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エピローグ



 結局のところ、


「結局のところ、です。つまり、今回の話をまとめてしまうと、八年前、ノームさんはあの森でふたりの妖精に出逢った。――のでは、なく。つまるところ、ノームさん自身が、妖精を創りだしてしまった、という事なんですね」


 有り体に言ってしまえば、

 つまりはそういう事だった。

 まったく、はた迷惑な恋路もあったものだ。

 ルインの背中に揺られ、順序立てて、アルザークが言うには、


「八年前、ノームがこの地に訪れた理由、だよな。当時霊界で問題になった、子供達の家出騒ぎ。ただ、その理由は子供達にもそれぞれで、本当に冒険心くすぐられただけのやつもいるだろうし、セシアやカシスのように、ひどく馬鹿らしく、どうでもいい理由でやってのけた連中もいる。それと同じで、ノームにも、理由があった」それが、

「八年前。ノームはふたりの神族かみぞくに、恋をしていたんだ。

 おそらくだが、あいつは当時、既に何度もこちら側へと遊びに出ていた。バレずにやっていたのか、それとも怒られながらも治らなかったのか、それはどちらでもいいんだが、そうして足繁く現界に通う理由っていうのが、まさにふたりの女の子だった。馴れ初めは知らないよ、知ろうとも思わない。でも、あいつらは確かに仲睦まじく、だからこそあいつも、当時の家出騒ぎに乗ったんだ。そうして、長く、あわよくばずっと、彼女達と一緒にいられないか、なんて、考えたんだろうさ。


 でも、叶うことはなかった。


 戦争だ。ノーム達精霊にしてみれば、例えば一年間なんてあっという間だ。それは、ヒトにしたって、割と一年の歳月なんて早く感じたり、するだろう。まあ、精霊の場合時間に対する感覚が違うから、週一、とは言わないけど、月に一度の密会くらいの感覚で、いたんじゃないかな。でも、いざあいつが霊界を飛び出して、やっと、再び彼女達の元に訪れた時には、もう、村はなかったんだ。

 ユラ神族追撃戦。まあ、アイリスから聞いた話だと、そうだな。それはもちろん、軍隊を追ってだけの戦じゃない。当時ユラ山脈に住んでいた神族そのものを、追いやる為の、追撃戦だ。それが戦争だ。種を滅ぼそうという、戦なんだ。仕方のないこと、なのかもな。

 きっと、あいつは彼女達を探しただろう。

 探して山を降りて、神族の地、いまでこそ人界だけど、当時まだ神界だったそこ深く、つまりはあの森の中へと入って。けれど、その半ばで、絶望に、膝を折った。森の中央、そこで何か、確信的な物を見たのかもしれないし、単に、子供だ。体力も、恐怖から心さえも、限界だったんだろうって、思う。

 悲しんだだろうさ。

 生きる意味さえ、失いかけただろう」


 けれど、


「そこで、奇跡が起きたんですね」

「それを、奇跡と呼んでいいのなら。

 つまり、妖精だ。当時、戦争の名残は確かにあった、あの森に。魔力が確かに、集まっていて。それが、偶然か、それともあいつの才能が、大精霊としての本能が、そうさせたのか。あいつは、森の中央。つまりは魔力の集まる、その中心点に来て、来ていて、そこで、あいつの想いに、森が、残された魔力が、応えたんだ」


 そうして生まれたのが、ふたりの妖精。

 その後、彼女達を自由に行動させるために、存続させるため、試行錯誤しただろう結果に生まれたのが、あの、紅い森。おそらく、ふたり以外の妖精はその副産物として、生まれたに過ぎない存在。

 そしてその異常にいち早く気付いたシレーヌが森を訪れ、

 あとは、語られた通りである。


「だから、あの、ドームの中に。紅くなっていないはずのあの場所に、ティーチさんとハイジさんだけは、普通に入ることができたんですね」

「そりゃそうだ。あいつらは紅い森なんて関係なし、ノームの力によって生まれた妖精なんだから。あいつがいれば、ノームさえいれば、実は、あいつらは森なんてなくても、生まれる事ができたんだから」


 だから、それを見せたかったのだ。

 あの時、

 あの、場所で。




 閃光が収まり、そこは、かすかな白に覆われた。

 彼の魔法、その影響だろう。霧がかった、その場所だ。

 そこに、もはや地竜の姿は、なくなっていた。

 崩れた橋の、瓦礫のひとつ。流れる川に浮かんで、引っかかって、ノームはすっかり気を失っていた。それを、強引に起こしてやる。


「ノーム。おい、ノーム。早くしろ、起きろ。一時的にしか作ってやれないんだ、間に合わなくなるだろ」って、寝起きの悪い、どこかの犬娘にそうするように「こらノームっ、いい加減に起きないかッ」


