(6)
「魔力が集まるとどうなるか。ここまでの話で、ひとつ、すでにそういう場所のことを言及しているんだが、ルイン、覚えているか?」
「魔力が集まる場所。つまり『霊穴』のこと、ですよね」
「正解。えっと、妖精のお前達も、聞いていたん、だよな。なら、理解はできているか?」
「もちろん、馬鹿にしないでよね」「なんでもは知らないけどねー」
「ああ、お利口さんだ」
優しく言ってやると、
ちょっと恥じらいが見え隠れ。
さておき、
「全員が解っているように、霊穴、これは魔力の集まるところだ。そして、精霊や妖精にとっても馴染みは深いし、重要な点とも言える。けれど、霊穴。これにはもう一つの役割があると言ったはずだ。そう、こちら側とあちら側、人々が暮らすこの『現界‐げんかい‐』と、精霊達が住まう『霊界‐れいかい‐』。二つの世界を行き来するための、パイプラインだってな」
だから霊穴――『穴』なのだ。
「これが意味することってのは、簡単だ。確かに、こちら側とあちら側の繋がりが多くなるってのは、一見、便利に見える。良いように聞こえるかもしれない。けれど、違う。
たとえば、街に道を造るにしても。一本道しかないより、いくつかのルートがあれば、近道があればいいなって、そう思うだろ。だけど、もしそれが多くなりすぎたら。いくら道が欲しいと言って、街を、道ばかりで埋めるわけにはいかない。それと同じ理屈だよな。
霊穴も、その通り、穴なんだよ。通り道と言う名の、穴だ。しかしそれは適度な数だからこそ、道として、抜け穴として見えるだけで、壁に幾つもの穴が開いてしまえば、そも壁の役割自体が希薄になってしまう。そうなれば、壁そのものがなくなって、お互いの世界がめちゃくちゃになる。これは、理解できるな?」
「はい。ですけどアルさん、ここはまだ、霊穴じゃ、ないんですよね?」
「その狼の言うとおり、魔力は集まってるかもしれない」「たまってる……ってやつなのかな?」「でも、とてもじゃないけど霊穴には及ばないわ。なのに、何故?」
「そうだな、お前たちの言うとおり、ここはまだ霊穴になっていない。そう、まだ、だ。だから、一年か二年、それくらいは大丈夫だって言ったんだ。だけどな、間違いなく言っておくぞ。遠からず、ここの魔力はさらに密度を上げていく。そうなれば、大気中の魔力はそのものが削岩機のように、やがて空間に穴をあけ、新たな霊穴となる。こちら側からあちら側へ、吹き抜ける形のな。
それはもちろん、物理的な穴が開くわけじゃない。あくまで、あちらとこちらを繋ぐ仕組みが出来上がる、と言った方が、正確だし、わかりやすいだろう。ただ、それでも間違いがないのは、魔力が向こうに抜けるようになる、ってことだ。そして、霊穴は恒久的に、水が川を流れるように。敢えて、“川が水を流し続けるように。魔力をあちら側へと流し続ける”。これが、こちら側にどう影響するか、理解ができるか?
いいか?
ただ魔力を流すだけなら、森は消えない。元通り、おそらくはかつて在ったとおりの、緑豊かな大地へと、回帰を果たすだけだ。だけど、そうじゃない。それで終わらない。霊穴は、言葉遊びさながら、そういう、生優しいものじゃ、ないんだ。
いいか?
