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(1)



 群像が山道を往く。紅い森へと繋がる道を、幾つもの足音が踏みしめた。

 ほのかに砂塵を上げ、山間に敷かれた道を往く姿はまるで、ひとつの流れのように。ユラ山脈からその北にかけて、ただ静かに、しかし重く、足音だけを重ねて彼らは歩く。


 人族軍オフィール。

 内、戦場国家スヴァルトアール所属の、一団だ。


 広く造られたこの道を、しかし、今にも溢れそうなほどに所狭しと、歩兵、術兵、その他諸々合わせて四千人。それだけの数がまっすぐ、縦隊を組んで進んでゆく。その異様さたるや、国家のシンボルカラーでもある赤金色を日に照らし、夏の熱気が、まるで、炎が大地を蹂躙していく様でもあった。砂粒の割れる音が、パチリ、パチリと、火の弾ける音のようにさえ聞こえてくる。


 その最中。

 ちょうど、歩く一団の後衛、その中ほど。

 そこに一輪の花が咲く。


 花の色は白であった。眩しく激しい太陽のそれを、浴びて、なお輝きに光を包む、白。腕や身体を守る鉄甲は白銀に、布地の細部には薄紅を散らし、スカートは動きやすいよう前面を大きく開いている。健脚は光に焦がせ、しかし凛として馬上に咲く、炎の中で咲き誇る白の花こそ、スヴァルトアールの姫騎士、アーデルハイド・フォン・シュタウフェンベルクである。邪魔にならないよう髪を結い上げ、ただ真っ直ぐ、彼女は行く先を見すえていた。

 なんとも、楽しそうな笑みだった。


「機嫌が良さそうですな、姫」


 その隣――引いて、やや右後ろ。

 同じく馬に跨る男が訪ねる。

 彼は、アーデルハイドに対し、真逆の黒であった。スヴァルトアールの軍服を術者用の法衣に近く仕立てたもので、ただの黒服のようで、その対術性は高い。老いてなお、静かな法衣に身を包んでまだ余るほど、荒く、頑強な風貌の老人はヨハン・パリサナ。自由奔放な姫のお目付け役であり、アーデルハイドもまた、彼の事を『爺』と慕う。


 問われ、彼女は、


「久しぶりの遠征だからな。やはり、城でお勉強と向き合うのは、性に合わない。あれでは、息苦しくて雑草だって枯れてしまう。そう思わないか?」


 肩越しに視線を送り、問えば、

 ほう、とヨハンは眼光鋭く。


「城下の娘と遊び散らかしていると、よく、近衛の者が嘆いておりますが、はて」


 あーあーきこえなーい。

 姫は視線を前に戻す。

 やれやれと、肩を竦めるしかない。


「昔とは違うのです、すこしはご自重頂かねば」


 言えば、

 少しの間を開けて、アーデルハイドが。


「違うからこそだ」言う「違うからこそ、たまの帰郷だ。そういう時は、目一杯に遊んでいいと、私は思う。婆やの話を寝過ごし、近くの野良ネコと戯れて、古い友人と、茶を飲み交わす。好いではないか、こういう世の中だ。私だって、小娘なんだ。許せ」


 まっすぐに。

 その背を見て、ただヨハンは。

 やれやれと、肩を落とした。

 して、しばらく。

 言葉なく、足音の奏でを聞き飽きた頃に、


「そろそろですかな」

「何がだ?」

「紅い森にかかり、山も下り切りましょう。ならば、兵士らの休息を取らせねば。ユラ山脈を下りはじめて、かれこれ三時間近く歩き詰めですぞ」


 言われて、ふむ、と辺りを見る。

 見ればなるほど、それぞれの兵士の様子だ。赤い鎧姿の、どいつもこいつも、肩の低いこと低いこと。熱気もある。だって夏だ。比較的涼しい地方と言えども、日中の熱は容赦なく彼らを焼く。もちろん夜に動く手もあったし、そもそも、この辺りは人界内で、人族の勢力内で、つまりは安全地帯。鎧だって着せる意味もない。脱いで運ばせた方がどれだけ楽だろうという話。

