(7)
目の前にて、竜が哭く。
しかしてそれは、最早哭き声というよりも、
収束する魔力。それが響かす、破滅への足音のようでもあって。
天に向かい開かれた口。その先から、すでに溢れんばかりに輝きが見える。
竜咆。
それは天地を砕き、世界に終焉をもたらす。
そう伝えられる代物だ。
それも、今よりノームの放つ一撃は、有史に残るような、なかでも最上級のものとなるだろう。それだけの魔力が、いま、彼の元に集まり続けている。
絶体絶命危機的状況。
死への片道切符を既に手に、
三途の川も、まさに、腰まで浸かる現状。
絶望を前に。
絶望をした、それを前に。
しかし彼は、
「これだ」
この状況にあって、なお、
むしろ、大いに、笑み。
「その攻撃を、待っていたッ!」
竜咆。では、ない。
地竜は地竜でなく、あれはノームの姿が変異したもの。
魔力により、ただ、膨れ上がってできただけの、代物だ。
ならば、
待っていたのは、彼が、
その身に余る魔力を抑えきれず、遂に、
文字通り、吐き出してしまうことを、だ。
最初から、これが狙いだった。
たとえノームが竜にならずとも、どんな姿になったのであれ、その身には有り余るだけの魔力が滞留する。身体を変異させるほどの、強大な魔力。しかし、毒なのだ。精霊の存在しかり、強すぎる力は、その身を滅ぼす。
だから、吐き出す。
過剰な魔力を得た精霊は、その身を巡り、焼き、内側から引き裂かんとする魔力の流れに耐え切れず、その身を滅ぼす前に、なんらかの形で外へと放出する。それをコントロールしながら扱えれば武器にもなるが、生憎、子供であるノームにはそれだけの技量も、力も、ない。ないことは、わかっていた。
だから、
「この一発が、正念場だっ」
わかっている。
その仕組みから、この擬似竜咆とも言える咆撃は、一度きり。
チャンスはたった、一度のみ。
『アルくん、でもこれは、予想外じゃないかしら』というのが『魔力が高くなりすぎている。本来なら、たとえ三年分とはいえ、大精霊として、これ程にはならない予定だった』
でも、
「あいつは、この森と、繋がっている」
そうだ。どんなに森の魔力を流しても、紅い森がなくなったとしても、
ノームと森のつながりは、決して消えず、残ったままなのだ。
だから、
「これ、多分、アイリスにも勝てるんじゃ、ないかなぁ」
地形を変えながら戦えるような、最強級の姫騎士と。同じか、それ以上。
正直そこまでの力はないと思っていたし、せいぜい、ノームの魔力にこちらが手加減して合わせてやるくらい、だなんて。蓋を開ければなんて傲慢な。それでなくとも、肉弾戦においては一方的に嬲られたもいいところなのに。
格付けはとうに、済まされていて。
でも、
「オレだって、街の一つや二つなら消せる。消した、最悪の罪人だっ」
『あまり、誇れるステータスではないけどね』
「それに、いい女が、一緒に居てくれるだろう」
『あら、ルインちゃんのことかしら』
「意地悪いなぁ、ったく。こういうとこはしっかり、かっこつけさせてくれよ」
『うふふ、貴方はやっぱり、そういう可愛さの方が似合ってるわ』でも『だから、私も、そんな貴方を守ってあげたくなる』
正面。
魔力の流れが、緩やかになるのを感じる。
それはつまり、収束が完了に向かう、合図となり。
ならばこそ、
(見せてやるよ、ノーム)
一度きりの、
最初で最後の、チャンス。
だから、
アルザークはエーデルワイスを、水面を貫き足元へと突き立てる。
河はかの巨体で堰き止められ、すっかり膝を覆うまで高くなっている。その中央に、真っ直ぐ刃を相手に向け、置いて。
そこから一歩ほどさがり、右手を前に、構え、
蒼き輝きを身に纏い、睨み、
詠唱す。
「力を貸せ、セルシウス」
『貴方の命を、我が糧に』
「オレのすべてを、お前に預けるッ」
『氷結の力、その身に示せっ』
魔力の流れが、止まった。
風がやみ、
音が消え、
すべてが静止したような時の中、
川の水だけが、静かに流れ、
刹那。
「おぉおおおおッ」
吼えると同時、突き立てたエーデルワイスを強く、蹴り込み、飛ばす。
それは魔力の反発により、荒々しくもまっすぐ、川を切り裂き正面へと飛んだ。
水が割れる。
川の水が勢いをもって横へと広がり、左右の壁に沿ってアーチを作る。
飛来するそれを、正面。地竜は刃を、胸に受けた。
が、止まるはずもない。
瞬間、
絶大なる魔力を乗せた、竜咆の一撃が、放たれた。
アルザークは吼えた。
痛む全身を奮わせて、
ただ、その手に力を込めて、
(ノーム)
彼の咆撃に、
応え、吼える。
(それが、お前のすべてか)
迫る咆撃。
それは荒く、導かれるように、水の割れた大地を削って、
喰らえば、死。
それ程の感情を、感傷を、想いを、込められて。
だから、
『いけるわっ』
「任せるッ!」
彼はその右手を、
振りかぶる。
「見せてやる、ノーム」教えてやる「お前の望んだ、お前の求めた、
――理想の世界ってやつをッ」
彼は吼える。
吼えるままに、その力を、
振り抜いた。
そして、激突する。
放たれた竜咆。
呼応する、蒼。
二つの閃光がぶつかり合い、
水のアーチは、衝撃に氷と化して。
「……届け」
叫ぶ。
「届けっ」
ぶつかり合う想いと想い。
「もう一度、見せてやれっ」
その一撃を、
――頼むっ。
交わし、
「いっけぇええええええッ!」
そして、
弾ける。
ぶつかり合った閃光は、それぞれが互を呑み込み、溶けるように。
混ざり、弾け、
そして、
大地に蒼が、確かに、
咲いたのだ。




