第八話 四度目の未来予知
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文化祭二日目は生憎の曇り模様だった。午後から天気が崩れそうなので、委員会のメンバーは屋外の出店に覆いを配布したり、来客用に傘を入れるビニールなどを用意している。
うちのクラスも、急遽タオルを用意したり昨日とは違う動きも出てきた。福引に関しても昨日とは違い、一般客をターゲットにした雑多なものとなっている。
俺の携帯音楽プレイヤーは4等の景品になっているようだ。それ以下は、商品券やら商店街のチケット、傘、箱ティッシュ、ヨーヨーなどの玩具など本当に節操無く集めてある。
教室での設営も無事に終わり、あとは午前中に休憩が取れるという夕紀を待つのみとなった。幸宏に調べてもらった所、玉置の休憩は夕紀と被るようになって居た為、さり気なく時間をずらさせるように手配しておいた。
勿論無理矢理ではなく、合法的に忙しくして同時に休憩出来ない状況を作るだけだ。俺の休憩時間は自由に調整出来るので、先に玉置に休憩してもらうという事も出来る。
「おい、なんか今のお前黒い笑顔してるぞ」
教室に設置してある椅子に座りながら、そんな事を考えていたらそんな事を言われた。心外だ。
教室の外を見ると、どこのクラスも最後の文化祭ということで、期待と寂しさが浮かんでいるように感じられた。そんな光景を懐かしさを持って眺めていると、校内放送で文化祭開催の宣言が流れてきた。この放送を流している実行委員長も同じ三年。どこか寂しさと高揚を、その声に込めているように感じられるのは感傷だろうか。
こうして高校生活最後の文化祭が始まった。
「いらっしゃーい喉が渇いたらぜひ内の喫茶店で休憩して行きませんかー」
「こんにちはー文化祭で唯一ここにしかないパンケーキ屋でーす。良かったら寄っていって下さーーーい」
校舎の至る所で呼び込みの声がする中、俺は夕紀の手を引いて歩いている。結局夕紀が休憩を取れたのは昼前、本当にギリギリ午前と言える時間だった。そのせいもあり、文化祭に来る近所の住民も増え、混雑している時間帯に突入してしまった。
「迷子になるなよ?」
「ひ、ひどい!私この学校の副会長さんだよ!?」
迷子になんかなるわけ無いじゃない!と言うので、少し手を離して行き交う人の中に放置してみる。すると、
「あ、あれ?智くん?迷子??」
「なんで俺が迷子になるんだ。見失ったのは夕紀だろ」
案の定数秒で迷子になった。しかも、なぜか俺がはぐれた事にされる始末。
そんな事をしながら、少ない休憩時間を満喫するために前もってチェックしていた出店を何件か覗く。
「さっきのクラスの制服可愛かったねー?」
「そうだなー。今時コスプレ喫茶なんてどうかと思ったけど、まあまあだったな」
昼時ということもあり、喫茶店のクラスで軽く腹ごなしをした。既に歩きながら牛串や塩焼きそばなどを食べていたので、喫茶店にあるメニューでも割りと満足できた。
夕紀はスモールカステラやクレープ、チョコバナナなど甘いものばかり食べていて、見ているだけで胸焼けしてくる感じだったが。今も喫茶店で餡蜜を食べてきた所だ。
「さて、お腹もだいぶ良い感じになったし、他にゲームの出店とか行くか」
「智くんのクラスで福引したいんだけど…」
「そうか、なら行くか?」
「その前に占いやってるクラス行っていい?」
そう言って、今度は俺が手を引かれる番になった。
占いをやっているのは二年のクラスのようで、教室の前まで行くと既に何人か並んでいた。
「うわー…やっぱり人気なんだ」
夕紀は前からこのクラスの事を知っていたようだった。女の子の占い好きは世代を問わずと言ったところか。
「なんだ?口コミでも広がってるのか?」
「なんかすごく当たるらしいの。昨日からクラスで話題になってたんだよー」
休憩時間を考えると、この占いが終わったら自分のクラスの手伝いに戻らなければいけなくなりそうだ。
徐々に列は進み、漸く次が俺達の番という所まで来た。
何の占いをしているのか分からないが、一組約五分前後で捌けているので待つのもそこまで苦ではなかった。
「それでは次の方どうぞ」
そうして案内された教室は、予想通りといった装飾で、占いの館といった雰囲気を醸し出していた。暗幕と床に置かれた照明などで怪しさを印象付けている。お香も焚かれているのか少し甘い匂いもする。
「それでは何を占いましょうか」
「二人の将来…とか出来ます?」
眼の前の占い師は年下な筈なのだが、頭に被っているベールのような物など如何にも占い師な格好をされると、畏まってしまうのも分かる気がした。
「分かりました」
「…」
「…」
いや待て、二人の将来だと?なんでこの子はそんな恥ずかしい事を下級生に言った。
「…」
