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第三話 ニ度目の後悔

「で、原因は何か噂になってるのか?」

「いんや、今回はちょっと根が深いらしい、ってぐらいしか噂されてないよ」

「そっか」


 屋上へ続く階段に座りながら、昼飯用に買ったパンを片手に幼なじみから最近の噂話を聞いていた。屋上は閉鎖されているため、ここは滅多に人が通らない絶好の昼食スペースだった。


「トモが改心して大人しいから、原因が予想できないんだろうね」

「おい、失礼すぎるぞ」

「だって、それほど衝撃的だったから、あの時のトモ。急に人が変わったようになって、アレだったし?」

「そんな変わったか俺」


 確かにあの日、突然高校生に戻った時から、冷静な行動を取れていたかと言えば自信がないけど。しかし俺と同じ状況になって冷静で居られる人間が居るだろうか。


「変わったと言うか、なんか急に大人になったと言うか、でもたまに子供っぽかったりしたり変な感じだったかな」

「?例えば?」

「大西さんに関する事だけ自信過剰と言うか思い込みが激しかったと言うかそんな感じだったね」

「あー…なるほどね」


 前回の記憶があるせいで、余計な自信や油断があったのだろう。


「俺としても、いつトモが大西さんに惚れたのかが、分からないぐらいの急な変化だったし、聞いた時はビックリしたんだからね?」


 まぁ確かに。本来ならあの時期は、まだ全然夕紀の事を知らなかったはずだからな。

 それを未来を知ってる俺が歪めた結果が今の状況か。本当に自業自得だな。


「そのくせ、それ以外の事だとやけに落ち着いてて、言うことも的確だしさ?」

「そうだったか?」


 まぁ中身は成人して数年経ってる社会人なわけだしな。ここらで一回俺の状況を洗いなおしてみるかな。



 ―名前は藤田智之。元々の年齢は二十六歳。大学卒業後、父親の会社に就職して、二代目となるように日々雑用をこなしていたと。会社はデザイン関係の仕事を中心にインテリアからエクステリアを扱っていた。まぁ所謂職人家系だ。

 夕紀とは高校三年で別れたきり。とある事情で高校時代問題児とされて、嫌われ者になったので同窓会にも呼ばれず、そのまま一度も会うことはなく、あの日再会した。

 そして二度目のチャンスに浮かれあんな失態を犯してしまったと。そりゃ今まで大して親しくなかったクラスメイトに、あんなこと言われたら気持ち悪いに決まってる。

 そこまで思い返して頭を抱えていると、


「まぁ、でも最近はなんだか良い感じに落ち着いて、評判も悪くないよ?」

「は?」

「ほら、あの大西さんを助けたってアレ?なんか俺のクラスの女子が聞いてキャーキャー言ってたよ?」


 ニタニタと笑いながら肘打ちをしてくる。しかしその顔も曇り、少し考え込み始めた。


「でもバド部の男子がちょっと変なこと言ってたかな」

「ははっ、今度はどんな陰口だ?」


 人気者に手を出すと、吊し上げと言うか晒し上げというか、本当に大変だ。


「いや、あの事故がトモの仕業だとかなんとか。いや、俺はそれ聞いて笑ったんだけどね?」

「…俺の仕業…か」


 なんだか夕紀と先輩の喧嘩の原因が見えてきたような気がした。こいうところが自意識過剰で自信過剰だとは思うけど。

夕紀は裏でコソコソするのが嫌いだったはず。陰口やら裏工作なんてもっての外だ。


「そんなトラップを予め仕組めるなんて、余程レベルの高い罠師じゃないと出来ないよ」

「祐也、お前はゲームのやりすぎだ」


 しかし、予想が当たっていたら俺の行動が、周囲の人間を歪めている気がした。

夏以降まるっきり声を掛けてくることが無い幸宏や、過剰に夕紀を守ろうとする理恵、嫉妬や猜疑心に我を忘れているような先輩。

 俺が変えてしまった人達を思い浮かべながらこれからの行動は慎重にすることを決めた。


(願わくは、これから先夕紀が幸せな未来に繋がりますように)


