第五話 四度目の影絵
◇
三年になれば教室を見渡しても、参考書を片手にひたすら勉強をしている生徒ばかりだ。
その中で、勉強せず携帯音楽プレイヤーを片手に、文庫本を読んでいる生徒が居れば嫌でも目立つ。
「お前は推薦決まったんだって?」
合唱コンのこともあり、最近ではこうして普通に話しかけられる事も増えてきた。
「とりあえず、はな。一応大学も視野に入れてるけど、とりあえずは専門をサクっと卒業して就職コースだ」
「へいへい、気楽なことで」
そう。俺は数日前なんとか一次の推薦枠で専門学校の合格をもらっていた。
このまま卒業まで何事もなければ、晴れて夢に一歩近付くことになる。
「そういや、そろそろ学園祭準備期間だなー」
「今年は何すんのかなー」
「まあ準備してる時間も惜しいし休憩室とかがいいわ俺」
話はいつの間にか、今月末にある文化祭の事にシフトしていた。
「文化祭か…」
高校三年目の文化祭。俺にとってはコレといって思い出はない。夕紀とは距離があり、周りからは冷めた目で見られ、ただひたすら準備に集中していただけの灰色の日々だった。
ちなみに、前回もその前の時も、大して変わらない文化祭だった。
「あれ?結局あまり未来は変わってなかったのか?」
過程は色々違うけど、結果を見てみるとそう大差ない。改めて思い至る事実に打ちのめされそうになる。
しかし、今回は開始から何から今までとは違う。平気なはずだ。そう自分に言い聞かせるしか無かった。
◇
文化祭の準備が始まると、参考書を持つ生徒と、大きな布や、飾りを持つ生徒と半々ぐらいで教室が割れた。
前者は当日の店番などを引き受け、準備を免除された勉強組。後者は当日を自由に過ごすために、準備に東奔西走する組。
俺はそんな中、他の教室から長机や椅子などを運び込んでいた。
「何を…血迷ってっ…こんな出し物にしようとしたんだお前は…っ!」
俺と長机を運んでいるクラスメイトが、そんなことを言ってきた。
「出し物が特に出なかったから適当にな」
「だからって抽選会場ってなんだよ…」
俺が出した案は、どうせ休憩スペースにするなら、付設で抽選会場でも作ればどうだ。という案だった。
他のクラスで食事や商品を買うと、抽選券が貰え、それを数枚集めると休憩がてら景品をゲット出来る、そんな出し物だ。
「お前の突飛な案でどれだけの人間が迷惑したか」
「まあ学級委員から、文化祭実行委員に生徒会。まあ色々動かしたな」
各クラスに協力をお願いするために学級委員を、文化祭のアトラクションとして組み込んでもらう為に実行委員を、教師に理解を促すために生徒会を。
思い付きで言った割には、なかなか面白そうな出し物になったと自画自賛。
「まあ、景品を集めたり抽選機を借りてくるだけで済むから楽でイイんだけどなー」
商品はクラスから持ち寄りが半分、後は学校側が支給する軍資金で賄う。
「どこも毎年同じような店構えだったら、つまらないだろ」
「違いねぇ」
そんな会話をしながら、俺達は教室の後ろに長机を移動した。すでに何度か往復したお陰で、設営に使う分の長机は運び終えたようだ。
「あとは景品収集のグループを待つだけか」
その後、景品グループも役割を終えぞろぞろと教室に帰ってきた。景品はティッシュから携帯音楽プレイヤーまで幅広く、本当の抽選会さながらのラインナップ。流石に旅行や、大型家電製品なんてものはないが。
「あとは当日までに飾り付け考えましょう」
理恵似の活発女子がそう言うと、文化祭準備に当てられたRHLは、飾り付け会議の場に変わる。
このクラスの特徴なのか分からないが、休憩に使う椅子や長机などの数は、予め計算して揃えたが肝心の飾り付けは後回しになっていた。
「それじゃあとりあえず、アンケート取るからこの紙にどんな飾り付けをしたいか書いて」
そう言うと、男子の学級委員が手に持っていたコピー用紙らしき紙を、前から順番に配っていった。すると、
「んなこと言われても俺何も浮かばねえんだけどな…」
「折り紙で輪っか作って繋げるあれしか浮かばねぇ」
「男子しっかりしなさいよ。これだから男子は…」
「でも、あたし去年は男子に任せきりだったからこういうの苦手かも」
口々にそう言うクラスメイト達。中にはこういう事が好きなようで、用紙が配られたと同時に書き始める生徒も居たが、大半は困惑気味だった。
かく言う俺も、味気ない休憩室という出し物を華やかにする案はすぐには浮かばなかった。
ましてや、抽選会を併設したことで教室の半分ほどが埋まってしまう計算。そこにゴテゴテした飾り付けをすると、ただ居心地が悪い休憩室が出来上がりそうでもある。
