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第一話 四度目の心意気


 高校二年にもなると、進路指導にも熱が入り、度々教師に呼ばれることがある。

 今日も放課後進路指導室で担任と進路について話しあった所だった。


『お待たせ』


 教室に戻ると、俺の席には夕紀が座っていた。どうやら俺を待っていてくれたようだ。


『智之くん進路決まった?』

『いや、先生が薦めてくれる進路ってなんだかしっくり来なくて』


 今日も、進学とだけ伝えて話は終わってしまった。


『そっかー。お父さんのお仕事って継がないの??』

『親父の仕事かー…』


 親父はインテリアやエクステリアのデザインをしている会社の社長だ。社長と言っても自営業なだけで言うほど大きい会社ではない。

 従業員も二人だけの小さな下請け会社だ。


『俺が継ぐって言っても継がせてくれるかどうか』


 苦笑しながら、もしそう言った時の親父の反応を思い浮かべる。きっと、馬鹿にしたような口調で“出直してこい”の一言だろう。


『そっかー。お父さん厳しいんだね』


 でも。そう言って夕紀は少し羨ましそうに俺を見ながら言葉を続けた。


『家族でお仕事出来るって素敵だよね』


 夕紀の家族構成を考えると、自分が如何に恵まれているか、贅沢な悩みを持っていたのかと思い至る。


『同じ仕事じゃなくても、似たような、そうだ!』


 俺が言葉を出せずに居ると、夕紀は何か思いついたように椅子から立ち上がった。


『デザイン系の学校行ってみるのはどう!?』

『デザイン?』

『そう!!それで一杯一杯デザインの勉強をしてお父さんのお手伝いするの!!』


 デザインの学校…。親父の仕事を手伝うかどうかは別として、確かにものづくりというのは興味が惹かれる世界だった。


『あとねあとね?』


 これまた、何かを思いついたようで、少し恥ずかしそうに身体を揺らしながら話を続けた。


『私とも、お仕事できたらいいなーって…』

『そういえば、夕紀の進路ってなんだ?』


 俺よりも先に進路が決まっていたようなので、進路指導を受けている様子は無かった。なので、今の今まで夕紀の進路を聞く機会が無かったので俺は知ることが出来ずに居た。


『私の進路はね。服飾のお仕事!』


 その夢を語ることが嬉しいのか、それともその仕事に思いを馳せること自体が楽しいのか。満面の笑みでそう教えてくれた。


『ふくしょく…?』


 が、残念ながら俺の今までの人生には馴染みのない言葉だったので上手く理解が出来なかった。


『洋服とかアクセサリーとか、とにかく人が身につける物をデザインしたいの!』


 服飾。それと俺がデザインを学ぶことの繋がりが未だに見えて来なかった。


『俺にも服のデザインとかを学んだりして欲しいのか?』

『それはそれで嬉しいけど違うよー』


 俺が言った事が面白かったのか、笑いながら否定された。


『もし私がデザイナーになれたら…私のお店を智之くんがデザインして?』


 この時俺は、単純な男の性を恨みながら、そんな未来を、夕紀の夢を実現させたいと思ったのだ。


『分かった。“約束”するよ』






 ◇

 目覚めは良かった。きっと夢に見た光景が自分の立脚点を確かにしてくれたからだろう。

 何度も同じ生活を繰り返してきたせいで、自分が何に執着していたのか、それすら曖昧になってきた気がする。


「夕紀に一つでも多く笑って過ごす思い出を。そして」


 “約束”を果たす。

 ベッドから降り、制服に手を伸ばした所で気が付く。手に持った制服が…重い。

 その違和感にどこか焦りを覚えた。

どんな理由で俺がタイムスリップしているのかが分からない。と、言うことはいつタイムスリップしなくなるかも分からない。前の二回が同じ日に戻ったからと言って、毎回同じ日付に戻るとも限らない。そんな事を失念していた。