 夕紀を一番傷付けている自分の事を棚に上げ、こんな独善的な事を願っている自分に苦笑いしながら、パンを口に詰め込む。





 ◇

「生徒会副会長に立候補しました大西夕紀です。よろしくお願いしまーーーす!!」


 授業も終わり祐也と、その友人数人で体育館の下、ピロティになっているスペースを使っていた。そこで部活代わりに球蹴りして遊んでいたら、昇降口の方から大きな声が聞こえた。

 ちなみに球蹴りというのはサッカーともフットサルとも言えないようなボール遊びだ。


「トモ、姫さまが選挙活動してるよ?応援しないの?」


忌々しいことに最近、祐也は俺が夕紀のことでも落ち着いているからか、夕紀のことで茶化していじる遊びを覚えたようだ。


「よく見ろよ。あんな所に俺が行ったら袋叩きだぜ?」

「ああ、親衛隊かぁ…」


 夕紀の周りには〈生徒会副会長候補・大西夕紀〉と書かれたのぼりを持った、選挙活動を支援する集団がいた。勿論筆頭は理恵。その周囲にはうちのクラスの男女数人居て、バド部が一人、二人混ざっている。


「あれじゃやりづらいだろうな、あの子も」

「ああも周囲に睨み効かせられると、ちょっとね」


 祐也の友人が言う通り、選挙活動を支援するはずが支援者醸しだすピリピリとした雰囲気のせいで、人が寄り付かない悪影響が出ていた。


「大西さんも良い人過ぎるよね、善意で手伝ってくれてるから断れないんだろうな~」

「本末転倒ってやつだな」

「そうそう、七転八倒だね~」

「……」


 周囲の空気が和んだ所で、こちらが騒がしくなったから夕紀がこちらに振り向いた。


「っ」


 息を飲んだのは俺か、横に居た祐也か。


「ありゃ重症かも」

「祐也も見えたか?」


 何が原因でそうなったか、それとも色々積み重なってそうなったのかは分からないが、夕紀の顔にはひどく疲れたような笑顔があった。いつもニコニコと周りを明るくさせるような笑顔ではなく。


「でも今の俺には何も…」


 出来ない、という言葉を飲み込んだ。もう俺は近付く事すら出来ない。理恵は夕紀と先輩の喧嘩の原因を知っているのか、以前にもまして俺を厳しくマークしている。最近では俺の周囲に居る友人もそれとなくマークされているようだった。


「トモのせいじゃないから気にしちゃだめだよ?」

「ああ…」


 とは答えたが、大元の原因は俺にあるだろう。そのことに気がついて励ましているのか、それとも単に俺を気遣ってなのか、やや天然が入ってる幼なじみの言動は分からないが胸が苦しくなった。