 でも、


「根性がないなぁ……」


 馬上からの声に、イラッ、としない兵は居なかった。

 もちろん、すぐに咎めの声も来る。


「姫……」

「なにを言う。私でさえ、この程度、全力疾走しながらでも五時間は頑張れるぞ」


 とムキになれば、方々から、


「そりゃ、姫はなぁ」「規格外すぎて基準にならんだろ」「ドラゴンに勝てる体力で言われても……」「オレら雑魚だし」「だいたい姫、軽そうだもんなぁ」「余計な脂肪なさそうだしなぁ」「必要なところもねぇよ」「いやバカ、尻には――ねぇわ、悪かった」


 一瞬、乱れのない縦隊に確かなブレが生じた。

 一団の後尾にて、人の悲鳴と奇妙な爆音が連続して響いたのだ。

 ただし「ああ、前でよかった」三千人ほど。

 ほどなくして、何事もなかったかのように行軍は続けられた。


「まったく、どうしてうちの連中はこうバカばっかかなぁ」


 不敬の輩に断罪(超高速の連続拳骨)をくわえ、口をへの字に姫は言った。

 すこし後方には頭を抑えてのた打ち回る団体(なぜか一人にやけ面)と、それを避けては背筋を伸ばし歩く、人の流れ。置いてけぼりにするように視線を遠く、前へ。

 呆れたようにヨハン。


「姫」

「なーんだよ、さっきから。姫、姫、姫って。ついにボケたのか?」

「冗談を話すのもよろしいですが、真剣な話ですぞ」


 よいですかな、と。


「姫も知っての通り、行軍と言ってもただ闇雲に歩かせればいいものではありません。これだけの人数、それを指揮するというのは、彼らの体調管理ひとつにおいても、指揮者たる姫が預からねばならぬという事です。そして、遠征する軍と言うのは、常に危険を伴うもの。例えそれが、ただの旅次行軍であったとしても。そもそも、旅次行軍というのは、疲労を避けるためのもので「あぁああッ、もうっ。うるさいッ!」


 話の途中で割って入るとは何事ですか。

 指を立てたままそう不満するヨハンに、


「爺に言われずとも、そんなことは百も承知だ」

「ならば何を思って?」

「安全が確保された旅次だからこそだ、と言っているんだ」


 曰く。私は、


「私は、もう、悪戯に部下を失いたくないのだ」


 その言葉は、ヨハンにも重たくのしかかる。


「爺、お前も知っているだろう。先日の、私の失態だ。あの日私は、多くの仲間を失った。異例の事態であったなんて、そんな気休め、彼らの胸には届かないだろう。誰も、私を慕ってついて来てくれていたのだ。それを、私はむざむざ、死なせてしまった。

 私の弱さだ。

 だからだ爺。言いたいことは解る。だが見ろッ」


 言って、姫は馬を止め、大きく手を広げて、


「私の手は、こんなにもちっぽけで、どんなに抱きしめようとしても、四千の兵、これっぽっちすら、私は汲み取ってやることも、守ってやることだって、できやしない。だからだ、たとえ傲慢だと、押し付けだと、鬼だなんだと言われようとも、私は――私は、私を慕う部下には、誰も、強く在って欲しいと願っている。生きるための術を、教えられる、そんな人間になりたいと思うのだ」


 そうして再び手綱を取る姫の後ろ背は、どこか違っていた。

 ほんの数週間前の事だ。

 あの日、ここより北東にある山岳部にてそれは起きた。人界とも神界ともいえない最前線。しかし、軍が動くには適さない、つまり、戦場としては使われない土地だ。そこに、原因は調査中であるがなんと、竜が現れたのだ。ドラゴンだ。


 結果から言えば、ヨハンは結果しか知らないが、事件は解決した。竜は姫の手で退治され、そのニュースは一躍人界に広まった。流石はスヴァルトアールの姫騎士だと、誰もが賞賛を重ねた。


