表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/37

(4)



 幾度目かの水圧が、身体を殴りつける。もう、吐く息さえなくなった。身体中の酸素が欠乏し、代わりに我が身を満たしてくれるのは、痛みと、水だ。アーデルハイドは、朦朧としはじめた意識を、ギリギリのところで保ち、敵を見る。

 シレーヌの攻撃の手が、止まっていた。


 それはつまり、最期の合図。


 申し訳ないな、と思う。油断をしたつもりはなかったのだ。あの一撃だって、決まると思ったから放ったのだし、相手の事は「向こうも歴戦の精霊だ。手を抜く必要はない」と聞かされていたから、もちろん、全力を注いだ。


 でも、届かなかった。


 繰り返し、やってしまったな、という、どこか他人事の思いが、頭を過ぎる。

 ただ、


(すまない、アルザーク)


 遠のく意識で、天を仰いだ。

 湖上にて、彼の姿が見える。


 すまない。


 定かでない意識のなかで、アーデルハイドは思う。

 何かを叫ぶ彼の姿。

 ただ返す言葉は、


 ゴメン。

 そして、

 水の精霊より、最期の一撃が放たれる。


 迫る水圧。これまでの比ではない、くらえば終わる、鋭い気配。

 全身で感じ、ただ、上を見たままアーデルハイドは、

 それを――見た。




 放った水流が、白を貫く。

 彼女の纏う白銀の鎧を砕き、貫通した。確かな手ごたえは精霊に勝利の確信を与え、結果に、シレーヌは確かに笑った。が、


 シレーヌは見る。

 眼前、水が貫いた白。たしかに貫かれる、白。

 しかしそれは、


『衣装、だけ――ッ』


 抜け殻だ。

 ならば、中身はどこへ?

 水中であるならば、上か? 空気を得るため、ギリギリで、水上へと昇ったか。悪足掻きだと思い、唇を噛んで上を見上げた。そこに、


 笑う、アルザークの姿が見える。


 先ほどまでの焦燥感は消え、ただ、ぽつりと、彼の笑顔から、したり顔から、零す汗のような一滴が、水面を揺らす。

 違う。

 上ではない。

 ならば、


『まさかっ――』


 下。さらに潜った、湖底に。

 エーデルワイスを構える、下着姿の花が在る。




 アーデルハイドは、自分を叱咤した。

 馬鹿なことを考えたと。

 アーデルハイドは、自分を悔やんだ。

 何を甘えていたのかと。

 そして、

 アーデルハイドは、彼に、感謝する。


(お前は私を、諦めなかったッ!)


 エーデルワイス。

 投げ込まれたこれが、その証。

 寸で、見上げた先のアルザークが、湖上で動きを見せた。

 言われてみれば、やってしまったという思いで失念していたが、好き勝手に飛ばしたままの愛剣だ。二振りのそれを、彼は湖面にて振りかぶる。何をするのかと思えば、全力でこちらに投げ入れてきたではないか。

 驚いた。

 なにより、


(私は、お前を――)ひとしずく(くだらない女に、なるところだったッ)


 きっとそれでは、

 彼に嫌われるだろう。

 そんなの、


(死ぬより嫌に、決まってるッ)


 だからアーデルハイドは、剣を取る。

 投げ入れられ、湖面を破り、自重と共に沈み来る高速の剣。その柄を握ると同時、引っ張られるように、邪魔な服は脱ぎ捨てた。その時、胸とシリコスリルの隙間に残っていた、気泡が顔に。だから酸素も、ゲット。ならばここには、剣も、息も、意思も、私も、愛も、すべてが揃って。無いのはすなわち、


(負ける道理ッ)


 ならば、

 アーデルハイドは、一対の剣であるエーデルワイスを正面に掲げる。それはまるで意思をもつように、ひとりでに、その峰と峰を、刃を腹とするなら背中合わせになるように、目の前に浮かぶ。そして、輝いた。