「生徒会副会長に立候補しました大西夕紀です。よろしくお願いします!!」





 ◆

 夕紀は教壇の前に立ち、クラス全体に概要を説明している。


『今年から開催される、生徒会主催の球技大会の説明は以上です!』


 この秋発足された新生徒会は異例の速さで初仕事を開始した。

 それがたった今説明された〈生徒会主催球技大会〉だ。


『今年は準備期間が短かったから内容はあまり凝ったことはできないけど、来年は期待しててよね?』


 その自信は何処から来るのか、女子の平均より少し小さい体型を目一杯大きく動かしながら、クラスメイトから挙がる質問に楽しそうに答えている。


『副会長さんになんでも聞いてよね!』


 そこにはもう、ただ笑顔が似あっているだけの明るく人当たりのいい女の子の姿は無かった。それがとても眩しくて切なかった。




 ◇

 廊下に張り出された、新生徒会役員の名簿を見ようと、数人の生徒が掲示板に集まっていた。

 廊下の窓側に寄りかかり、人が少なくなるのを待っていた俺に横から声がかかった。


「よう」


 幸宏だった。数カ月ぶりに声をかけられ、少し驚いたが、いつもだったら悪ガキのようにニヤニヤしている幸宏の顔が、やけに真剣だったので表情を整えた。


「どうした?最近忙しそうだったじゃないか」

「まぁ色々な…」


 疎遠になったというわけではなく、忙しかったと言い換えたのは、俺なりの配慮だった。こうしてまた接点が持てたのだからとやかくは言うまい。


「張り紙見たか?」

「いや、人が多いから“待ち”だよ」

「そうか」


 なにやら考え込んだ幸宏が気になったが、そろそろ人も少なくなってきたので張り紙を見るため腰壁から身を離す。


「あまり気にするなよ…」


 そう言って幸宏は、現れた時と同じように静かに離れていった。


「気にする?」


 何についてだろう、と考えながら新生徒会の名簿を見ると。

 そこには大西夕紀という名前は無かった。その代わりに他の生徒の名前が生徒会副会長の横に書いてあった。


「これは…」


 一体何が起きたのか理解が追いつかなかった。

 俺の記憶では二年次、生徒会副会長は夕紀のはずだった。そこで夕紀は様々な企画や行事を決め、生徒にも、教師にも信頼される学校を代表するような生徒になっていった。


「その機会が無くなったのか」


 原因は俺だ。どう思い返しても、事の発端は俺に辿り着く。あんな不自然な行動を取ったから、何もかも歪みだしたんだ。





 昼休み、食事も終えて残りの時間をぼーっとしていると


「さてと~。今日はどうする?」


何処か抜けたような声で一緒に昼食を摂っていた祐也が話しかけてくる。あの日から俺は、ずっと夕紀と距離を取っている。以前の全く逆だ。朝はなるべく遅く教室に入り、昼はすぐに教室を出て祐也や友人と合流し、放課後も教室に残らずさっさと昇降口へ行く。

これ以上夕紀になにか影響を与えてしまわないように。


「さあな、またいつも通り気の向くままに球蹴りでもするかな」

「了~解」


 そう言って祐也はボールを取りに校舎へ戻っていった。



 祐也が戻るまで俺は、二階に位置する体育館の脇をぐるりと一周している通路から、外を眺めていた。


「…」


 ここからなら校舎から来る祐也には目立つが、体育館の下のピロティや校舎一階からは見えない。すると他にも生徒が居たのか俺が居る通路を曲がった先から、女子の話し声が聞こえた。


「…さん、分かったわね?」

「でも、そんなこと言われても…」

「なに?先輩の言うことが聞けないの?」


 何やら先輩が後輩をいびっているようだった。


(学生生活は人生の縮図なんてよく言ったもんだな。OLみたいだ)


「あんたが現れなかったら佑樹だって私を捨てたりしなかったんだから!」


 女のヒステリックはきっついな、なんて思っていると相手の女の子が喋り始めた。


「先輩は間違ってますよ…本当に好きなら私をどうにかするんじゃなくて自分が変わらなきゃダメですよ…」

「くっ!!」


バチンッ


 そう音がすると足早に去っていく音が聞こえた。それにしても、何処かで聞いたことのある声だった。少し顔を見ようと足を踏み出した所で。


「トモ~早く下に降りて来なよ~」


 状況を見ていたかのようなタイミングで祐也が俺を呼んできた。通路の向こうの女子に、立ち聞きしていたことに心の中で謝りながら、無言で祐也の呼んでいる場所へ向かった。




その後も俺は同じサイクルで日常を費やしていった。

今の俺にはそうして被害を小さくする事しか考えつかなかったし、出来なかった。



 しかし、一度歪んで縺れた関係はそう簡単には元に戻らなかった。



「藤田!」

「んあ?」


 高校二年の目玉である修学旅行も、男子とはっちゃけてグズグズに終わり。今日で期末試験も終わったところだったので、放課後の今は精も根も尽き果てた状態だった。なので、間抜けな声が出ても仕方ないのである。