「こないだみたいに藤田に頼めばいいんじゃね?」
あまり聞きたくなかった提案だ。俺も万事有能なわけじゃないので、こんな風に丸投げされるのは困る。なので釘を打っておく。
「教室のレイアウトぐらいは考えるけど、それ以上は俺一人でやったら時間が足りないぞ」
提案した男子もつい口から零れただけのようで、「ああ、そっか…」とすぐに納得してくれて助かった。
その後も会議は遅々と進まず、結局レイアウトを俺が考えてからその場その場で飾り付けを考えていくことになった。先行き不安でしかたない。
◇
レイアウトを俺が考えると言ってしまってから、もう2日が経とうとしている。
今日も俺は図書室で、教室を模した長方形が書かれた紙に、色々と書き起こしていた。ああでもないこうでもないと、既に何十回も書き直しているため紙には色々な線の痕がついている。
「レイアウトって言っても長机をどう並べるかだけなんだがなー…」
そうは言っても、景品や荷物を置くバックヤード、抽選所、休憩スペースなど幅を取る用途ばかり。どうしても思い通りに収まってくれない現実があるせいで2日も時間を掛けてしまっている。
今日も休憩スペースの取り合いが悪そうな案しか浮かばず、下校の時間になってしまおうとしていた。思うように作業が進まない事に、溜め息を吐きかけたその時、
「智くん?」
手慰みにシャーペンをグルグルと回していたので、後ろからそう声を掛けられ、思わず床にシャーペンを落としてしまった。
「あ、ゴメンね驚かしちゃった!?」
あたふたと謝る夕紀。何を思ったのかご丁寧に、拾ったシャーペンを献上するかのように平伏し両手で渡してきた。
「大丈夫。少し気が抜けていただけだ」
「そっか…良かった」
ほっとしたようで、胸に手を当てる仕草が妙に夕紀らしかった。渡すときの慌てっぷりも相まって、自然と顔がにやけてしまいそうだった。
そんな中、自分が笑われそうになっているとは露知らず、夕紀はいつも通りのにこやかな顔で質問をしてきた。
「最近よく図書室にいるね。何かお勉強?」
どうやら、ここの所図書室に通っていた俺を見ていたらしい。きっと日を追う毎にイライラしていく俺を見て心配になり、今日は声を掛けてきてくれたのだろう。声を掛けるか悩んで、ウロウロしている夕紀を想像するとまた少し微笑ましくなった。
「いや、文化祭の準備をちょっとな」
俺の手元が気になるのかチラチラと視線が動いている。特に隠す事でもないので隣に座るように促すと、すぐに座り、俺との距離を気にする事無くずいっと身を乗り出して来た。
「教室のレイアウトを俺が決めることになっただけだよ」
そう言って少し書きかけの紙を夕紀が見やすいように紙を寄せてあげる。そこに書いてあるのは没案なので少々気恥ずかしかったが、良い格好をするのは止めにしたかった。
「へぇー…」
そう言って難しそうな顔をしながら図面を睨みつける。そこまで複雑なことは書いていない筈なんだが…。
「…」
「…」
しばらく無言の時間が続いた。そろそろ下校時間なので、切り上げようと思ったが、こういう時間を大切にしたいと思う気持ちもあり切り出せずに居た。
「ねえねえ」
「なんだ?」
「これって四角く区切らなきゃいけないのかな?」
え?
そう返すことしか出来なかった。夕紀が聞いてきたのは、俺が何度も書いたり消したりして出来た、紙にうっすらと残っている線を示していた。
四角い教室をただひたすらに、四角く区切っては消して区切っては消しての繰り返し。
完全に頭が堅くなっていた。
「いや、そんな事はない…」
「あれ?余計なこと言っちゃった…?」
俺の顔が余程強張っていたのか、夕紀は少し申し訳なさそうだ。むしろ、自分が如何に切羽詰まって居たかを知れて、感謝しているとことなんだが。
「そんな事はない。夕紀が柔軟で助かった」
「そ、そう?えへへ」
素直に喜ぶ夕紀を見ていると、少し意地悪したくなる。これは愛情だ。うん、愛情だ。
「顔も緩いけどな」
「ちょっと智くん!?今なんか酷いこと言った!!?」
気のせいだ。そう言いながら、俺は紙を鞄に仕舞い図書室から颯爽と出ようとした。早く家に帰り、今頭に浮かんでいる案を紙に書き起こしたい。そんな感情を久しぶりに持っていた。
「ま、待って一緒に帰るんだから!」
下校時間が楽しいのはいつ以来の事だろうか。俺は恥ずかしながら、掌にかいていた汗を無意識に制服で拭っていた。
バスに乗って駅へ向かうなんて事は端から考えていなかったように俺達は徒歩を選択した。
夕日に背中を押されるように坂を下る二人の影は、いつかの日のように一つに繋がっていた。
繋がっているのは手か肩か唇か
はたまたそれとも心か