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第十二話 三度目の理解


 当時を思い返していた俺は、徐々に増えていく人の音に意識を現在に戻していた。

 卒業してからの幸宏と大西の事はよく知らない。

 ましてや、幸宏と大西が結婚していたことなんて、高校時代の友人が皆無な俺には、風のウワサですら聞けなかった。

 さらに言えば、そんな事をまさか大西の通夜で知ることになるなんて想像もしなかった。


「やあ、なに眉間に皺寄せて怖い顔してるの」

「いや、昔のことを思い出していた」

「なるほどねー」


 俺に通夜の事を知らせてきたのは他でもない祐也だ。高校時代の友人経由で連絡が来たらしい。

 祐也と話をしていると、それまで俯いてすすり泣いていた男性がこちらに気が付いた。


「幸宏」

「智之…!?」


 何か、俺を見つけた時の顔が救いを得たように見えたのは気のせいだろうか。


「智之。ちょっとこっちに来てくれ!」


 俺は幸宏に式場のバックヤードに連れていかれた。俺としては今更幸宏と話すことは特にないのだが、強引に腕を取る幸宏を振りほどくほどの理由もなかった。



「頼む!夕紀を救ってくれ!」

「は?」


 周りに人が居ないことを確認するとそんな事を言ってきた。

 こいつは遂に頭がおかしくなったのか?救うも何も、大西はもう…。


「何を言ってるんだ?夕紀が死んだのを信じられないのは分かるが、落ち着け」

「違う!」

「何度も高校時代に戻ってるお前なら分かるだろ!」



「はっ?」


 こいつ、今なんて言った?高校時代に戻ってる…だと?


「俺じゃダメだったんだ」


 俺が幸宏の言葉に驚愕し、言葉をなくしていると、急に落ち着いた幸宏はしゃがみ込みながら懺悔するように口を開いた。その姿は懺悔をするようだった。


「初めは、夕紀ちゃんの通夜の帰り…泣き叫んで疲れきってたお前が心配で、同じ電車に乗ったんだ。そこで居眠りしたのか記憶が飛んでて」

「そうしたら、目が覚めた高校生になってて…」


 それは俺と同じ体験したことと同じだった。


「俺はよく分からなくて大人しくしてたんだ。ほら、映画とかだと五月蝿いやつほど先に死ぬだろ?」


 それは、パニック映画とかスプラッタの見過ぎだと思ったが、どうでも良くなった。それが、俺の知っている幸宏らしい考えだったからだ。


「そうしたら、智之が変なこと言い出して、急に色々変わりだして気が付いたんだ。コレは現実なんだって」


 変な事って言うのは俺が大西に迫っていた時のあれだろうな。


「でも、智之がどんどん追い込まれていくのを見たら、俺も動くのが怖くなって。結局何も出来なかった」

「そのまま後悔しながら卒業したら。また夕紀ちゃんが死んじまって」

「その後は覚えてるかもしれないけど、もしかしたらって思って智之と同じ電車に乗ったんだ。そうしたらまた」

「目が覚めたら高校生だったと」

「ああ。前回の事を踏まえて俺は積極的に動いたんだ。やれもしない役をやったり、苦手な事にもチャレンジしたり。それもこれも、夕紀ちゃんの気を引くために」


 そうか、そうだったのか。こいつも…


「俺、一目惚れしてたんだ。初めて智之に夕紀ちゃんを紹介された時に。でもさ、ほら親友の彼女を取るのはダメだって思って…」

「なら今回のことはどう説明する気だ」

「本当は二人が付き合う前に俺が夕紀ちゃんと結ばれたかったんだ。一度は諦めようともしたんだ。でも…」

「一度失敗してる智之には任せておけないって思って…」

「っ!」


 思わず拳を握りかけたが、どうすることも出来ずに力を抜く。

事実だからだ。事実、俺は大西を幸せにすることが出来なかった。


「あんな男に夕紀ちゃんを奪われて!それなのに何も無かったように笑ってて!それなら、今度は俺が夕紀ちゃんを幸せにしてみせるって!」

「そう思ったんだ…」


 そう言いながら更に深くうな垂れる。幸宏の葛藤がどれ程のものだったのか俺には想像出来なかった。しかし、幸宏をそこまで駆り立てる気持ちは俺の中にもあった。今こうして膝をつき頭を垂れている姿に、一瞬俺が重なった。