まず、魔力とは、生命力だ。それぞれの魂にある力をもって、それをエネルギーとして変換したものを、魔力って言うんだ。もちろんそれは、ヒトだけじゃない。動物や虫、植物だって持っている。得ることのある、力だ。
ここまで言えば、なんとなく察せないか。
繰り返すけど、霊穴ってのは、魔力が流れているという仕組みだ。なら、霊穴が開いている場所では、開いている間は、間違いなく魔力が流れ続けている。続かなければならない。だとして、この土地は本来そういう仕組みがない場所だって、わかるよな。この森に魔力が集まったのは事故であり、集まっているのは異常事態でしかないんだ。だとすれば、もしこのまま魔力が集まり、この場所が霊穴へと変わるような事があれば。まず、溜まっていた魔力はすべてあちら側へと抜けるだろう。そして、流れ続ける魔力に、この土地はついて行けなくなる。本来、仕組みがないから、いつしか魔力が枯渇する。そうなれば後はスポイト式だ。豊かな大地は魔力、つまりは生命力を吸われ、水を流そうとする川の力によって、この一帯は荒廃し、やがて、何物も生きられない死の大地へと変わるだろう。この森は緩やかに、けれど、加速するように、衰退して、遠からず消えることになる」
これは、あくまでアルザークによる仮説だ。
けれど、
それが決して度を超えた極論でも、一方的で、悲観的な物の見方でもないことを、ルインも、そしてふたりの妖精も、理解していた。理解できて、しまったのだ。
だからこそ――と、アルザークは思う。
だからこそ、この『紅い森』を早くにどうにかする必要がある。おそらく、魔力が溜まっているのはこの森が要因だ。原因でなくとも、歯車の一つには違いない。八年前の戦争。それに連鎖し、集まり始めた不自然な魔力の流れ。ともなう紅化現象。これに関連がないなんて、素人だって思いやしないだろう。ならば、
(明確な要因であるこの森を、消してしまうのが一番楽だ)
かつ、確実であった。おそらくではあるが、ほぼ確実なものとして、この森は、魔力が集まるための必要な媒体になっている。その表れが森の紅化であり、逆に、森の紅を維持するための、魔力であるのかもしれない。どちらにせよ、
「このままでは近い将来、霊穴が開いてしまう。オレ達側としては、むしろ、それが一番気がかりであり厄介事なんだよ。あまり歓迎すべき事態じゃない。誰の思惑かは知らないが、最低限、それは止めておかないといけないんだ」
だから一度、歯車の一つであるこの森を消してしまい、リセットすることで、滞留を止める。そうすれば再び操作しない限りこの森に魔力は溜まらず、後は、元あったように新緑が、自然と再び、この大地を彩るだろう。アルザーク側としてはそれで十分だった。
仮にもし、その上でまだ魔力に動きがあるとすれば。異常事態が、収まらなければ。その時はいよいよ、発端である原因と対面できるはずだ。そこまで持っていければ上々。霊穴は防げて、原因も退治できれば今後も安泰。それでこそ気兼ねなく、次の街を目指せるというもの。旅を、続けられる。
の、だけれど。
そこで、隣から視線を感じた。
ルインのものだ。そう判断した。
彼女の言いたい事はいまさらだ。この森を消してしまうことに、この、生きている森を殺してしまう事を、彼女は反対している。まったく、どこの自然愛護団体だと言ってやりたいが、そう単純でない事を知っている彼としては、強く否定しきれない。彼女の事をよく知る彼としては、無碍にできない。
ルインにはそういう手法を、思考を、好まないだけの理由があった。
アルザークもよく知った、理由だ。
それだけではない。
今の話を聞いてもう一つ。それは、ルインらしいというか、むしろ、アルザークらしいと思うべきか。このやり取りの中で、重なった要求と言えば、
『妖精ちゃんたち。この子たちを、消さないであげて。かしら』
うふふ、なんて笑ってくれるも、それが簡単にできるものか、と、アルザーク。
ほんと、できれば苦労はしないのだ。
繰り返すが、この森で問題とすべきなのは、どちらかといえばこの、尋常ではありえない魔力の溜まり方だ。森を消すより面倒にはなるが、先のやり方を魔術師から魔術道具を取り上げる、とするなら、こちらはその魔力に働きかけ、作用しないようにする。としたやり方。つまり、なにかしらの手段を用いて、魔力の流れをこちらでコントロールしてやるなどすれば、それができるのであれば、消すまでもなく、この森の魔力は解消される。リセットボタンを押すような新生ではなく、巻き戻しに近い自然な形での、還元だ。
しかしそうなれば。どちらにせよだが、どう転んでも魔力がなくなるのだから、それが目的なのだが、結果、妖精は生きられない――生じることができなくなる。
妖精とは、魔力が生み出す幻であり、そういう、現象の事でしかない。
これがまだ、彼女達が他の妖精のように、消える事に疑問を持たない存在なのであれば良かったのだけれど、
『ほんと、優しいわよね、アルくん』
「茶化すな」
どうしたものか、悩みの種。
しかし、
「ルイン、お前もそう睨んでくれるな。言いたいことは解るし、オレだって考えてるんだから。すこしは時間を――」くれ、って。そう言おうとして、横を向いた。
すると、
「はい?」
名前を呼ばれ、ルインは首を傾げた。
「え、なんです?」
なんて、いま気付きましたよー、アピールも全開。
アルザークはただ「あれ?」とな。
だって、さっきまで。いや、さっきから、こちらを見ていたではないか。その視線、チクチクと、刺さってだいぶ痛かったのだぞ。と。しかし、当のルインはこの通り。戒めの視線どころか、まったく、見向きなんて、興味なんてないですよとばかり。
なんだか、それはそれで悔しさがあった。
話を戻して。
いや、横をかえって見れば、そうしてはじめて気づけば、そうだ。まだ視線を感じる。しかしそれは、今度は明確にルインからではないと解った。横からの視線は、ただし、もっと奥からで。気配を辿って、ほんの少し視線を上げる。
近くの、茂みを見る。
するとそこに、もうひとり、妖精の姿があった。
いや、あれは――、