「あんたのせいで…っ!!」

「なんなんだ?テスト疲れであまり話をしたい気分じゃないんだけど」


 自慢の黒いショートカットを、プルプルと震わせながら声を荒らげたと思ったら、今度は何かを堪えるかのように声を搾り出すように理恵は言った。


「夕紀が先輩と別れたわ!」

「は??」

「さっきあたしの所にメールがあったの!今日で先輩と別れたって!」


 なぜ?と言う言葉は発せられなかった。理恵が俺のところに来た事からしても明白だったからだ。


「でも、俺はもう関わってないぞ?」

「あんたは気が付いていなかったかもしれないけど、ずっと監視してたのよ」

「誰が?」

「先輩が…」


 少しの無言の後、理恵が今までの鬱憤を晴らすかのように喋り始めた。


「修学旅行。あんた男子とずっと一緒だったでしょ?」

「ああ、男子と居るほうが楽だったし」


 勿論嘘は言ってない。高校生活で女子との色恋沙汰が無ければ、一番機会が多いのは同性同士での馬鹿騒ぎだろう。特に前回の高校生活での反動からか、最近は友人との時間を目一杯楽しもうとしている。


「その男子の中に先輩が監視を頼んだ人間が何人か居たのよ…」

「え?」


 なぜ?と言う疑問と、どうして?と言う悲しみが浮かんだ。


「生徒会選挙に落ちてすぐ、修学旅行があったでしょ?だから、傷心の夕紀をあんたがちょっかい出すんじゃないかって」


 確かに役員発表と修学旅行の間には、中間テストを挟むだけでほとんど間隔はない。


「テストもあったから夕紀とあまり話せなかったんでしょ。それで修学旅行。三泊四日とは言っても、自分の目が届かない所へ、あんたと夕紀を行かせるのが嫌だってね」

「でもそんな気はさらさら無かった」

「あんたはそうでも、先輩は違ったのよ。ほら、文化祭の時あんたが夕紀を自作自演で助けたって前科もあるし」

「自作自演なんかしてないぞ!」

「でも証拠がないから…」

「証拠なら!自作自演って証拠も無いだろ」

「そうなんだけど…」


 言っていて自分の話がおかしくなっている事を薄々気が付いたのか、理恵は話し始めた時よりも少し大人しくなってきた。


「とにかく、それが夕紀にバレちゃったのよ。誰がバラしたのか分からないけど、夕紀が先輩を怒って泣いての大喧嘩。私も一度は宥めたんだけど、実はそれ以前からもちょくちょくあんたの事をクラスの男子に聞いていたらしくて。それのせいで夕紀がもう聞く耳持ってくれなくて…」

「正直なんであんたなんかを庇うのか分からないけど、今思えばなんであんたをこんなに責めていたのかも、分からなくなってきたわ…」


 疲れをため息と一緒に吐き出すかのように、理恵は肩を落とした。


「そうだったのか…」


 道理で俺について詳しかったはずだ。今思えば文化祭の時も、何故だか先輩は俺が舞台を作ったことを知っている雰囲気だった。アレも、クラスのバド部に聞いていたのだろう。



「理恵!こんな所に居たの!」



 俺と理恵が、二人して何とも言えない空気になっていると、理恵が開けっ放しにした教室のドアから、夕紀が現れた。


「夕紀…」


 驚く理恵をよそに、夕紀は足早に机の間を抜け、理恵に近付き手を取った。


「早く帰ろ??」


 夕紀は俺の方を一切見ず、理恵を引き摺るようにして教室を出ようとした。


「大西」


 思わず掛けてしまった声に、夕紀は一瞬ビクンとして立ち止まった。理恵は余計なことを言うなといった面持ちでこちらを見てくる。


「…なにかな?藤田くん…」

「…」


 理恵も思わず息を飲む中、俺は何も考えず口を開いた。


「大西、木村。また明日な」


 これが俺にとって夕紀に掛けた最後の言葉になった。




一年と四ヶ月後。

あの日声を掛けてから俺は、それまで通り男子を中心に高校生活を送った。

 あの日から変わったことと言えば、夕紀の周りに居た親衛隊のような女子集団から、目の敵にされなくなったことぐらいだ。

 それも最早なんの意味もなかった。何故なら俺は、あの日を境に夕紀とその周囲から積極的に距離を取り、学年が上がった後はクラスも離れたことから、余計に接点が無くなったのである。

 そして今日



俺達は卒業の日を迎える



二度目の後悔を胸に秘め



俺は卒業をする



しかし、この時の後悔が数年後、さらに激しい後悔に成長することになった。


距離を取ることが正解とは限らなくて

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