「頼む…智之。お前がもう一度あの日に戻れたら今度こそ夕紀を…夕紀ちゃんを幸せにしてあげてくれ…」


 そう言いながら幸宏は、喪服の内ポケットから小さな手帳を取り出し俺に渡してきた。


「これは?」

「夕紀の周りに起きた出来事が書いてある」


 開いて見ていくと、日付は丁度高校二年から始まっていて、一番新しいものは先週の日付になっていた。


「コレを俺に?」

「ああ、出来るだけ覚えておいてくれ。そのまま再現されるとは限らないけど、少しでも多く夕紀ちゃんに幸せな未来を見せるために」


 備えはあったほうがいいだろ?そんな事を零しながら幸宏は立ち上がった。

そんな幸宏に俺は少し聞きたいことがあった。


「俺を罠にはめた方法は幸宏が考えたのか?」

「いや、あれは玉置が考えてたことの一つだ」

「俺が使った手は、目立ちすぎるから実行に移す気はなかったみたいだけどさ」

「沖縄で夕紀ちゃんが智之に買った物と同じ物を買って、それを使って智之に罪をなすりつける。言葉にしてみると、なんだか三流小説にありがちなトリックだな」


 仕掛けはシンプルだけれども、一度掛かってしまえばなかなか抜け出せない。


「本当に悪質な手口だったよ」


 だが、大西が俺の事を思って別れを告げた時、俺はある確かな実感を得たのも事実だった。

 歴史は変えられる。



「これからお前はどうするんだ?」

「俺は…もういいんだ」


 膝に付いた埃を払いながら幸宏はそう言った。その顔はどこか憑き物が落ちたように見え、懐かしい雰囲気を覗かせていた。


「やっぱ親友の彼女を奪った報いってやつなんだろうな」


 自傷気味に笑いながらボサボサに伸びた髪を掻き上げる。改めてよく見ると、オシャレに気を使う幸宏らしくない、無精髭や整えられていない髪型だった。きっと俺に対する後ろめたさも抱えながら、今までがむしゃらに生きてきたんだろう。

そんな事を感じた。


「俺はここで頑張っていくよ」

「そうか…」

「俺だけの思い出も出来ちまったしな」


 泣き笑いのような顔で幸宏はそう言った。




 幸宏を控え室に連れて行き、その足で通夜の会場に戻ると参列者に挨拶をしている夕美さんを見つけた。

 挨拶をしなければ、と言う気持ちとは裏腹に足は思ったように動いてくれない。


「あら」


 そうこうしている内に夕美さんと目が合ってしまった。最後に会ったのはいつだろうか。少なくとも5年以上は経っている。しかし、夕美さんは予想よりも若々しい姿をしていた。

 ふと、いつかの泣き崩れている夕美さんと重ねたが、上手く重ねることは出来なかった。


「智之くんよね?」

「はい。お久しぶりです」


 この場に相応しい挨拶かどうかをすっかり失念してしまったが、なんとか返事をすることが出来た。


「そう、やっぱり来てくれたのね」

「それは…」


 勿論です。そう言いたかったが、別れた後一切連絡を取っていなかったのだから、やや信用に欠けると思った。


「過去に何が有ったかなんて、どうだって良いのよ」


 夕美さんは傍らに置いてあった紙袋を取り、その中から一冊の手帳を出すと俺に見せた。


「これ。夕紀の日記なの」


 部屋を整理していて見つけたの。そう言いながら俺に向かって日記を押し付けるように持たせた。


「これを…?」

「あの子だって馬鹿じゃないのよ。言葉にしなくたって、女の勘は誤魔化せないの」


 夕美さんは日記に挟んである栞を指差し、開くように促してきた。


「きっと智之くんは来てくれる。そう思って持ってきたの。正解だったわ」


 栞を頼りに、日記を開くと見覚えのある筆跡でページが綺麗に埋まっていた。


「これで智之くんも楽になってくれたらいいんだけど」


 夕美さんが何かを呟いていたが、すでに俺はその文字を追うことで精一杯だった。




 ―あの日、智之くんと別れた日の彼の顔が頭から離れない。

私が教室に来てくれるように伝えた時、教室で別れなきゃって言った時。彼はなんであんなに疲れた顔をしていたんだろう。

 疲れた顔なのかな。なんだかすごく辛そうで、悲しそうで、諦めているような顔だった。

 あの時は自分の感情でいっぱいいっぱいだったから頭が回らなかったけど、今思うと少しだけ違和感を感じるかも。

 あの日呼び出すまでは自分で言うのもなんだけどラブラブなカップルだった。別れるなんてきっと誰にも想像付かなかったと思う。

 周りになんて言われても、私は智之くんを守るって言ってたんだから。

 理恵だって別れたって言ったら凄い顔でなんでかって問い詰めてきたぐらいだし。

 なのに智之くんはなんでかな?私が言う事が前から分かっていたみたいだった。

 きっと私が智之くんに別れてくれなんて言われたら取り乱してわんわん泣いちゃってたと思う。

 男の子だからかな?

