ほたる2
あれからどれくらいたっただろう。
私は未だにたまにゆずるの顔を見に行く。
と言ってもゆずるにはもう私のことは分からないだろう。
だからたまにこの町に戻ってきてゆずるの顔をただ見るだけ。
ほんと一瞬、遠くから見るだけ。
もし仮にゆずるが私のことを覚えていても私にはゆずるに合わす顔も権利もない。
本当は私にはゆずるの顔を見に行く権利さえない。
「……ゆうすけさん、入るわよ?」
私は元私の家のドアを叩き、現在の主の男の名を呼ぶ。
「あー、ほたるか。
開いてるから勝手に入ってくれ。」
私はこの町に滞在するときはゆうすけさんに頼んでここで寝泊まりさせてもらっている。
「いつも悪いわね。
おじゃまします。」
「いいよ。あんた一週間もいないし、ただ寝泊まりするだけでお金がかかるわけでもないし。」
ゆうすけさんはフリーのジャーナリストをやっている。
売れているのか売れていないのか聞いたことないが、こんなボロアパートに住んでいるんだ。
たぶん後者だろう。
でも私をネタにするつもりはないらしい。
当然といえば当然なのだけど。
私がゆうすけさんに話した話なんて誰も信じないだろうから。
何故かゆうすけさんは信じてくれた。
さてまぁ、いきなりだけれども話は変わるけれども、どうしようもなく突拍子のないことを言うけれども私は時間を遡ることができる。
生まれもっての能力なのかなんなのかはわからないけど気が付いたのは小学五年生のときだ。
私が給食当番で献立のシチューを運んでいるとき、私は足を引っ掛けてしまい一緒に運んでいた子にシチューをぶちまけてしまったことがある。
その子は軽い火傷をしてしまい、保健室に運ばれた。
その子はクラスのリーダー的な子だった。
その後、私はいじめられた。
クラス全員に。
無視され、上履きを隠され、教科書を破かれた。
教師は誰もが見てみないふり。
助けてくれる人なんていなかった。
そして昼休みにキックターゲットという遊びで私は的にされた。
ボールが顔面に当たる直前、私は過去に戻っていた。
イジメの主犯である子にシチューをぶちまける前に。
最初はわけがわからなかったけど、だんだんとコツをつかめてきた私はその後、一切イジメられることがなかった。
運も味方したってのもあるんだろうけどこの能力のおかげが大きい。
でも万能ではない。
まず、過去にいけるだけで未来にはいけない。
別にコツのようなものがあるのかもしれないが現時点の私にはできない。
できても「私」の知らない未来になんて行こうとは思わない。
未来にいった瞬間いじめられてます、なんてしゃれにならないから。
もう一つは私の能力は過去を巻き戻すではなく、過去に行くことができるだけだ。
これに気付いたのは小学六年生のときに、階段から落ちて左腕を骨折してしまったときだ。
この能力の便利さに味を占めていた私は当然のように左腕を骨折する前の過去に戻った。
確かに階段から落ちたという事象が起きる前に戻った。
でも私の左腕は骨折したままだった。
つまり時間は戻るけど私は戻らない。
便利のような不便のような能力だ。
それでも私はこの能力にたくさん救われた。
この能力のおかげでゆずるを救えたんだ。
それだけで私は私を誇れる。
「そうそう、ほたる。
俺は今回お前に聞きたいことと伝えたいことがあるわけよ。」
「あら、珍しいこともあるのね。
なにかしら?」
とりあえず眠かったから適当に答えて寝ようと思ってた。
「一週間くらい前にこの家に女子高生がお前を訪ねてきたぞ。」
「……………え?」
心臓が止まるかと思った。
眠気も覚めた。
ありえない。
私の家を知っているのはゆずるだけだし、そのゆずるだって今は私の存在さえ覚えてないはず…いや…知らないはず。
でもゆうすけさんはこんなしょうもない冗談を言う人ではないことは知っている。
「俺の推測だけどさ、それってもしかして…」
「ありえないよ…だって…だって…」
そう…ありえない。
だってゆずるは…。
「ほたるーーーーー!!!」
ドアの外側から背中越しに愛しくて愛しくてずっと聞きたかった声が聞こえてくる。
「ゆ、ゆずる…?なんで…?」
「あー、やっぱりあれがゆずるちゃんなわけだ。
相も変わらずやかましい嬢ちゃんだな…。」
「ほたる!!いま家の中に入ってったでしょ?!
開けてよ!!いるんでしょ!?開けて!!」
この扉を開けてしまえばゆずるに会える。
……でも私にはできない。
だって、そんなのゆずるは絶対許してくれないから。
「開けてくれなきゃおじさんには悪いけどこのドア蹴り壊すからね!!」
「えっ?ちょ、なんだあの嬢ちゃん…。
おーいほたる、どーすんだ?
会うのか、会わないのか?
早くしないとドアを壊されちまうんだが…」
「………会えないよ……会えるわけない…」
なんでゆずるが私のことを覚えているんだろう。
だって私はゆずるに会ってるけどゆずるは私に会ってないんだよ?
なんで…
それに覚えていてもさ、許してくれるはずないもん…
だって…
私はあなたのお母さんを殺したんだよ?