 その裏で、


 どれだけの重みを、彼女が背負ったのか。

 その結果すら、ヨハンは知らない。

 けれど、


(なにか、良い事があったのでしょうな)


 戻ってきた彼女の顔を見れば、解った。はじめは、彼女にとって、おそらく人生初の悼みを伴う結果に、泣くものだと思っていた。同僚であるアークなぞ、泣いた姫を想像してどうしたものかと城で慌てたほどで。腰の浮く気持ちで、姫を迎えたものだ。

 けれど彼女は、笑っていた。

 笑って、言ったのだ。


 ――アーク、ヨハン、ヴォルムス。来い。まとめて、


「まとめて、強くしてやる。か」

「ん?」

「いえ、何も」


 呟きをごまかし、ヨハンは笑みを作る。

 気持ち悪いものを見たように姫が視線を戻すが、それでいいと感じる。

 姫は、指導者として、確かな道を歩み出したのだ。

 いずれは王道を往き、彼女という花は人々の心を動かし、やがて、この人界に大きな影響を与える。それだけの資質を、ヨハンは彼女に見出している。その彼女が、こうして、下の者へと何かを与えようと、必死に考え、動いているのだ。言わなくとも解っている。この行軍も、彼女に言わせれば、


「日々精進。鍛えられる時に鍛えておけ。それは、やがて己の糧になる」


 そういう事だろう。

 不満をもらしながら、兵士らも解っている。戦場国家において、神族や魔族を相手にする現実において、安心安全な行軍など存在しないことを。ひとたび一線を超えれば、そこは、血肉も朽ちる地獄の果てでしかない、という事を。解っているからこそ、前線を臨むこの遠征に、誰もが承知でついて来たのだから。この程度の擬似強行軍、成せずにどうして戦えるものか、強くなれるものか、と。そう――そうやって、誰も彼もが、姫を見ることで、己もと、頂に咲く花を見て、その高みへ登ってやろうと、向かっている。

 いいことだ。

 それらはすべて、その一言に尽きた。




 結局、普通では考えられない休息なしの行軍は、日が傾き始めるまで続けられた。

 全身を鎧で固め、なけなしの水分補給を行いつつ、けれど足音を止める事はない。

 そうして森も半分を越え、熱気と砂埃に汗を流し、陽炎のように、四千の脚がいよいよ限界を迎えようと、そのギリギリで、


「よし、全軍止まれッ」


 声と、待ってましたとばかりの全力で打ち鳴らされる鐘の音。

 紅い森を、波立つようなざわめきが騒がせ、


「皆、よくここまで頑張ったな。今日はこの辺りで野営とする。輜重兵らは準備を、他の連中も、元気なやつは手伝ってやれ。働いた者にはもれなく、菓子の配給を許すっ」


 言葉を終えれば、四千の声が咆哮となり、

 天に突き上げられる拳と共に、兵士らは休息へと取り掛かった。




 紅い森の中ほどを過ぎて。

 道をまっすぐ、すこし北に行けば河があり、風呂の代わりとして。近くには昔の名残で井戸が設けられ、そこから水を補給しつつ、兵士らは野営の準備を行った。ここまでの道程、すでに三日目。車に乗せて運んだテントを作り、火をおこし、獣除けの囲いを作るところまで、すっかり慣れたものだった。

 ただ、山越えに使った二日間と違い、今日の行軍は容赦のない歩き倒しになり、皆、すっかり足は棒のように言う事を聞かないせいか、結局、作業は夕暮れの頃まで続けられることになる。それでも、今日という一日を振り返って、来た道を辿って南を向けば、今朝まで居たユラ山脈の雄大さといったら。ましてそこから、ここまでを踏破したのだと実感を得れば、誰も、そこにひとしおの思いを抱かずにはいられなかった。