 俺は慌てて日付を確認する。

 部屋の置き時計に表示されていたのは、9月4日。それは俺が毎回戻る日付だった。

 ならあの違和感は何だったのだろうか。

 そこでふと、隣に表示されている年に目をやった。

 そこに表示されていたのは今回の俺が高校三年である事を示すものだった。そう、前回、前々回とは違い、高校三年の9月4日。記憶を辿り更なる事実に絶望を感じた。

 俺が夕紀と別れるまで残り2ヶ月。




 ◇

 ある意味余命宣告に似た事実があったとしても、俺は学校に行かねばならない。行かなければ俺がこうして戻ってきた意味も、希望も無くなってしまう。

 少しずつ、この頃の出来事を思い出していく。毎日ある嫌がらせや、聞くに堪えない噂。夏休みが明けたこの頃から、目に見えて変化してきたはずだ。いつから動き始めていたのかは定かではない。しかし、三年に上がって数ヶ月も経ち、自分が大きな何かを見落としていた事に気がついたのもこの時期だ。


 そんな事を考えながら、通い慣れた学校への道を行く。電車の時刻や、バスの列に並ぶことさえ、半ば自動運行しているかのように無意識にこなしていく。


「おはようさん!」


 バスから降り、正門を跨ごうかとしていると、後ろから声をかけられた。


「ああ…おはよう幸宏」


 その声に胸の中で様々な感情が沸き起こり、それを声色に出さず返事をするのに少し苦労する。


「なぁなぁ~やっぱり宿題写させてくれたりしないか?なぁ?」


 幸宏は昨日までの俺と話すように、自然と話題を振ってくれている。あの幸宏は本当にもう戻って来ていないのだ。

 俺も幸宏にとっての昨日までを、壊さないよう自然な返事をする。


「そんな事で受験受かるのか?」

「ぐっ…デリケートな時期になんてことを…」


 幸宏は俺に次々と話題を振ってくれる。それは、俺の意識が周りに及ばないようにという、不器用な気遣いなのだと、今の俺は気が付くことが出来た。


「幸宏、俺は大丈夫だから」

「…」


 少し驚いた表情を見せる幸宏。昔の俺ならきっとこいつの話にただ甘え、下を向き、心のどこかですでに諦めていただろう。

 夕紀に信用されていない事を他人のせいにして、信頼されていないことにただ落ち込み。


「俺は、まだ諦めてないから」


 そんな俺がどこまで変われたか。俺は、昔の俺が出来なかった事をする為、ここに戻って来たはずだから。


「俺はあんな奴に負けてなんかやれない」


 絶句している幸宏を横目に、笑いながらそう言ってやる。幸宏に心配させないように、不安にさせないように。



 しかし、


「智之?熱でもあるのか?それとも厨二病でもこじらせたか?」


 別の理由で心配させていた。まあ、笑いながらそう言う幸宏にはちゃんと伝わっていると思う。そう信じたい。多分。





 だが、その日もやはり嫌がらせは後を絶たなかった。怪我をするなど、肉体的な傷は一つも増えないが、提出したはずの宿題が消えたり、俺に聞こえるように悪口を言ったり、用具室から出れなくなったり。

 実に幼稚だが、こうも立て続けに起これば精神的に疲労は溜まる。いくら痛くも痒くも無いと言っても、煩わし事には変わりない。


 いつまでもこうして、何も言わない事が事態に拍車をかけているのもまた事実だろう。人によっては俺が文句を言わないことが、噂が真実である証拠などと都合の良い解釈をしかねない。

 そんな事に気が付くのに時間が掛かってしまった。いや、気が付いていても当時の俺には、その全てに抗う気力が無かったのかもしれないが。






 ◇

 俺が行動を起こす日は早々に訪れた。

 その日は指定校推薦やその他推薦を受ける生徒が教室で説明を受けていた。推薦を受けられるだけの成績や素行の良い生徒が多いのだろうと、俺は気を抜いていた。勿論夕紀も教室に居るが、俺の顔を見るなり焦ったような様子で離れた位置に座ってしまっていた。



