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 遠く。南西の方角にそれは見えた。

 天を貫くように輝くのは、巨大な光の剣。その、柄にあたる部分だろうか。それが例の神殿の、緑の屋根からひょっこりと顔を覗かせ、間も無く、直下へ。遅れて、閃光の爆発が、その振動がこちらへも響いてくる。


 魔力の揺らぎ。風のようなそれを受けて、

 白の狼は呆れるように、呟いた。


「わ、わうぅ。あれって多分、アイリスさんの魔法、ですよね」


 数週間前。出会った彼女の事を、ルインは思い出す。

 アルザークのピンチに颯爽と駆けつけ、

 光の大剣を振りかざすあの勇壮さを。

 今あの場所では、その日と同じ現象が起きているのだろう事が、容易に目に浮かんだ。


「あ、相変わらず、常識外れといいますか。これだけ離れても、花火の音みたいにビリビリ伝わって来るんですから。なんて言うか、ぶっ飛び方がホント、ファンタジー過ぎて、馬鹿げてると言いますか。最早ギャグなのでは?」以外に辛辣。

『ふふっ、そうね。彼女に関しては、私も流石、としか言えないわ。まだ若いのに、身体の芯へと響かせてくる、この感じ。ん、ぁ。とんでもない魔力だもの』

「……。貴女よりも、です?」

『あらあら。女同士の乳比べなんて、するだけ野暮よ、ルインちゃん』

「はぁ」そういうモノなのかなぁ、って。


 まあともかく、


「こちらも、急がないと。ですね」


 白の狼は再び、

 紅い森を走り出す。




 それぞれは結界となる森のドームから、外へと飛び出した。

 アルザークは走り、川に沿って森を抜けた先。リフレクションによって飛び出していった、アーデルハイドとシレーヌの姿を追った。やがて、ちょうど滝となる部分の、ヘリの近く、そこに。倒れ伏す精霊と、剣を杖に膝を突いた、姫のすがたを見つける。

 慌てる様子で、


「アイリスッ!」


 名を呼び、側へ。


「大丈夫か、アイリスっ」


 呼び声に反応してか、彼女がこちらを見て、微笑む。が、

 立とうとしたそばから、まるで崩れるように再び彼女は膝を折った。限界なのだろう。

 倒れそうになる少女の身体を、そっと、支えてアルザークは抱きとめた。

 手から剣を零し、彼女は、


「すまない、アル。ごめん。なんていうか、その、手間取った」

「いや、十分だ。ありがとう、アイリス」


 言って、下着姿のままの彼女に。

 それ以上の言葉はなく、黙ってローブを脱いで、掛けてやる。

 彼女もただ、目を細めて笑った。


 その傍らだ。

 シレーヌが意識を取り戻すような、覚醒するように息を吐き、重く、自由の利かなくなった身体を片手で支えて起こす。ただ、立つ足のない彼女は、静かに、


「はぁ、ハァ……。どうやら、私の、負けのようですね」


 なかば解っていた、というような、未練のない一言だ。


「残念です、これでも、精一杯だったのですよ。八年。この森を霊穴として、帰り道をつくるのに。それは、簡単なことではなかったのですから。この足が動いてくれれば――いえ、動くことができないからこそ、そうですね。あの日、私は、歩むべき道を、踏み違えたのかも知れません。ふふ、足がなければ踏めもしないだろう、と言われるなら、浮足立ったと、笑いますかね?」

「笑えないよ、くだらない」


 言って捨て。

 しかしそれすらシレーヌは笑い、


「アルザーク」


 こちらへと向く。

 その頭を、まるで差し出すように垂れて、


「貴方方の、勝ちですわ」


 そして彼女は黙った。

 つまりは、罰を受け入れるという事だろう。

 森を消そうとし、そして、本来であれば精霊にとって、忌むべきである霊穴の開放を行おうとした。理由はどうあれ、唯一の手段であれ、そのことに、後ろめたい気持ちがなかったわけではないのだろう。

 だからこそ、贖罪しようというのだ。


 しかし、


「いや」


 アルザークは言う。

 背後に。遅れて、ちょうど、ノームとふたりの妖精が追い付いたのを確認し、

 続ける。


「まだ、話は終わっていない」




「頭を上げろ、シレーヌ。まだ、話はここからだ」

「? どういう、意味です」


 彼は、姫を抱く腕に、すこし力を込め、


「そのままだ。それは、お前が一番理解しているはずだ。

 驚くなよシレーヌ。気づかなかったはず、ないだろう。お前はオレ達に嘘をついた。戦争に巻き込まれたなんて、ありもしない事実をねつ造したんだ。けど」表しがあるなら「何故、どんな意味があって、お前はその嘘をついた。つくだけの、理由ができたのか」