 そんな兵士らをさらに刺激して、姫が声を出す。


「よし、手の空いた者は居るかッ?」


 その一声で、兵士らは状況を察する。

 皆各々、おあつらえ向きに用意された木刀から槍の代わりの棒を手に、


「威勢のある奴から掛かって来い。得物を弾かれた奴は一分で戻って報告。先着五百人のみに食後の、氷菓配給だッ」


 条件が出揃えば、作業を終えた者から我先に、兵士らは姫へと向かった。

 ただし、昨日のように崖下に落ちて回収困難(不可能ではないので結局取りに行かなければならない)な状況にはならずとも、全員疲労が溜まっている。ま、かの姫騎士に剣を学べるのだから、それだけでも彼らは「お願いしますッ」から「シゃぁっさぁあっスッ」まで様々な一声と共にその胸を借りるも、ほとんどが一撃のもとに、得物を森の奥へと飛ばされる。時にすっぽ抜けるように、必死に握った手から引き千切るように、容赦のない一撃が幾本もの得物を森の向こうへと弾いた。なかには、得物のみならず握った当人もまとめて、森の中へとぶっ飛ばされている。兵士ら曰く、これが一番のご褒美なのだとか。暗に「いい構えだ」「いい握りだ」「いい根性だ」と褒めてもらっているのだという。

 一番つらいけど。


 そうして、まず一人。

 最初の「ありがとうござっしたああぁぁ……!」が森に飛んで行った辺りで、

 一つ離れたところで。微笑ましく様子を眺めるヨハンへと、声を掛ける者が居た。


「まったく、元気な連中ばっかりスよねぇ」


 右手の方を向けば、槍を携えた細身の男が歩み寄る。

 彼はヴォルムス・コンラート。スヴァルトアールでも有名な槍使いであり、オフィールにおける彼の階級は大尉。また、ヨハンと並び、姫直属の三勇士、その一人であった。つまりは、世代こそ違えど同僚だ。

 近くまで歩み寄れば、軽い笑みを交わし、


「道中も、前に居たスけど、いや、後方は賑やかな事で」

「兵士らも、だいぶ余裕ができてきたからなぁ」

「なんだかんだ、レベルアップしてるスからね、うちの連中。ハハ、あの姫に相手してもらえるんスから、連中、もっと喜ぶべきスよ」


 まるでアイドルか何かだ、とヨハンは思いながら。

 そう言えば、妙なファンクラブまで発足していたなぁ、と思い起こし。

 あらため、


「どうだ、お前は行かないのか?」


 踊るように兵士らの相手をする姫を、視線で示しながら、


「まさか。たった五百しかない貴重なアイス、俺らが貰っちゃ兵士が可哀想スよ」

「いい上司なものだ」


 冗談に笑う。


「しかし、良かったス」

「と言うのは?」

「姫さんスよ。元気そうで。あれから、結構時間経つスけど、こう、どっちかってぇと、前に比べて妙に眩しいってか。輝きが増したなぁ、って。なんて言うんスかねぇ。綺麗になったなって、そう思うんスよ。心惹かれる、ってやつスかね?」

「ふむ」とだけ頷き「その言葉、アークの前でも言えたらいいな」

「まさかまさか、あの生真面目君に言っちまったら、不浄だなんだって、大剣ぶん回して追っ掛けられるスよ。おっかない」


 それもそうだ、と。

 お互いに笑いが生まれたところで、


「報告ッ、一番、デヴィット・フランク、四十八秒、帰還しましたッ」


 ようやく一人目が、帰ってきた。




 夕焼けに萌える紅い森。

 その中ほどで生まれるのは、人々のざわめきだ。

 野外に設置された食堂にて、配給されるカレーをそれぞれが手に、うち、三千近くの兵士が菓子と、三百余名が氷菓をもって、談合し、笑いを得て、食事にする。穏やかな光景が続いた。それを監督するように、姫は眺めていた。

 微笑ましいと思う。


「どうしたんスか、姫」


 横から声をかけられた。

 ヴォルムスだ。


「最近、調子良さそうスね」

「そう見えるか?」

「もちろん」


 躊躇いのない回答に、ちいさく笑い、


「好き放題やっているからなぁ。私も、日々いい勉強をさせてもらっている。どんなことであれ、そこから人は何かを学び、成長することができるのだ。それを知って、だからこそ、今はすべてが充実しているよ。ま、付き合わせている皆には、少々悪いかもしれん」


