古今和珍事伝集~お犬様!!~
ここに日本という国がありました。将軍様がおさめるようになって数十年がたって平穏な日々が過ぎていたのです。
ある時の出来事である。
「殿! 殿! 一大事でございます!!」
一人の若いお侍さんが急ぎ渡り廊下をとおる。
「なにごとだ」
とある一室に殿さまはいた。まだ年若き殿は餅を食べていた。
「一大事です!」
「わかっておる。わかっておる。大事なことが二つも三つもあったらかなわん」
若いお侍さんは落ち着きを取り戻したようだ。
この殿さまは海岸沿いの領地を治めている人である。最近になって、殿さまのお父上が腰痛のために当主の座を譲られて、このお殿さまが当主。
「それで、何用か?」
「それが、それが南蛮で悪名高い、“けるべろす”、というやつが表れ、領内を荒らしております」
「なに!? けるべろすだと!!」
殿さまは立ち上がりながら驚愕の表情を浮かべる。
「それで、けるべろすとは何ぞや?」
「そこからでございますか!?」
若いお侍さんは、かしこまった姿勢のまま、床を滑った。
「これこれ、着物が汚れるであろうに」
「それは……。いえ、そんなことより、けるべろすというやらは、南蛮の太古から存在する物の怪にございます。なんでも、神々の城の門を守るとのこと」
「なぜ神々の城を守ってるやつが、こんなところに現れたのだ。ここは南蛮ではないぞ。それに神々なんて聞いたことがない。なにか、わしが神か?」
「いえいえ、殿さまは神ではありません。決して、それはもう」
「なにうえ、断定する」
「それは明明白白」
「もうよい。それより、続きを」
「ははっ、その“けるべろす”が領内を暴れているのです」
「それは分かっておる。討伐できないのか!」
「そ、それが」
言いよどんでしまう。一時の間を空けて、
「犬の姿をしているのです!」
「な、なに! 犬だと……」
「はい、犬でございます」
「それは一大事じゃのう。将軍様がお犬様には手出しをだしてはならぬというお触書を出しておるからのう。うかつに手が出せぬわい」
「そうでございます。お犬様に手出しはできないのです。どうしましょう!?」
「お犬様か、それで、そのけるべろすというやつがお犬様なら、餌を与えてみたらどうかの。お犬様は大切にせよと、将軍様のお達しなのだから」
「それはいい案でございます。さっそく、餌を準備します」
「おぉ、とびっきりうまいもんを食わしてやれ!」
「ははっ!!」
こうして、“けるべろす”は、領内のそれはおいしいおいしい食事を食べさせてもらい、すっかり殿さまになつかれてしまいました。
いつなんどきも城の前には、この“けるべろす”が寝そべっていたのです。
それ以後、ここのお城はお犬様の住まわれる地として、長い間繁栄と平穏な日々を手に入れることができましたとさ。
余談なのですが、もし討伐していたとしたら、どうなってたのでしょうか? 血で血を洗う悲惨なことになっていたでしょう。ですが、お犬様の姿をしていたために、大事にならずに済みました。
これもすべて道理なのかもしれません。
めでたし、めでたし。