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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

始末屋シリーズ

黄泉帰り(よみがえり)

作者: 竜堂 酔仙

 あぁ、どうしてあの時、オレは意地を張ったんだろう。

 どうしてあの時、鷹揚な受け答えができなかったんだろう。

 こんなことになるって分かってたら、絶対に意地なんて張らなかったのに............



 オレはあの日、どうにもこうにも気が立ってしかたなかったんだ。

 小さな村に住んでる15才は、毎日がつまらなくて不貞腐ふてくされてたんだよ。

 なに、うちはある。粗末とはいえ着るものもある。食べるものにも困らない。

 ただ、遊ぶ物が無い。全く無い。

 確かに今の生活は恵まれてると思う。

 すぐそこの大森林は、深いところに入らなければ命の危険が無いし、木の実の宝庫で、罠をかければ間抜けで温和な魔獣どもが次の日にはかかっている。着るものはそこらに麻が自生してるからそれから繊維を取ればいい。

 これほど理想的な土地もないだろう。

 でもつまらない。

 ヤンチャ盛りのガキとしては、そんなつまらない日常が嫌で嫌でしかたがなかったんだよ。

 そんなこともあったし、いつも以上に暑かったし、むしゃくしゃして腹が立ってしかたがなかったオレは、同い年の親友、ヒロトに食ってかかってたんだ。

 何が原因だったかなぁ。

 ......あぁ、どっちの親父の方がスゴいかっていう些細なことで、オレ達は張り合っていたんだった。




 最初はほんの些細な一言だったんだ。

「僕のお父さんは、この村一番の神官だから、僕もそのあとを継ぎたいんだ」

 むしゃくしゃしてたオレは、このヒロトの一言になんとなくカッと来ちまったんだ。

「オレの親父のがスゴいに決まってんだろ! この村一番の狩人だぜ?!」

 ヒロトはムッとした顔で、言い返してきたっけ。

「僕のお父さんはサトシのお父さんの怪我を治すんだよ? こっちのがスゴいよ!」

「なんだと?!」

「なんだよ!!」

 言い合ってるうちに、お互い引けなくなって、ムチャクチャ言い合って、お互いに反対方向に歩き出したんだ。

 オレは村から離れた川の方へ。

 ヒロトは村の方へ。

 歩いてる間も、オレはカッカ来っぱなしだった。

「ヒロトの親父のがスゴいだって? 冗談は顔だけにしろよ、怪我人がいないと仕事がないじゃないか」

 そんなこと言って、無理にでも怒ってないと、なんか気まずくてしょうがなかったんだよなぁ......

 で、川まで歩いてきたから頭から飛び込んでみたんだ。

 川はやたら冷たくて、飛び込んだことをすぐに後悔した。

 それと一緒にカッカ来ていた頭も冷えて、ヒロトにヒドイこと言ったなってことも後悔した。

 気まずくてしょうがなかったけど、うちに帰ったら謝ろって思った。

 うち隣だし、なによりこんなちっちゃい頃からお互い知ってるーーこう言うとなんか照れくさいけど、大親友だもんな。

 一歩一歩、踏み締めて歩いた。

 一歩間違えるとそのまんま家じゃない方向へ駆け出しちゃいそうで、一歩を踏み出すのにすごい神経を使った。

 やっとヒロトの家についたところで、扉の前でひとつ深呼吸をする。


  すぅぅぅ、はぁぁぁぁぁぁぁ


 よし! 勢いをつけて扉を開いた。

「ヒロト! 謝りに来た! さっきはほんと悪かったよ!」

 中を見る前に大きな声で叫ぶ。

 オレを出迎えたのは、悲痛な沈黙と哀しげな視線であった。

「サトシ! ()()()()無事だったのね?!」

 なぜかヒロトの家にいたお袋が、飛び出してきて目一杯オレを抱き締める。



 ......まて、今なんて言った?



『 () () () () 無事だったのね』??