私のことそんなに好きじゃなかったのかな?

なんだか上手く当てはまらないような気がする。きっと理由があったんだと思う。

 きっと私が知らない何かがあったのかもしれない。

 でも、私がこんなこと悩んでたら幸宏くんに失礼だよね。

 マリッジブルーってやつなのかな?

なんだか最近は昔のことをよく考えちゃう。明日は結婚式なんだしもう寝なきゃね。隈が出来てたらみんなに笑われちゃう!






二枚目の栞を開く




 ―今日は同窓会があった。みんな社会人だったり、大学生だったり昔と違う色んな話が聞けて良かった。

 でも、智之くんの姿がなかったのは少し残念だった。

 誰も呼んでないっていうのを聞いて悲しくなった。



 でも、智之くんの幼馴染さんと話すことが出来た。智之くんが元気にしているって聞けて少し安心。あの日から話しかけることが出来なくて、そのまま卒業しちゃったし…

 でも、私が幸宏くんと結婚したって言ったら、すごく残念そうな顔をしてた。

 いつか昔みたいに四人で遊びたいって伝えてもらおうと思ったんだけど、伝えることはできないって断られちゃった。

 幼馴染さんが言ってた、智之くんを裏切ったってどういうことだろう…






 三枚目の栞に指をかける。




―幼馴染さんが言っていた裏切った人。それは私のことじゃなかった。

 それじゃあ智之くんを裏切ったのは幸宏くん?

 分からない。何があったのか分からないけど、幸宏くんが裏切り者だなんて言われるなら、きっと私も智之くんを裏切っちゃってるよ。

 だって私達夫婦だもん。

 過去は変えられないもん。

 でも、智之くんに謝りたい。幸宏くんにも話を聞いて、二人で謝りたいよ。

 智之くんは許してくれないかもしれないけど。二人で何度も何度も謝るんだよ。

あの日、きっと私が思っているよりもずっと傷付けてたよね。

 でも、智之くんが許してくれるならまた4人で一緒に遊びたいよ。






 俺は日記で顔を隠すようにして、溢れ出る熱いものを堪えることしか出来なかった。

 その間、夕美さんは俺の背中をずっとさすっていてくれた。きっと、泣き虫な子にいつもそうしていたように。



 通夜が終わり、俺は幸宏が言った通りに例の電車へ乗っていた。

 夕紀の日記は夕美さんに渡し、一緒に焼いてもらうことにした。これから事故に遭うだろう俺には過ぎたものだと考えてのことだ。

 今回も同じように過去へ戻れる保証は無い。それに、結局のところどうして過去に戻れるのかも分からない。

 俺は、電車を乗り換えながら幸宏に渡された手帳を必死に読み返していた。

 夕紀の身の回りで起きた出来事。部活の先輩に虐められていたことから、文化祭準備期間でのことや、体育倉庫での事件まで載っていた。

 卒業後に起きたことは俺の知らない事ばかりで、幸宏が言っていた思い出というのがこの事だと気付き、とても羨ましく思えた。

 最後のページまで何度も目を通し終え、手帳から眼を離すと、窓の外はいつの間にか雨が降っていた。そう言えば大西の通夜の日はいつも雨だった気がする。

 いや、大西の通夜だけじゃない。あの子の通夜の日も確か…



“次は鎌子、鎌子。お降りの方はお忘れ物ご注意ください”



 沈みかけていた意識を戻し、俺は窓の外を注意深く見た。

 なんでいつもこの場所で俺はタイムスリップするのか。きっとその場所に何か理由があるはずだ。

 アナウンスが流れるということは駅に近付いている証拠。駅の手前にあるものは…。

頭の中に駅周辺の地図を思い浮かべてみるとそこにあったのは踏切だった。



 次の瞬間電車を襲った衝撃で窓から引き離されながら、俺はいつかその踏切に行くことを決めた。



自分だけでは辿りつけない答え

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