 なんて自嘲すれば、

 正面より。


「まぁ、いいんじゃないですか?」「姫もまだまだお子様ということで」「おかげで戦場に出る前に死にそうだけどなぁ」「うちの嫁が良く言うんだけどよ、やっぱ、子供って体力あり余ってるらしいからな。よほど活発だってよ」「それに付き合ってやるのが、俺達大人の仕事ってわけで」「違いねぇ!」

「お前らなぁ」


 苦笑をこぼせば、

 近くからは大きな笑いが生まれた。

 同じく、声を上げて笑ってからヴォルムスが、


「どうしたんスか?」


 隣の、アーデルハイドの様子に、気付いた。

 笑みを下に、すこし、哀愁を帯びたその横顔に、

 問えば、軽く頭を振って彼女は、


「いや」と「私は、幸せなのだなと、な」


 そんな、ともすればいつもの姫にしては、なんとも柄にない事を言うものだから。

 周りからは一層の笑いが生まれた。

 笑えば、すこし恥ずかしそうに頬を染めるアーデルハイドが、ムキになって声をあげ、そうする様子がことさら、兵士らに笑顔を生んで。しょうがない奴らだと、姫自身、笑いをもって。ただ朱に染まる世界の中で、暖かな風を感じ、それぞれが、やはり、笑顔。

 しあわせだと、思った。

 永く愛おしい、感情だ。


 しかし、

 それらは唐突に、破られる。




 まず鳴り響いたのは、警鐘だ。

 一瞬にして森を震わす鐘の音に、誰もが戦慄を身にまとう。

 表情は一変し、油断ない仕草で四千が、その腰を上げた。

 そして続け、声が生まれた。

 陣全体に響くそれは、

 告げる。


「警戒ッ、巡回中の兵より、本国より指名手配中の、罪人を発見との報告」


 奴が、


「アルザーク・A・レヴァンティスが、森に居ますッ」




 アルザーク・A・レヴァンティス。

 その名が響くとともに、全兵誰もが、その身を震わせた。

 アルザーク・A・レヴァンティス。

 八年前より逃亡中の、災厄の罪人。

 これまでもオフィールを中心にハンターまで、幾人もの犠牲を払って、髪の毛一本ほども手が届かない、あの、アルザークである。八年間、空白の七年を経て、ここ数カ月の彼の所業は、全兵士誰もが知っている。時に大隊クラスがぶつかったにも関わらず、ことごとく返り討ちだ。とも聞く。その事実を鮮明に思い出せば、まるで、今までの温かさが嘘のように、吹き抜ける夜の風が、確かな冷たさを全体に運んだ。


 一瞬の沈黙。廻る疑問。

 何故此処に。本物か? 都合よく。最悪だ。事実。ならどうすれば。

 凍りつくような時間を経て、

 次の瞬間。

 兵士は動く。


 まずヨハンが叫んだ。


「全軍戦闘準備、急げッ。各隊は小隊規模にて整列、術式防備を怠るな! 出ている連中を呼び戻せ、水浴びに出ている者どもは北へ一度退避させろ。全兵、気を緩めるな、下手をすれば、腑抜けた心構えでは、この場で皆殺しもあり得るぞッ!」


 指示に、応ッ、と。

 兵士らは見事な早さで隊を組む。今まで明るい食堂であった陣内は、すでに戦場であるかのように兵士が整列、ひしめき合い、大軍を迎える様子で防備を固める。報告があったのは南西の方角。そちらに向けて、誰も彼もが緊張の糸を張り巡らせた。

 そして最前列。並ぶ誰かが、呟いた。


「……来た」


 影が見えた。

 それは、蒼い影。

 間もなく、


「来た、来ましたッ、間違いない、やつです!」


 現れたのは、ローブを着込んだ青色の美少女。


「罪人、アルザーク・A・レヴァンティスですっ!」




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