 説明が続く中、俺の後ろに座っている数人が何か小声で話し始めた。


「あいつも推薦受ける気なんだな」


 小声と言っても、席が近いせいで丸聞こえだったが。


「どの面下げて推薦なんて受ける気だっての」

「自分がどんな噂されてるか知らねえんじゃねえの?」


 こんな所にも居たのか。そんなぐらいにしか感想は出てこなかった。


「あいつの彼女ってことは相当な変態らしいな」

「噂通りなら脅せばやらせてくれんじゃね?」


 そんな声を聞くまでは。


「暴力彼氏に脅されて股開いちゃうような尻軽だしな」

「前の彼氏もなんか酷かったらしいぜ?」

「ドMの変態かよ」


 それ以上口を開かせるのが我慢出来なかった。


「先生」

「ん?質問は後で時間取るぞ」


 説明の途中で遮った、やや眉を寄せられた。しかし、そんな事に構っている余裕は無かった。


「後ろの二人が少し煩いので退出させてもらえませんか?」

「そうか。ならそこの二人、私語をするなら出て行って構わないぞ」

「すみません!もう喋りません!」

「す、すみません」

「それから、藤田も。あまりに煩かったら先生が注意するから説明に集中してなさい」

「分かりました」



 教師に注意されたのがよっぽど堪えたのか、その後は私語もなく滞りなく説明会は終わった。

 しかし、


「ったく、どっかの馬鹿のせいで内申下げられないかヒヤヒヤだったわ」

「本当だぜ。自分のことは棚上げで人の注意なんかしやがって。死ねよクズ」


 教師が居なくなり、それぞれ帰る支度をし始めている中、そんな声が聞こえた。


「いい加減にしろよ?」


 俺は振り向きながらそう言い、一人の肩を掴んだ。顔を見ればそいつは、隣のクラスの人間だった。ようするに、夕紀のクラスメイトだ。


「なんだよ」


 俺が文句を言う事が不満なのか、肩に置いた手を払われた。そんな様子に、周りに居た生徒も動きを止めこちらを伺っているようだった。


「あ?なんか文句あんのかよ暴力彼氏さんよ」

「どうせ俺らの話を盗み聴きしてたんだろ?」

「そうだ、お前に頼めば貸してくれるのか?大西ちゃん」

「…っ!?」


 周りが様子を伺っていたせいで、その声は夕紀に届いてしまったようだ。

 言った本人もまさか夕紀が聞いてるとは思わなかったのか、まずい表情をしていた。


「いい加減にしろって言ったのが、聞こえなかったのか?」


 夕紀にも聞こえるように俺は少し声を大きくする。


「俺がどんな噂をされるのはどうでもいい。そんな事で自分の優越感を満たしたいなら勝手にしてくれ」


 そう言いながら俺は壁際まで目の前の生徒を追い詰める。

呼吸を落ち着かせながら、俺は溜まった煩わしさを吐き出すようにさらに声を滑らせる。


「俺に対する陰口やら嫌がらせは好きにしろ。俺はそんなもの痛くも痒くもないし、全く見当違いな噂

なんかを気にするほど暇じゃない」


 その内に俺は振り向き、目の前の二人にではなく、教室に居る十数人に向かって声を出していた。


「俺に不満があるならなんでも言って来い。言いたいことがあるなら言って来い。文句がある奴も言って来い。クソみたいな噂なんかを信じて、俺の時間を浪費させる奴が居なくなるように、一人残らず相手してやる」


 そこで言葉を切る。教室に居る生徒の反応は様々だった。俺を馬鹿にするように鼻で笑う生徒も何人か居た。きっと噂でしか俺の事を知らない人も少なくないだろう。そんな人に俺の意見が届いたかどうかは分からない。

 だが、何も言わずにただ耐えていた頃よりは幾分か、俺を見る目に棘を感じなくなった気がした。


「それともう一つ」


 壁際に追いやった夕紀のクラスメイトにもう一度振り向く。


「夕紀を傷付ける事を一言でも口にしてみろ。その時は絶対に容赦はしない」


 そう言いながら、目の前の男子の腕を引っ張り、そのまま床に引き倒す。


「わ、分かったから、は、離してくれっ」


 その男子は背中にまわした腕を開放すると鞄を持ってそそくさと教室から出ていった。

 その後、教室に残っていた生徒もみんな続々と教室を出て帰って行った。その中で夕紀の様子が気になり姿を探したが、残念ながら見付けることは出来なかった。





 しかし、帰りのバスに乗っていると携帯電話にメールが届いた。



ただ一言『ありがとう』と。


負けない事 投げ出さない事

逃げ出さない事 信じ抜く事

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