占いはシンプルにトランプでするようだった。何がどういった意味で効果なのか分からないが、慣れた手つきで混ぜ、並べて行く。
「出ました」
「二人の前途は困難と挫折の連続です」
「…っ」
息を飲んだのは俺だ。夕紀は真剣に告げられる言葉を咀嚼しているようだった。
「特に急な雨の日などは特に注意してください。以上です」
「あ、ありがとうございました!」
「ありがとう」
「いえいえお幸せに」
最後の最後はどうやらこの生徒の地が出たようで、可愛らしく手を振って見送ってくれた。
その後、夕紀は占いの結果を色々と考えているようで、教室に送り届けても上の空だった。
文化祭も午後を回り、休憩に来るお客さんや集めた抽選券でガラガラと抽選機を回しに来る人も増えてきた。
今のところ、まだ俺の携帯音楽プレイヤーは引き取り手に出会っていないようで、抽選スペースの後ろに鎮座している。
「一等から三等までは出ちゃってるし、もうあまり抽選に来る人居ないかもなー」
その発言の通り、午後抽選をしに教室を訪れた人達は景品が大半放出された抽選スペースを見て、立ち去るようになった。
こうして、やや尻すぼみな感じはあったものの、文化祭初の試みは無事終わりを迎えることとなった。
教室の片付けに入ろうとした時、教室に夕紀がやってきた。
「もう抽選って出来ない?」
「いや、まだ片付ける前だしやろうと思えば出来るが。出来るよな?」
断言したものの、一応抽選機の前に居た係に確認を取ってみる。
「ちゃんと券があるなら問題ないよ。何回?」
「二回!」
そう言うと、抽選券の束を係に渡す夕紀。抽選機を回すのがそんなに楽しみだったのか、身体が左右にゆらゆらと揺れていて、なんだか笑いが込み上げてくる。
「はい、丁度二回分受け取りました。それじゃあ二回ガラガラと回しちゃって下さーい」
そう言うやいなや、真剣な表情でガラガラと抽選機を回す。周りのクラスメイトも、最後の抽選となるであろうこの光景を、固唾を飲んで見守っている。
「あ」
一回目の結果は。
「十等。傘ですねー」
あーー。という声が周りからも出る。どうせなら、残っている景品の上から出て欲しいというのが、この場に居る全員共通の意識らしい。
「あと一回!慎重に回してくださいねー!」
下駄箱の向こうからは上機嫌な鼻歌が聞こえる。
「そんなに嬉しいか」
「嬉しいよー」
語尾に音符でも付いていそうな、弾んだ声でそう言われた。
教室の片付けも終わり、こうして下校しようという時間なのに、最後の景品を手に入れた興奮は未だ続いているようだった。
「だって智くんの景品だもん」
夕紀が最後に当てたのは四等。要するに、俺の提供した携帯音楽プレイヤーだ。
「まさか最後にそれが出るなんてな」
そう呟きながら、下駄箱の扉をバタンと閉める。ほぼ同じタイミングで、夕紀も靴を履き替え終えたようだ。
校舎から出ようとすると、肩にポツリと水滴が落ちてきた。それを合図として、一つ二つとアスファルトで出来た地面に、黒い染みが広がる。
「雨が降ってきちゃったね」
後ろから追いついてきた夕紀が、この光景を見てしみじみとそう呟く。生憎俺は傘を持っていない。残念なことに、鞄にも折りたたみ傘を常備している性格ではない。
「ジャジャーン!」
夕紀が自分で効果音を出しながら取り出したのは、さっき福引で当たった傘だった。
「これで一緒に帰ろ??」
そう言って傘を差し出す。
「夕紀も傘持ってきてなかったのか」
「う」
あまり弄ると怒るので、差し出された傘を受け取り、中に入るように引き寄せる。
「傘当たって良かったね」
「そうだな。今日は運が良い」
「あ、でも急に雨降ってきたから気を付けなきゃね」
「占いの事か?」
そういえば、占いで雨の日に気を付けろなんて言われていたな。マンホールで滑ったり、車に水を掛けられたりしないようにすれば良いのか?
「まあ占いに言われるまでもなく、夕紀は転ばないように気を付けないとな」
「う、酷い…」
しょんぼりと項垂れた頭を撫でながら、それとなく気を付けてバス停へ向かう。
バスは少し前に出てしまったようで、バス停には誰も居なかった。特にベンチなどなく、屋根すら無い、バス停の看板だけがある小さなバス停。なのでバスを待つ間はずっと雨に晒され、車道の横に立ちっぱなしだ。
なので、車が通る度に水が跳ねたりするが、占いで警告されるほどの出来事は起きなかった。
「まあ占いなんてこんなもんだろ」
無事にバスに乗り、座席に座れるとそんな感想が出てきてしまった。
「うーん結構当たるって噂だったんだけどなー」
当たるも八卦当たらぬも八卦。そう言いながらも、なんだかんだで結構気を張ってしまっていた自分がバレないように、照れ隠しをしてしまう。
「困難や挫折が多くても俺がなんとかするよ」
「ん?なんて言ったの??」
「なんでもない」
こうして文化祭も終わり、いつしか季節はもう秋になっていた。
占い
売らない
裏無い