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第六話 四度目の苦虫


 ◇

 そして迎える文化祭当日。準備の量も少なかったことから、我々のクラスは自由に使える時間が有り余っていた。

 なので、自分のクラスの準備が終わると率先して、実行委員や生徒会の仕事を手伝い便利屋のような事もした。

 今回の出し物が福引抽選会場ということもあり、ユニフォームは制服の上に法被と鉢巻きスタイル。満場一致で決まったが、こんなノリのクラスだっただろうか疑問に感じなくもない。

 教室の仕切り方は、抽選スペースを教卓があった場所に設置して、バックヤードはそこから窓際の三分の一辺りまで斜めに仕切ってスペースを確保した。休憩スペースは、四角と直角三角形が合体したような形になっている。商品を黒板の前に置く為、当初予定していたものより抽選スペースが大きくなった気がするのは誤差と言っていいのだろうか。

 そんなこんなで出来上がった我がクラスの出し物を眺めていると、不意に肩を叩かれた。


「ん?」


 振り向くとそこには理恵が立っていた。しかも半ば嫌そうな、不機嫌を隠さない表情で。


「声を掛けるのも嫌なのか」

「違うわよ馬鹿」


 そう言うと、何やら小さなメモらしきものを突き出してきた。文字通り、当たったら怪我をしそうな速度で突き出してきた。


「もう少し穏便に会話できないのかお前は」

「あたしはあんた達の配達係じゃないんだけど?」


 申し訳ない。そう言って突き出されたメモを受け取る。女子高生らしく、ハード型に器用に折られたメモだった。受け取るのがやや恥ずかしい。


「どうせ文化祭一緒に回らないか、とかそんなことでしょうに」


 メールで言いなさいよ。などと横で不機嫌度を上げていく理恵には申し訳ないが、内容はそんな用事ではなかった。


「これ渡された時夕紀の様子はどうだった」

「いや、それ鈴田からあんたに渡してくれって言われたんだけど?」

「そうか」

「あれ?そう言えば夕紀からとは言ってなかったかも…」


 それを聞いて俺は足早に教室を出た。向かう先は隣の教室。幸宏や夕紀、そして玉置の居るクラスだ。

 メモの内容は玉置から夕紀へのアプローチだった。きっと幸宏が夕紀からこのメモを預かり、玉置に気付かれないようにこうした形で回したのだろう。

 夕紀から目を離しては置けない。あいつの目的は、俺を貶める事でも苦しめることでもない。あいつは夕紀を自分の物にするつもりだ。


「幸宏」

「おう親友!どうした?まだうちのクラスは準備中だぜ」

「あ、智くんこんにちはー」


 幸宏の側には夕紀も居た。約束通り玉置を近づかせないようにしてくれているようだ。

 しかし、このクラスはうちのクラスと違い、未だに俺への視線が痛いな。それでも、うちのクラスでの評判を聞いて、少しは態度を改めてくれている生徒も居るようだが。


「二人共文化祭の予定は決まったか?」

「ははーん。俺とデートしたいと??」

「気持ち悪いこと言うな」

「イダダダダダダダッ!!!」


 悪ふざけが過ぎる男に躾をするのを忘れない。


「あんまり酷いことしたらダメだよ?」

「友情表現だから平気だ」

「そっか、複雑なんだね…」

「大西も納得するなよ!?」


 ニコニコと俺達の行動を見守る夕紀。そして、そんな三人をクラスの人間に見せる。そうすることで、噂がただの噂でしかないことをきちんと態度に出す。


「それで夕紀はいつ休憩になってるんだ?」

「えっとね、今日のお昼と明日の午前中に一時間ずつ」

「そうか」

「ちなみに俺は、今日の昼と明日の午後一時間なー」

「智くんは?」

「俺は休憩自由」

「はっ!?なんだその優遇!!」

「まあ色々やったからな。根回しと交渉で得た報酬だ」

「生徒会のお手伝いも有難う御座いました」


 手伝った日と同じように、丁寧にお辞儀をする夕紀。いや、少しおどけているようだった。


「なら今日の昼は三人で回って、明日は二人で回るか」

「明日お二人さんはデートですかーいいですなー」


 そう言ってわざわざ見上げるようにしてくる幸宏を、俺はもう一度躾けるのだった。





 休憩自由と言っても、一日中休んで良い訳では勿論無い。ただ単にいつ休憩してもいいというだけだ。そこの所を早とちりした馬鹿は、二度の躾ですっかり大人しくなっているだろう。