「まてよ、ヒロトはいねぇのかよ?」

 オレがそう言うとお袋は、迷ったように視線を泳がす。

「答えろよ!!!」

 叫ぶと、お袋が目の前から体を退けた。

 そこにあったのは人間のむくろ。無惨に引き裂かれた、村人の死体。

 その顔は恐怖にひきつってて、心臓の辺りがえぐられてる。

 よく知った顔に、さっきまで見てた服。

 そこに横たわっていたのは、血まみれの大親友だった。

 なんだか目の前が真っ白になってきた。音がどんどん遠くなっていく。

 目の前でお袋がオレの顔を覗き込んでる。なにかをしゃべってるけど、オレにはよく理解できない。

 世界が、真っ白な闇の中に落ちていった......。




 気づいたら、場所が変わっていた。見慣れた天井。オレの部屋。

 横を向くと、お袋がうつ伏せに突っ伏していた。

 お袋を見た途端、ヒロトの顔がフラッシュバックしてきた。

 恐怖にひきつった、血の気がないのに血にまみれた顔。

 血や死体に対する恐怖よりも、親友を失ったショックの方が強かった。

 ふと、いつも隣にいたダチがいなくなったことに突然気づいて、枕に顔を埋めて、声を圧し殺して泣いた。


 死因は魔獣に襲われたことらしかった。

 身体中に爪痕があることからそう考えられたんだとか。でもそんなことどーでもいい。

 ヒロトが、死んだ。

 優しくって、頭よくて、ツッパるオレにも愛想を尽かすことなく隣にいてくれた、大親友のヒロトが、死んだ。

 謝ることも、できなかった。

 アイツはいつも笑ってたのに。最後に見たのは......怒った顔だった。

「......そんなことって............っ!!」

 アイツにはめちっちゃめちゃ世話かけたのに。返さなきゃならない借りも、たくさんあるのに。親父達みたいに、この村一番の名コンビって、近隣に名を轟かすつもりだったのに。

 アイツはもういない。

 心の真ん中が、ポッカリなくなった感じがした。

 あんなに明るくて、眩しくて、輝いてた世界が、すべて闇の中に沈んだかのように暗くなった。

 それから丸一日の間、気づくとオレは、一番最後にヒロトとしゃべっていた辺りに、腰を落としていた。

 うるさいほど鳴いていたセミの声が、いまは少しも感じられない。

 目の前を通る人たちがチラチラ木の中を覗いてるから、セミはまだ鳴いてるんだろうな。

 聞こえないのはオレがおかしくなったからか。

 はは、オレなんでここにいるんだろ。

 はぁ、会いてぇな。

 会って謝りてぇよ。

 ごめんな、ヒロト。

 オレ、お前の親父のこと、オレの親父と同じくらいに尊敬してるよ。

 そんでな、ヒロト。

 お前のことは、それ以上に尊敬してんだよ。

 そんなお前を亡くしたオレは、もう世界が灰色にしか見えてねぇよ。

 謝りてぇよ。

 ごめんな

 ごめんな......