 左手でつまみあげ、耳元に向かって叫んでやる。

 キンっとした声が抜け、鼓膜が張り裂けそうで、

 驚きに、ようやくノームが目を覚ました。


 ただ、ノームには地竜となっていた時の記憶もある。もちろん、それまでの事だって忘れていない。忘れられる、はずがない。だから、アルザークの手から離され、座り、けれど感情はふつふつと湧き上がり、先程のように、彼に対する怒りのようなそれはなくなっていたけれど、でも、それでも、

 ぐずって。

 ただ悲しくて。

 涙が、止まらず。

 もう一度、声をあげて泣こうとして、


「ノーム」


 正面。ボロボロのアルザークが、腰をかがめ、視線を同じに。

 泣こうとするそれへ、その頭を、ちょっと乱暴に撫でて、

 それから、


「見ろ」


 霧の中。

 彼は言う。


「わかるか、ノーム。いまここには、お前の、お前の吐き出した、お前自身を通した、魔力が溜まっている」それは流石に、八年前の状況には及ばないだろう。部分的で、一時的で、吹けば消える、炎よりも儚い、夢のようでしかないが、

「お前の想いが、まだ、残ってる」


 だから、


「よく、見ておけ」


 彼は、優しく。

 まるで霧に語りかけるように、告げるのだ。


「これが。お前の、これが――」

 

 真っ白な視界に、

 少年は。

 いつか見た、雪の降る眩しさを、見て。


「これが――≪オレの魔法‐アルカディア‐≫だ」




 ノームにはちゃんと、それが見えただろうか。

 その先の事を、彼は知らない。

 なぜならそこで、

 遂に、緊張の糸が切れたらしくて、

 彼の意識は白く、塗りつぶされてしまったのだから。


 気付いた時には、彼はルインの背に揺られていた。

 やはり右腕は折れていたらしく、その他重傷箇所多数。曰く、駆けつけた軍の連中が手当をしてくれたとか。連中の手で介抱されたと思えば、気分も悪くなるし、かといって女兵士にやられたと思うのも、どこか顔が赤くなって、考えるのをやめた。

 少なからず、助けられ。

 寝ている間に、アーデルハイド達も北へと向かったそうだ。ローブも(状態は不問とし)ちゃんと返っていて。ノームに関しても、彼はシレーヌと共に、霊界へと帰ったそうな。北への道のりは、軍の連中がついて行くことになり。


 つまりは、一件落着だ。


 残ったのは、この、全身の怪我と虚脱感。

 結局収穫といえる収穫はなく、恋路に首を突っ込んで大火傷しただけの話。

 やってられるか、と不貞寝中。


「限界だった。ボロボロだ。どいつもこいつも注文ばっかりで、なーんにも良い事なんてなかった。まったく、よく頑張ったって、自分を褒めてやりたいよ。ケーキ食べたい」

「あれ、アイリスさんに褒められてたんじゃないですか?」

「意識のない時、あいつ、変な事しなかったろうな?」

「変な事、といいますと?」満面の笑み。

「――、意地悪」

「あ、もう、拗ねないでくださいよ。ほら、冗談ですってば、ふふ」


 可愛いなぁ、と。

 ま、


「多分、大丈夫ですよ」きっと「ノームさんも、逢えたはずです」


 そして、


「わかってくれたんだと、思います」


 思い出す。

 別れ際、シレーヌに連れられ、霊穴に向けて川を行くノームの姿を。

 出逢った時と変わらない、ふたりに、おじいちゃんと呼ばれていたちいさな姿。

 だけど、


「ちゃんと、男の子でしたから」


 アルザークはまだ目を覚まさなかったけれど、

 でも、ノームは。フガフガ、以外の言葉で、こう言ったのだ。


 ――ありがとう。

 ――大人になったら、また、逢いに来る。

 ――それまで、バイバイ。


 って。




 妖精は、魔力があればどこにでも現れる。

 たとえ今、見ることができなくても、

 いつか、

 きっと、彼が大人になる頃に。

 幻はまた、微笑みかけてくれると、信じて。




「ところでアルさん」

「なんだ。話は終わっただろう。なら、寝させてくれよ」

「まぁお気持ちは察しますけど、もうひとつ、伝言がありまして」

「……。アイリスから?」

「はい」

「なんて?」


 うふふ、と笑い、


「霊穴。近場のそれですけど――北。レマン湖だそうですよ」


 満面の笑みの、

 あの馬鹿の顔が浮かんだ。

 なんというか、


「ホント、くっだらね――」




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