 白の輝きは、両の剣の間を埋めて。光でできた巨大な柄が、先ず伸びる。


 掴む。


 軽く一メートルを超える巨大な柄を、両手に持って、光り輝くエーデルワイスを、後ろに、腰元に構える。呼応して、今度は刃が生まれた。それは白く、美しく、十メートルは超えるかと言う長大な剣は、節々から、淡い光を花弁のように散らしていた。

 出来上がった白き光の大剣を握り、

 視線の上、シレーヌを睨む。

 精霊は、確かな慄きに、一歩を下がる。

 さぁ、


(さっきは避けられた)いや(曲げたのだよな。だが)


 握る力を強く。

 して、


(これなら――どうだッ)


 姫騎士は、

 白き刃を、振るう。




 シレーヌはただ驚愕する。

 武器を得たところで、まだ少し酸素を得られたところで、なかば終わりまで溺没し、意識を保つのがやっとのはずで、受けたダメージだって、水の中とはいえ、水の中だったからこそ、全身の骨が砕けてもおかしくない量を打った。なのに、


(どこに、それだけの力がっ)


 いや、

 上を意識し、


(なるほど。貴女は、好いヒトを、得たのですね……)


 思う下。それが来た。

 迫るのは白の刃。

 ただし先ほどの『栄光の証‐グローリア‐』とは違い、これは避けきれない。あれにしたって、厳密には、避けたのではない。曲げたのだ。その通り、あれは光の刃が湖面を貫いてくれたからこそ、咄嗟にできた芸当だ。


 しかし今度は、その内側からくる。

 水中だから避けきれない。

 なんという皮肉か。

 だから、


『受け止めて、お願いッ』


 懇願するように、精霊はヴェールの壁を張る。

 一枚ではない、全力をもって、計七枚。

 波が織りなす蒼の壁と、

 光が生み出す白の剣が、

 正面から、ぶつかり合った。




 二度目の瀑布が、緑の中にある湖を覆った。

 湖面に落ちていた剣を投げ入れ、諦めかけていた馬鹿が、文字通り息を吹き返したのを確認して、エーデルワイスの輝きを見て、アルザークは岸へとあがっていた。大樹の側にいるノーム達が気になるが、それどころではない。


 次の瞬間、

 湖の水すべてを爆発させるかの勢いで、それが、割れたのだ。

 振り切られた白の刃が青を割砕し、

 轟音を伴い炸裂する水の向こう、より天上に、

 水の精霊、シレーヌが打ちあがる。

 それを追うようにして、湖底から、

 白の姫騎士が跳び上がった。




 湖が割れる。精霊はこちらの一撃をヴェールで受け止めようとしたが、関係ない。遮る屈折はなにもなく、光の刃はまっすぐに、敵の青を打ちのめした。そして、割った。

 ヴェールを五枚。ただし、残り二枚目にヒビが入るより先に、湖そのものが割れてしまった。いや、好都合だ。おかげでシレーヌの身体が、魚を宙に放るように無防備な形で、湖の天空へと舞った。


 だからアーデルハイドは跳んだ。

 背中合わせになったエーデルワイス。ただ、もとがそういう形であったのように、二又の刃、鍔が合わさり、柄は鞘をもって一つとする。それを両手に掲げ、打ちあがった精霊の頭上を取った。


 リフレクション。


 魔術陣の足場を横に、弾けるようにアーデルハイドは跳んだ。

 精霊が展開したままのヴェールを、こちらに向ける。

 意にも介さず、正面。

 切っ先を相手に向けたまま、弾ける軌道は斜め上から叩きつけるような、まっすぐ全開で、突撃槍の一撃にも似た全力で、ぶつかった。


 一瞬の硬直。

 しかし、


「うぉぉぉぉおおおおおおああああああああああッ」


 幾度目かの咆哮と共に、

 足元に何度も陣を。

 弾け、

 重ね、

 加速する勢いが、

 精霊と姫の姿を緑の向こうへと飛ばしたのだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