 気づくと肩に手が置かれていた。

 見上げると、白いローブを纏ったヤツが、背後に立ってる。

 ローブの奥は......影になってて見えない。見えるのは褐色の手の甲だけ。

「友人を亡くしたのか」

 不思議と、その声だけは明瞭に聞こえた。

「友と会いたいか」

 白いローブの周りだけ、色が戻ってくる。

「会わせてやろう。私の言う通りにするがいい」

 いつの間にかオレは立ち上がっていた。

「魂を、捧げてくれ」

 オレは白ローブの後ろについて行った。




 目の前に広がるのは、大きな広場。森の中に広がる、開けた場所。

 目の前にあるのは、大きな魔法陣。広場に広がる、神秘的ながらも幾何学的な図形。

 白ローブはそこでオレに言った。

「貴様の血で魔法陣を完成させねばならん。人差し指を出せ」

 なにも考えずに従う。

 いや、考えていることはある。

 ひとえにヒロトのこと。大親友のこと。

 あいつに会えるなら、なんだってしよう。

 人差し指を出すと、小さな小刀で切りつけられ、ポタポタと血が流れ始める。

「魔法陣のうちで、空いている箇所があるだろう。そこにその血で名前を書け。それでこの魔法陣は完成する」

 魔法陣の中を探すと、確かに不自然な空白がある。周りの文字は見たこともないものだ。

 まぁいいさ。自分のよく知った字で名前を書く。書き終わった途端、書いた名前が光を放った。

 その光は魔法陣の各線を辿たどり、全体へと広がってゆく。

 やがてその場は、青白い光で溢れ返っていった。

「さぁ、願いを言え。そして望むがいい。強く、強く! 魂を掛けて望むのだ!」

 手を組んで、願いを口に出そうとした、その時だった。


  ドゴォォォオオオオンンン!!!


 凄まじい音が、大気を震わす。

 ふと、鳥が驚かないことに気づいた。よっぽど豪胆な鳥なのか、はたまた鳥がいないのか......

 顔をあげると、白ローブが黒ずくめの男と対峙していた。

 黒い革パンツに、黒いフォーマルなシャツを着て、その上に黒いコートを羽織っている。頭の上には、紳士がつけそうな黒い帽子が乗り、手には鈍色にびいろに輝くーーー金属? あれは銃ーーフリントロック銃に形が似てる気もするんだが、とりあえずそんなものを持っている。

 顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。

「相変わらず汚ねぇマネしやがんなぁ、お前さんらは」

「忌々しい男だな、呪術師め。ことごとく我らの邪魔をしおる」

「そいつぁいい誉め言葉だ。もっと言って」

「ふん、いい気になるな、式は既に『魂献上こんけんじょうの儀』まで進んでいる。貴様に打つ手はない!」

 なんの話をしているのかは分からない。だけど、ものすごく重要な話をしてる気がする。

 オレは思考を止めていた。

 男は一瞬焦ったような顔をしたけど、ちらりとオレに目をやると、ニヤリと笑ってこう言った。

「これでもオメェ、余裕保てっかなぁ」

 直後、左手の鋼が火を吹いた。


  ドゴォォォオオオオンンン!!!


 狩人の目をもってしても見ることがかなわない速さで、()()()白ローブへ飛んでゆく。

 白ローブはなんとかかわしたらしかった。が、その代償に大きくフードが吹き飛ばされた。

 フードの下から出てきたのは、大きな尖った耳と灰色の瞳、恐ろしいほど綺麗に整った、冷たい美貌だった。

 そこでオレはハッとする。


 大きな尖った耳。褐色の肌。灰色の瞳。そして恐ろしいほどの美貌。


 .....これらは、伝え聞く史上最凶の種族ーー大陸北側に生息する魔族の特徴じゃないかっ......!

 その白ローブは、フードが取れたことにひどく動揺するが、オレが魔族だと気づいたと察すると、大きな声で笑いだした。

「あははははははははっ! そ~うさぁ! 私は魔族だぁ! しかし私はお前の望みを叶えてやろうとしているのだぞ? 私がいなくては友を冥府から呼び戻すことは叶わぬのだぞ?!」

