず必要な用途を考え、それが実現可能となるようにするので、当たり前の話ではあるのだが……それだけで言うのならば、土魔法でも変わらない。
しかしそれにも関わらず、土魔法は他の用途にも応用が利くことが多いのだ。
そしてそれは、土魔法、というよりは、その元になっている錬金の性質によるところが大きい……らしい。
らしい、なのは、よく分かってはいないからだ。
ただ、彼の始まりの魔法使いがそう言っていたという文献を発見したので、ほぼ間違いないと思ってはいるのだが。
それにそれならば、確かに土魔法に関する汎用性の高さの説明が付くのだ。
そもそも四大属性と呼ばれていながら土属性には土を操る魔法がないのも、それが理由らしいのである。
何でも錬金を使用する際に元となるものが土であるから、そう呼ばれているに過ぎない、と。
まあただそれは蛇足である。
重要なのは、土魔法には高い汎用性と応用性がある、ということだ。
例えば錬金で変換先となる物質は一つではなく複数ある上、そこで少し頭を捻ればさらに応用性を持つ。
これが灯火となれば、基本火を灯すだけであるので、応用するのは難しい。
水の塊を作り出す水球や、風の塊を撃ち出すだけの風槌も同様だ。
そういったわけで、土魔法の応用性が高いのは事実であり――
「ならその利点をしっかり宣伝した上で、絶対的な難易度が下がれば、と……?」
「……ん。私達は、そう考えている」
これは相当に自信のある考えであった。
何せ研究員総出で悩み抜いて出した結論だ。
どうだとばかりにアランを見つめ、その返答を待つ。
「ふむ……少なくとも理論に限って言えば、破綻はないか。確かに一見成功しそうにも見えるし、少なくとも、やってみる価値はありそうに思える」
「……異論あり、と言っているように聞こえる」
「そう言っているからね。というよりも、こう言うべきかな? その目論見は、ほぼ確実に外れる、と」
「…………何故?」
先に述べたように、これは研究員が皆本気で考えに考えた末に出せたものなのだ。
それの何処が間違っているのかと……侮辱するつもりならば許さないと、アランを睨みつけ、だが返ってきたのは、苦笑であった。
そんなつもりはないと、前置きされ――
「んー、なんて言ったものかな……確かに土魔法には需要があるんだけど、それが完全に満たされちゃったら困るんだよね」
「……困る?」
「うん。誰が、って言われると、ちょっと答えに困るけどね。多分僕が困ることはないだろうけど……そうだなぁ。未来のこの国の人たちが、かな? 勿論それはかもしれない、って話だけど」
「……?」
意味が分からないと首を傾げると、アランはまあそうだろうなとでも言いたげに、やはり苦笑を浮かべた。
「まあこれは本来魔導士が考えることじゃないからね。僕も多分色々な依頼に関わってこなければ気付きもしなかっただろうし。もっとも同時に当事者だからこそ、魔導士には考えなければならないことでもあるとは思うんだけど」
「……? よく、分からない」
「まあそうだなぁ……とりあえず土魔法の需要が完全に満たされちゃった場合、即座に、直接的に影響があるのは、建築関係の仕事をしてる人かな」
今度は、言いたいことが分かった。
その理由は単純だ。
魔法でそれを行なえるのであれば、より早く、複雑なものを作れるのである。
今は魔導士に頼むという関係上、割高になっているが、それも需要が完全に満たされるとなれば相応の相場に落ち着いてしまうだろう。
そしてそうなった場合、魔導士以外の人達は、完全に仕事にあぶれる。
わざわざ下位互換でしかない職人達に、誰が頼むかという話だ。
「……でも、その場合、は」
「うん、そうだね。別にその仕事にこだわらずに別の仕事を探せばいいし、それこそ魔導士の知ったことじゃない。だけど長期的に見た場合、問題が発生する可能性があるんだよね」
つまりは、魔導士が存在しなくなった場合、建築関係の仕事を出来る人間が存在しなくなってしまうだろう。
アランの言った言葉は……なるほど確かに、その可能性を考えれば、有り得ない話ではなかった。
だが、それは――
「そうだね、これは確定事項じゃない。今後もずっと、魔導士は存在し続けるのかもしれない。だけど」
「……魔導士は、どうして生まれてくるのか、誰も知らない」
「うん、或いは始まりの魔法使いなら知ってるのかもしれないけど、今行方不明ってことだしね。それに知ってたところで、どうにか出来ることかはまた別の話だし」
つまり、こういうことだ。
何故いつか唐突に、魔導士が生まれてこなくなる日が来ないと言えるのか、ということである。
それは誰にも分からないことだ。
だが……分からないからこそ、国はそれに備える必要があった。
そこまで聞いて、ようやくニナはなるほどと頷く。
納得した。
確かに、その通りだ。
いつかその時が訪れてしまった時、職人は誰もいません、では話にならないのである。
だから。
「……国が、土魔法の成り手を、制限してる?」
「今現在積極的にしてるかはともかく、あまり大々的に土魔法の使い手を増やそうとしたら、多分国側から何らかの干渉があるんじゃないかな? それっぽい話を聞いたこともあるしね」
アラン達が錬金の効率化を行えない要因の一つも、それであるらしい。
直接的に言われたわけではないが、それらしいことを告げられたことがあり、まず間違いないだろう、と。
やってしまっていいのか、駄目なのか。
その判断がいまいちつかないのだ、とのことである。
そしてそのことを、ニナはバカらしいと一笑に付すことは出来なかった。
そもそもアランが気付いているのかは分からないが、アラン達の研究――魔法式の最適化が広がることを阻まれているのも、おそらくは国が関わっているからなのだ。
その直接の関係者から言われてしまえば、否定出来るものではない。
何よりも、それならばつじつまがあってしまうのだ。
ならば確かに、その可能性は高かった。
「まあだから、まずは国の方に確認を取ってみるべきかな。万全の態勢を整えて、さて普及に向けて動き出そうとしたところで、国からの横槍があったらアレだしね」
「……確かに」
「しかもそれは、国の未来をうれいてのことだからね。無視して突っ張ることは出来ないし、させてもくれないと思うよ?」
それも同感である。
魔導士が重宝されてるとはいっても、それは結局のところ国にとって意味があるからだ。
国の意向を無視するような人物に与えられるのは、相応の報いだけだろう。
ともあれ、そういったことを考えていくと、むしろ何故今までその手の話がなかったのか、といったことが気になるが……ここまでのことを考えているとは思っていなかったのか、或いは目がないと思っていたのか。
そこら辺は、直接聞いてもみない限り分かりはしないだろうものの……どちらにしても、ちょっとむっとする話である。
まあ何にせよ、アランの話は理解した。
それは自分達にはなかった視点であり、そこに気付くあたり、やはりさすがだと思う。
頷き――
「……でも、それはそれ」
「えぇ……」
困惑した視線が向けられるが、ニナは真っ直ぐの視線を返すだけだ。
そのままアランは周囲を見回すが、皆からのそれも同じだろう。
そう、確かに話は分かったが……だからといって諦めるかどうかは、また別の話なのである。
「はぁ……まあ、それを分かった上での依頼だって言うなら、僕が断る理由はないんだけどさ」
「……よろしく」
そう言って、諦めたような、呆れたような笑みを浮かべるアランへと、ニナははっきりとした――少なくとも自分ではそのつもりの――頷きを、返すのであった。
長くなってしまったので一旦切ります。
続きは夜の予定です。