 それが重要だ。


「確かに嘘をつかれたのは心外だ。けれど」助けてください「わかってるよ。お前の話に嘘が含まれるなら、けれど、そうすると自然と、ちぐはぐになった部分が他にも出てきたな。その辻褄を合わせたことで、必然的にできたズレ。一つ、重大な真実がほったらかしになってしまっている」


 あらためて、


「今この場で、敢えて。聞こう。

 シレーヌ。お前のその足は、いったい、どうやって傷ついたんだ?」

 いや、

「お前は誰に、襲われたんだ」




「お前に言ったな、戦争に巻き込まれたのは嘘だ、と。そして肯定も返った。その結果過去の情景が明らかになったし、お前の目的にも近づけた。けどな、だったら変だろう。

 戦争が嘘であるなら、お前が怪我をしている事実はなんだ、ということだ」


 アルザークは目を伏せる。

 その姿は思考に耽るようでも、

 ただ、滝の音に耳を傾けるようでも、あって。


「考えたさ。嘘が嘘である可能性をも疑った。けど、もっと単純な答えが、あった。

 まず、そもそもの話、オレがお前を疑ったのは戦争に関する嘘からじゃあない。オレにはまだオフィールへの疑念もあったし、戦争が続いた事になんら違和を感じなかったんだ。だけど、確かな取っ掛りはあった。

 それが、お前の言った、紅化現象、その原因だよ。

 お前は言ったな。あれを、自分のせいだ、と。怪我をした足の治療、その為に使った魔力の影響を受けた水が流れ、森全体へ伝播し、結果、森は紅く変わってしまった、と。だけど、違うだろう。普通に考えれば、それは違うんだ。ありえない」


 何故ならば、


「流れる水は、青いままだ」


 傍を、清流が落ちていく。


「この水の、どこにそんな、森全体を紅く染めるだけの要素がある? オレは道中、木の枝葉を摘んだ。けれどな、その折った口に、幹を通る水道に、紅化の原因と考えられるような物は、なかったんだ」つまり「お前はまず、そこに嘘を通した。

 だけど、この嘘というのが扱いに困るもので、実のところ、これが嘘である必要性が薄い、というものだ。だってそうだろう? お前が原因じゃなかったとして、なら、やっぱり紅化の原因が別にある、ってだけ。そうだな、最初に感じた通り、やっぱりこれは、ノームが主体の原因で。ならお前は、子供の悪戯を庇う親のように。これは、そういう微笑ましいだけの嘘になる。状況の解決には、直接、結ばれない。

 でも、取っ掛りだ。そう、足掛かりだったんだ。直接解決には向かわない。言わば回り道でしかない嘘の通り。だが、この嘘が持つ意味は、確かにあった。意図が、見えたんだ。

 お前は暗にこう主張したかったんじゃないか『私は、嘘を言っていますよ』と。わかりやすい嘘を通すことで、きっと、そのすべてを鵜呑みにしただろうオレの思考に、疑念をねじ込んだ。疑うだけの余地を、通った道を振り返るだけの理由を、与えたかったんだ。

 その嘘を思い出して、だからだよ、じゃあやっぱり、戦争の話。癪だが、オフィールは何一つ誇張なく、ちゃんと、正しい結果を世に伝えていて。お前は、オレ達に敢えてバレやすいように、嘘を言ったのじゃないか、って」ならば「それはきっと、鍵だと、思った」


 そして確かに、

 それは嘘だった。


「八年前、シレーヌ。お前は戦争に巻き込まれなかった。

 しかし怪我をしている。見ての通り、動くこともままならない、そういう怪我だ。当然森に訪れる前に受けたものであるはずがない。なら、お前の怪我はこの土地に訪れた後に受けたモノだ。しかしその当時にはもう、戦争は終わって。冬を迎えたこの場所は、虫も獣も、人などいるはずがなくて」ならば「居たのは誰だ。お前が出会ったのは、誰だった」


 そっと、腕の中で目を覚ました姫を、優しくその場に座らせ。

 立ち上がり、振り返る。

 正面。


「土の精霊ノーム。シレーヌは、お前達と出会ったんじゃ、なかったか?」




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