ほたる3
その日は夏休み最終日だった。
ゆずるが夏休みの宿題を手伝ってほしいとのことでゆずるの家にお邪魔した。
「おじゃまします。」
「あら、ほたるちゃん。いらっしゃい。」
ゆずるのお母さんが優しい笑みを浮かべながら挨拶をしてくれた。
ゆずるの家には何回か行ったことあるためお母さんとはもう顔見知りだった。
「すいません、何度もお邪魔してしまって。」
「いやいや、ゆずるの宿題見てくれるんだってね。助かるわよー。
だから謝る必要ないわ。むしろお礼したいくらいよ。」
「にしし!そーだぞ、ほたる!
ゆっくりしていくといいさ!」
「なんであんたが偉そうなのよ!
ちゃんとお礼を言いなさい!」
「にしし!断る!!」
仲のいい親子だ、と思った。
そしてうらやましいとも。
私は両親とうまくいかなかったから。
虐待とかそういうものは受けなかったけど、いや…虐待さえ受けなかった。
お父さんと新しいお母さんは私なんていないように接してくる。
会話などない。声をかけても返ってこない。
だから私は家をでた。
だからゆずるとゆずるのお母さんの関係がうらやましかった。
「もー!ほたる、あたしの部屋にいこ!
お母さんはケーキでも用意してくれてもいいんだよ!」
「はいはい。
じゃぁほたるちゃん、後はよろしくね。」
「………。」
「ほたるちゃん?」
「は、はい!すいません。
まかせてください。」
泣きそうになってしまった。
もしお母さんが生きていたら私も…。
なんて考えてしまったから。
「なんか悲しい顔してるわね。
こういうときはおいしいもの食べなきゃ!
すぐケーキ持って行くから待っててね!」
そういって私の頭を撫でてくれた。
ゆずるに似て優しくて明るくてほんとにいいお母さんだ。
ゆずるのことも相当大切に育ててきたに違いない。
だから分からなかった。
なんでゆずるのお母さんがゆずるを殺したのか。
私には理解できなかった。
ゆずるはその日の夜、夏休み最後の夜に殺された。
しかも母親に。
テレビを見ない私がそれを知ったのは学校が始まってゆずるが来ないことに疑問を持っていたホームルーム中、先生の口から聞いたときだ。
先生は詳しくは話さなかった。
でも噂が広まり、私の耳にも入ってくる。
ゆずるは母親に殺されたと。
家に帰ってニュースを見てその噂が真実だと知った。
「なんで………」
疑問が頭に浮かんだ。
そしてすぐにゆずるがいないこの世界に絶望した。
「いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!
ゆずる!!私を置いていかないでよ!」
たった数ヶ月の仲だけど私にとってゆずるはかけがえのない存在になっていた。
そんな存在が突然、音もなく消えてしまったのだ。
とても生きてはいけない。
だから私は時間を戻した。
ゆずるが殺されてしまう数時間前に。
ゆずるに出会ってから一回も使ってなかった力を使った。
「あら、ほたるちゃん。いらっしゃい。」
夏休み最終日、ゆずるの家にお邪魔した時間に戻った。
「お、おじゃまします。」
ぎこちなく私はあいさつをする。
「あらあら、顔色悪いわよ?大丈夫?」
さっきまで泣いていた私は顔が青白く、目が腫れていた。
「大丈夫です。
ゆずる、早く宿題やらないと。」
「ん?!うん!!
そうだね!早く部屋にいこー!
お母さん、後でケーキちょうだいね!」
「はいはい。」
「………。」
目の前の光景を見れば見る程、ゆずるが殺されたのが信じられない。
それに殺されたと聞いただけだから実感がわかない。
時間を戻したからだけどゆずるは私の目の前で元気よく階段をのぼっている。
仮にこの後、今日の夜にゆずるが殺されるとして私はどうすればいいんだろう。
どう阻止すればいいのだろう。
「あ、ゆずる…せっかくだしさ、今日は私の家に泊まって宿題やらない?
ゆずるが思ってる以上に宿題いっぱいあるよ?」
なけなしの考えで思わず提案した。
問題の先送りにしかならないのかもだけど少なくとも今日を終えれば何かが変わるのかもしれないと思って。
「ほたるがあたしを誘ってくれた?!
んー…非常に嬉しいんだけどだめなんだ。
今日はお母さんの誕生日だから祝ってあげるのだ!」
「え…?」
そう、この女は自分の誕生日に親子で心中したのだ。
自分の娘を殺して自分の人生も終わりにしたのだ。
「あら、いいわよ。私の誕生日なんて。
行ってくればいいじゃない。」
「だめだめ!大切な日なんだから。
ちゃんと祝うの!」
「大切な日に毎年宿題に追われている誰かさんの言葉とは思えないわね。」
「うぬぬー…」
私が考える唯一の手段もあっさり打ち破られた。
いっそゆずるに直接話してみるか。
いっそこの女に直接聞いてみるか。
ぶっちゃけて言えば私の能力があれば何回失敗したって問題はない。
またやり直せばいいわけだから。
でも私はそれを許せなかった。
私の中ではやり直す度にゆずるは何回も死んでいるのだ。
それはやだ。
………もっと状況を整理した上で戻ってくるべきだった。
「あ、そうだ!だったら逆にほたるがうちに泊まればいいじゃん!!
一緒にお母さんを祝おう!!」
「あらあら、それはいい考えね!」
「………いいんですか?」
今現在、ゆずるを殺すつもりなら私は邪魔じゃないだろうか。
「いいのよ。
何事も人数が多いほうが楽しいんだから。」
「にしし!さすがお母さん!!
わかってんねー!」
こんな感じで私はゆずるの家に泊まることになった。
この女からゆずるを殺そうっていう気配は少なくとも今は感じられなかった。
きっと喧嘩でもして何かの間違えでゆずるを殺してしまったのではないかと私は考えた。
それなら私が泊まれば何事もなく明日を迎えることができるんじゃないかな。
そんな考えも虚しく前兆もなく音もなくゆずるは殺された。
私がトイレにいっている間に。
ほんの1分くらいの間に。
「……………な…なん……で……?」
私に気づいてるのか気づいていないのかゆずるが倒れているゆずるの部屋の前で私に背を向けているこの女に問いかけた。
「………ほたるちゃんはゆずるが好き?」
いきなりの問いに頭が真っ白になりそうになった。
「……好きです。」
「なら私の行動の意味わかってくれる?」
ゆずるを殺したことを言っているのか?
「……わかるわけない…。」
わからない、わかりたくない。
「……私もね、ゆずるが好き、私なんかにはもったいないくらいできた大事な娘よ。
だからずっと、ずっとずっと前から今日ゆずるを殺すって決めてたの。」
そういってその女は自分自身の首にゆずるを殺すときに使ったのであろう血まみれの包丁をあてた。
私にはわからない。
なんで好きで大事だから殺してしまうのか。
何故、そんな今にも泣きそうな声で話すのか。
何故、自分も死のうとしてるのか。
私にはわからない。
「ごめんね、ほたるちゃん。」
そう言い残しその女は死んだ。
最期までこちらに背を向けて。
以前から殺す予定だった。
あの女が最期に言った言葉。
私にはわからない。
あの女の心理なんて読み取れない。
説得のしようがなかった。
だから殺した。
ゆずるが3歳のときに。
私の手で。