 抽選会場の店番は準備期間を免除されたクラスメイトがやっているので、やる事といえば各クラスできちんと抽選券が配られているかなどの見回りと、文化祭のパンフレット配りだ。

 例年パンフレットは実行委員が受付で配っていたが、今年は無理矢理抽選会などと盛り込んだ為、うちのクラスが手伝うことになった。勿論、パンフレットの作成にも一役買った。


「おはようございます。こちらパンフレットになります」


 丁寧に応対しているが、相手はうちの学校の生徒である。知っての通り、文化祭一日目は学内での敵情視察がメインのドロドロとした…いや切磋琢磨、明日の一般開放に向けて企業努力ならぬクラス努力をする日だ。

 うちのクラスの景品も学生相手ということもあり、学食の割引券や、購買のカツサンド引換券など学校生活にちなんだ物がメインになっているはずだ。明日の一般開放では鎌子駅前商店街協力の下同じように割引券やポイントカードから日用雑貨、生徒寄付の商品が並ぶ手筈になっている。勿論俺も愛用の携帯音楽プレイヤーを寄付している。

 これは将来思い出の品になる筈だったアイテムだ。タイムスリップする前は、この携帯音楽プレイヤーだけが高校時代の楽しかった思い出に繋がっていた。夕紀と二人でイヤホンを片方ずつはめ一緒の音楽を聞いたり、二人の好きな曲を入れて部屋で流したり。そんな青春の甘酸っぱい思い出を思い出させるものだった。

 でも、それをわざと手放すことで改めて覚悟を決めようと思った。思い出にさせない為に、『あの頃』だなんて思い返すだけにならないように。





「さて何処から回る?」


 俺の右斜を歩く幸宏が、首だけこちらへ向けそう言ってきた。それほど廊下は混んでいないが、前を向かないと人にぶつかるだろうに。横着な奴だ。

 時間は丁度昼過ぎ。ついさっき二人の休憩時間になり、教室前で合流した所だ。


「そうだな、何処か行きたいクラスあるか?」

「うーん」


 夕紀の手には俺が受付から持ってきたパンフレットが握られている。こちらも前を向かずその内人にぶつかること間違いなしの状況だ。幸宏と違い夕紀はどこか鈍い為、その光景が鮮明に思い浮かぶ。


「きゃっ!?」


 言わんこっちゃ無い。予想したよりも早く人にぶつかっていた。


「気にしないでいいよ~大・西・さん」


 しかしぶつかった相手は、予想したくない人物だった。どこか飄々としたニヤケ顔を浮かべた人物。掴みどころは無く、しかしその裏に隠されている嗜虐的な性格を俺は知っている。


「玉置…」


 そう呟いたのは俺と幸宏どちらだったか。苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる俺達を無視するように、玉置は夕紀に声を掛けるつもりのようだ。


「大西さんも休憩?奇遇だね。良かったら一緒に回って良いかな」


 当然却下。なのだが、夕紀が理由もなく断れるはずのなく。


「あ、うん。智くんと幸宏くんも一緒だよ?」


 そう言って、渋々ながら受け入れてしまうのだった。誰にでも優しく、そして公平で清廉。それがこの子の良いところだ。それを歪めてまで俺の我儘を通すわけにはいかなかった。


「本当!?ありがとー。友達と休憩時間が合わなくて退屈してたんだよね~」


 こうして俺にとって最後の文化祭は、波乱の様相で幕を明けた。




そうそう上手く行くことばかりではない人生

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