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鬼人伝

作者: 面沢銀

嗚呼、とにかく何かと戦わなければ。


この塚本という男はとにかく純粋で、自分が正しいと信じてやまなかった。

物事を深く考える頭はなかったが、自身を切れ者と勘違いしている節があり、周囲としてはそれが鼻につく事もあったが、わざわざ指摘するほどでもない。

感情表現が豊で、人当たりそのものはよく、重ねて言うが純粋な男だったからこそ周囲が塚本の思慮の浅さを察したうえでの付き合いをしていた。

それが彼の不孝でもあった。


学生である塚本は、ある夏の日に学生運動を目にする。

彼等は戦争の反対を訴えており、塚本はその行動に感銘を受けた。

戦争などないにこした事はなく、彼等が行動を起こしているという事は戦争をしようとしている存在がいるのだと、そう彼は理解したのだ。

彼は戦争という行為の恐ろしさを祖父から聞かされており、祖父の右腕は戦争によって失っていた。

幼少の砌に、その片腕がないという事実は祖父の言葉よりも鮮明に塚本の脳に戦争というものへの恐ろしさ、悲惨さを植えつけていた。


自分でもそういった何かのためになるのなら。

純粋な正義感に駆られた塚本が活動の様子を見に行ってみると、その集まりに対して驚いた。

国に反戦を訴えるのは聞いた団体だけでなく、婦人会や教育団体、他にも多くの本来の活動は別とする団体が協賛していたのだ。

考え方が違っても思いを共有できる、その事実に塚本は胸が高鳴り、熱いものが込み上げた。

集団心理の熱が塚本の意志を溶かして混ぜる、その事実に塚本は気がつきもしないが。


共有した意識は、正しいという意識になり、塚本に行動を起こさせる。

自分達はこんなにも声高らかに動いているのに、自分達を非難する連中は反対行動を起こさない。

それは何を言い返してきたとしても、本当は自分達も間違っているとわかっているからだと確信していた。

正しいのは自分。

自分達。

何故それをわかろうとしないのか。


塚本はだから自分を正しいと決して疑わなかった、間違っているなどとは考えなかった。

しかし、世界は正しい、間違っていると綺麗に白黒つけれるわけでもない。

塚本は何かの思考に、体制に反対だと行動を起こした。

だ逆に考えれば、何かについて賛成だとわざわざ行動を起こす人は反対を訴える人ほど多くはないのだ。

正しい、間違っているという観点で考えれば、塚本が活動を起こすきっかけとなった反戦活動。

戦争という行為において正しい、間違っているというだけならば悲惨な事態を起こさせないという点で正しいのかもしれなかったが。

それは現体制の破壊であるが、だが祖父の戦った戦争は現体制の保持のためであった。

その祖父の反戦における考えと、塚本の思った反省のいかにして違ってしまったのだろうか。

もちろん時代背景というものや思想背景というものもあるが、守るために戦った祖父と壊すために戦っている塚本。


正しい、正しくないだけで世界は割りきれない。

だが、塚本の思考は既に溶け堕ちていた。


勝つも負けるもない、声高らかに謳う自分達の、自分の圧倒的な正しさ。

その狂熱の虜になっていた。

勝敗はもはや関係ない、正しい事を行っている、間違うと思っている事に声をあげる。

もはや何でも良いのだ、何でも酔うのだ。

意思の違い、思想の違い、など共通の敵の前には一つになり、誰かが間違っているというならば共に戦う。

絶対的な正しさを持って塚本は戦い続ける。

酔い続ける。

自分自身を贄に悉く皆殺すために。

塚本はもう思いもしない、意識のそこに植え付けられ根を張った声に従い、突き動かされる。

疑いもせずに。



嗚呼、とにかく何かと戦わなければ。


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