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(4)



 川沿いに走って、例の滝へ。

 高くなったその場所から、遠く、森の東側を見やる。すると、ちょうどユラ山脈を抜けて森の大道に出たあたりか。そこに、ちいさくだが砂埃が立ち込めるのが見えた。間も無くそれらは風にさらわれ、一瞬どよめきたった森も、すっかり静寂へと戻ったのだけれど、


「なんだあれは」

「恐らく、人族軍でしょう」

「人族軍、って、うわぁッ?」


 川から、生首が答える。

 普通に驚く。


「お前、シレーヌ。あの場所から出られたのか」

「足がなく歩けないだけですので、川伝いであれば一応、移動はできますよ」


 確かに、自然すぎてあまり気にかけてなかったけれど、シレーヌは大樹の膝下以外からも水面のどこにでも移動していた気がする。水の精霊なのだから、そうか、水に溶けて移動していたのか。それにしても滝のはじまりに生首が浮かんでいるのは、なんかこう、くるものがあるなぁ。とかく、


「人族軍って、お前、わかるのか?」

「ハッキリと、ではありませんけれど。話したとおり、この森に流れる水には私の魔力が通っていますので。手足、とまではいきませんが、髪に虫が止まった程度の感触と同じくらいに、でしたら」

「便利なんだか不便なんだか」

「気合を入れれば、話し声なども拾えますけど」

「そこまでしなくていいよ」


 生首に「やってみせましょうか」とばかり輝かれても、

 なんというか。どうしていいものか。はて。


「しかし、そうか。北に戦場が移ったといえ、後方から部隊支援なりなんなりは送られるもんな。なるほど、この森を通るわけだ」


 それにしても、爆音の原因は掴めないけれど。

 奇襲を受けた風でもないなら、何かしらの事故か。

 紛らわしいものだと、口を尖らす。


「しかし、となればこっちも、連中と下手に接触しないよう気を付けないといけないな」


 何故って、彼はそう、罪人なのだ。

 八年前の事件、その罪状が晴れることはなく。加えて、今なお罪状は重ねらえれる。そうした事実を、自分の不器用だと諦めて。しかし当然ながら、そんな身の上の彼は軍と正面から接触しようものなら問答無用でお縄につけられる。ここで会ったが百年目とばかりに追いかけて来るのだから、たまったものではない。連中に見つかれば、妖精の起源探しどころではなくなるだろう。


 気を付けて。とは、この事だったのだろうか?


「なんでしたら、彼らも明日にはこの森を抜けるでしょう。それを待ちますか?」

「いや、そういう足止めは好ましくないからなぁ。ま、連中も森の中には入って来ないだろう。から、何も問題がないってのなら、オレ達もこのまま出発するよ」として。


 振り返っては、後ろについて来ているだろう「ルイン」を呼んで。

 早速その場を発とうとした時だ。


 後ろに、思えば当然か。飛び出したアルザークやシレーヌ達を追って、ルインだけでなく、ノームやふたりの妖精も居たのだ。

 ただ、その妖精だ。

 ふたりの様子が確かに、目に付いた。

 何かを思うより先に、振り向いた彼に、ティーチが声を掛ける。


「ね、ねぇ。あーちゃん」


 ん? と疑問に首を傾げれば、


「大丈夫、だよね」「大きな音」「爆発みたい」「平気?」「消えちゃわない」「よね」って。


 一瞬戸惑いを覚えたが、それもそうか。妖精。彼女達は消えることを恐れている。もしこの場所が戦場になれば、この森に何かあれば、彼女達はその存在を維持できなくなり、生じる事ができなくなり、消えてしまうのだ。だから、先程の砲撃のそれにも似た音に、確かな怯え、恐怖、ありていに不安を覚えたのだろう。

 そう理解して、


「大丈夫。ちょっとした事故みたいなもので、なにか、事件が起きたわけじゃあなさそうだ。それに、シレーヌやノームだって居るんだ。だから、平気だよ」


 ノームにしがみつくふたりに、膝を曲げて、優しく微笑んで。

 ま、そうだな。


(幻だと言っても、特別だとして、事実、感情も心も、あるんだもんな。自分が消えてしまう。そういう事って、敏感に、やっぱ、怖いモノだよな――)と(……え?)


 待て。

 待て待て。

 待て待て待て待て待ってくれ。

 アルザークは繰り返し、自分の思考に、

 待て。と。


(いや、いやいやいやいや、待て。何を考えた、いま)


 考える。

 それは、昨日も得た、ホンの少しの取っ掛り。

 考える。

 いま自分は、何を考えた。いや、

 ――なにを、勝手に、思い込んだ?


 アルザークは考える。


(このふたりは特別だ。感情もあって心もある。だからノームと離れたがらないし、だからこそ消えるのを嫌い、だからこそ、戦争のようなこの土地に影響のあることを嫌い、怯えている)けれど、


「…………あ」


 ふと、アルザークは口から零した。

 咄嗟に、その思考が、感情が。間違って溢れてしまわないよう蓋をするように、その口を手で覆った。覆い、その裏で彼は確かに、自らの決定的発見に、破顔したのだ。


 それを見ていたシレーヌが「アル様、どうか、したのですか?」川の上で首を傾げる。

 質問に感情を落ち着け、ただ一言「なんて、間抜けだよ」自分を、笑い。


「いや、なんでもない。なんでもない、が」勘違いをしていた「そうか。そうだったんだ」いや、わかっていたはずだ「最初から、まったく、なんで気づかなかったんだ」


 紅い森。

 現れたふたりの妖精。

 傷ついた精霊。

 そして、八年前に起きた、戦争。

 それが、


「繋がった」すべて「繋がったんだ」


 ならば、


「そうだな。だとすれば、こうしちゃ居られない。この辺りを通る軍だろう。なら、スヴァルトアールじゃないのか。なら、連中を見送ってしまう手は、ないな」


 早口に。その後も何か考えをまとめるように口の中でつぶやいて、


「ルイン」

「はいっ」

「行くぞ。急ぐわけじゃないが、やれる時間はある方がいい。面倒が起きる前に、行く」


 として。あまり状況はよくわかっていない風だが、しかし彼が「行く」と言うのであれば、彼女に疑問はない。ただ素直に「はい」付き従うはさながら犬のごとく。彼の傍へ。


 ふたり、滝の傍の石段を降りようとする背中に、


「あの、アル様っ」


 取り残されるシレーヌが、

 置いてけぼりをそのままの彼女が、呼び止め、


「いったい、どういう事です?」わからない「繋がったとは、何が?」


 彼は今から、何をやろうとしているのか。

 疑問か。

 はたまたそれは、

 期待。だったのか、

 揺れる声に、

 しかし彼は浅く振り返るだけで、ただ一言、こう、言い残したのだ。


「ネバーランドに行ったきり、帰ってこなくなったのは誰でもない、キノッピオだったってことだよ」




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