 その言葉に、魔族の言葉とはいえ、オレは反応してしまう。

 親友を生き返らせる芽を、潰したくないと、考えてしまう。

「“嘘だぞ”」

 不思議と響く声が、黒ずくめから響いてくる。

「“何人なんぴとをしても、冥府から人を呼び戻すことはかなわねぇ”」

 それは、オレにとっては非情な言葉のはずだった。けれどもなぜだろうか。男の言葉は、すんなりとオレの心に染み入ってくる。

「“残された人間にできることは、死んだヤツに恥じない生き方をすることだけ、さ”」

 オレはゆっくりと、祈りの体制を崩した。

 男はさらに白ローブに話しかける。

「調べはついてるぜアマさんよぉ。コイツのダチ公の魂、刈ったのはオメェらだろ」

 黒ずくめが白ローブーーなんと女だったらしいーーに話しかける。

 女はヤケになったのだろうか、機関銃のように言葉を吐き出していった。

「あぁそうさ。バレてはしょうがない。本国のゴーレムの人工知能として、人族の魂を多少書き換えて用いる技術を開発中なのだ。この事件は、死の絶望に染まった魂と、友を助ける希望に満ちた魂のどちらの方がより知能としての質が高いかを調べるため、そのような魂を調達するためにでっち上げたのだ」

 怒濤の言葉は続く。

「まったく、貴様は愚かだな少年よ。私の言う通りにしていれば、親友の魂と共に戦うことができたものをーー」

「もういいぜ。“とっとと死ねよ”」

 黒ずくめが、言葉を遮って呟く。

 そこから先は、もはやオレには理解できない事柄ことがらだった。

 解ったのは、一番最後の一言に、鳥肌が立つほど恐ろしい力が込められていたことくらいか。

 言葉を聞いた女は、突然目を見開くと、その中の瞳孔が一気に開き、糸が切れた人形のようにころりと崩れ落ちた。

 女の死と同時に地面にあった魔法陣は光を無くし、さらさらと砂漠の砂のように細かく割れて大気の中を舞っていく。

 残ったのは、澄んだ目をした男と、オレだけだった。




 男が、オレに向けてツカツカと歩み寄ってくる。オレは見るともなしにそれを見ていた。

 目の前でピタリと止まる。

「申し訳なかった」

 いきなり思いっきり深々と頭を下げられた。

 ............えっ?

「お前さんのダチ公を守るの、間に合わなかった......」

 あぁ、なんだ、そういうことか。

 この男は、ヒロトが死んだことに責任を感じてんのか。

「別にいいよ。あんたのお陰でオレは道を踏み違えずに済んだんだ。感謝はしても、謝られる理由はない」

「............」

 じっと目を見てくる。

 オレも見返す形になった。

 無言のにらめっこ。

 いきなり男がフッと笑みをこぼした。

つえぇなぁ、オメェさん」

「そうでもねぇよ。さっきまで、悪魔に魂売りかけてたんだもんな」

「踏みとどまれることがすげぇのさ。大抵の人間ってヤツぁ、踏みとどまれずに()()()()にいっちまう」

「ついこの前踏みとどまれずに失敗したから。そのせいでダチを亡くしたし...... 痛すぎる教訓だよ」

「......すまねぇなぁ、ガキンチョ」

「気にすることじゃねえって、にいちゃん。それと、にいちゃんにガキンチョって言われるほどオレガキじゃねぇし!」

「ははっ、言うじゃねぇかよ。......お前さん、名前はなんてんだい」

「サトシ。サトシ・ダ・モリベ」

「そぉ~かい。サトシ、ね。んじゃサトシ、テメェにこれをプレゼントしてやろう」

 にいちゃんが懐から取り出したのは、一片ひときれの紙であった。

 ほぼ真四角ましかくで、真ん中に何やらの紋章が描かれている。これは......蝶?

「どうにも厳しい出来事があったらよぉ、コイツに向けて喋りかけてくれりゃあオレが行く」

 またまた不思議なこと言い出したぞ?

「どうやって?」

 一番最初に見た、にやりとした笑い。

「そりゃあもちろん、()()()()()んだよ」

 その笑みに、オレはひどく安心させられた。

 コイツは、どんな時でも必ず来てくれるんだって、根拠もなくそう思った。

「問題処理は、この『始末屋(dealer)』にお任せあれ~」

 おどけた調子が、やけに可笑しくて、オレは久々に笑った。

 ヒロト。

 オレは前向いて頑張るよ。

 ほんとにほんとに






  ありがとう







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