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第十話 三度目の幕引き

 学校に復帰してから数日経つと、みんなとの間に感じていた隙間もなくなってきた。

 クラスで修学旅行の思い出話を聞くことが無くなったのも一つの理由だろう。


「智之一緒に帰ろうぜー」

「却下だ」

「おいおいつれないじゃないか親友。彼女が出来た途端にそれはないぜー?」


 言われてみれば、最近幸宏と遊びに行ったりする事が無くなったな。

 付き合う前も、放課後は大西の相談に乗って教室に残っていたし、付き合ってからは放課後一緒に帰って、そのままブラブラと遊びに行くのが日常になっていた。


「悪いな」


 不敵に見えるように笑いながら幸宏の肩を叩いてやる。勿論上から目線で。


「っにゃろ…!」

「智之くんちょっといいかな?」


 幸宏が何かを言う前に大西が割って入ってきた。大西の顔が少し強ばっていたのを見て、幸宏も何か大事な用事だと思ったらしく大人しく下がっていった。中指を立てながら。

 大西にしては珍しい、少し困ったような迷っているような複雑な笑顔だった。


「どうした?」


 邪魔者に手を振り追い払いながら、少し体勢を低くして大西に視線を合わせる。ただでさえ身長が低めなのに、俯いてしまったら視線を合わせるのが更に大変だ。


「どうした?」


 なかなか話始めないので頭をペチペチと叩きながら話しを促す。


「もう!子供扱いしてるでしょ!酷いよ!?」

「そんな事は良いから、話があるんだろ?」

「そんな事って!?知らないからね。後悔しても謝っても許さないからね!」

「いいからいいから」


 ペチペチと叩いていた手を頭に置き、円を描くように動かす。こうすれば落ち着くだろう。ついでに言うと機嫌も治るだろう。


「実は今日お母さんが智之くんを連れてこいって…」


 なるほど自宅訪問か。あれか、うちの娘を拐かした男を成敗するのか。そうかついに死ぬのか俺。


「大丈夫?なんか変な事呟いてたけど…」


 いかん。少し混乱していたようだ。


「俺の事は話してあるのか?」

「うん。私のヒーローだって言ってある!」


 俺は少し頭を抱えた。




 学校の最寄駅から電車で三十分ほどすると大西の住んでいる街に着いた。

 ここへ足を踏み入れるのは一体何年振だろうか。体感時間で言うと…自分の年齢に意識が行きかけたので考えるのは止めた。

 駅から大西の家まではバスで移動だ。バスの中で俺は大西の家族について色々聞かされていた。

 大西の家は片親だ。所謂シングルマザー。母の手一つで育ってきた大西は口では困った母親だと言いながらもどこか誇らしげだったのが今も昔も印象的だ。

 大西の家族自慢を聞いていると程なくバスは大西の家の近くに着いた。




 大西の家に入るとそのまま居間に連行された。大西の母親と大西、そして俺。大西の母親である夕美さん(会うなり名前で呼ぶよう指示された)は名前を言ったきり俺の顔をジロジロ見るばかりで何も言ってこない。

 昔も思ったが夕美さんは若い。シングルマザーという事もあり、色々憶測が浮かぶが大西の性格などを見るかぎり立派な母親だと思う。


「智之くんだっけ?」

「あ、はい」


 無言の時間から、急に名前を呼ばれ少し動転しながら返事をする。


「話はよく聞いてるわ」


 夕美さんが話を始めてから、ずっと大西は下を向いて何かに耐えている。


「沢山話を聞いてくれる所、いつも助けてくれる所、頼り甲斐がある所、優しい所、大人っぽい所、頑張り屋な所」


 きっと大西が言ったことなのだろう。夕美さんが次々と、俺について聞いていることを挙げ連ねていく。


「実際見てみるまで、そんな良い人が居るもんかって思ったの」


 そこで漸く夕美さんは表情を和らげた。今まで、ずっと俺を観察するような眼だったので少し気後れしていたが、やっと落ち着ける。ニ度目だとしても恋人の親に会うのは並大抵の緊張感ではない。


「色んな男を見てきたけど、君なら夕紀ちゃんを任せられそうね」


 前の彼は家にすら来れなかったものね。などとウインク付きで教えられた。


「先輩は大事にしてくれただけだもん…」

「こーら。彼の前で前の男を褒めちゃダメよ。男の子は意地っ張りで、負けず嫌いなんだから」


 確かに、昔の俺なら対抗心燃やしてきっと空回りしている所だろう。俺が苦笑していると、夕美さんが俺の顔を再度観察してくるのが分かった。


「随分大人な対応ねー」

「いえ、先輩が良い人なことは俺も認めていますから。ただ、」

「ただ?」

「ただ、良い人過ぎたんです」


 そう言って俺は先輩の事を思い返す。良い人過ぎて周りの変化に気が付かなかった。いや、気が付いていても先輩には、どうしようもなかったのかもしれない。あの人はきっと友達を疑えない人だから。


「へ~…」


 夕美さんは俺の顔を見て何かに納得した後大西の頭を撫でた。


「いい人見つけたわね。流石私の娘」

「なんかそれって複雑…」


 そう言って二人はひとしきり笑った。



 夕飯まで御馳走になった後、帰り支度を済ませた俺を、駅まで車で送ってくれるという夕美さんに甘えさせてもらった。


「こんなこと私が言うとあの子に怒られそうだけど」


 車の中は俺と夕美さんの二人だ。付いてくると言っていた大西は、夕美さんに洗い物を頼まれ渋々留守番を了承した。

 外は暗く、車内は街灯や家の明かりで照らされていた。時折明かりが差し、見える夕美さんの顔は母親の顔を色濃く写しているような気がした。


「あの子の人生をお願い」


 高校生に言うには少々重い言葉だった。


「別にあの子と結婚しろーとか言うわけじゃないんだけど」


 俺が無言のせいか、少しおどけながらそう付け足した。


「ただ、あの子にはいつも笑っていて欲しいの」

「だから、もし別れる事になったとしても笑って別れてあげて?」


 笑って別れる。きっとそんな別れは無いと思う。だけど、言いたいことは分かった。きっと悲しい別れだけはしないで欲しいってことだろう。

 例えば大西の信頼を裏切るようなそんな…





 ◇

 その後も、夕美さんに呼び出される形で大西家に行くことが増えた。

 その度に夕美さんが大西をからかって膨れさせ、俺が落ち着かせる風景が日常となっていった。

 なんだかんだ言って、最後には夕美さんち楽しそうに笑う大西の姿に俺も自然と笑顔になるのだった。





 ◇

 飾られている写真は、俺の記憶中にある笑顔を切り抜いたように輝いていた。

 俺の意識は親族側に座っている一人の男性に注がれていた。

 椅子に座り、両手の肘を膝の辺りに置き、顔を両手で覆って泣いている男性。

 式場へ案内する係の人が持っている提灯にはこう書かれていた。


―鈴田家葬儀式場―


 そして、祭壇に置かれているのは大西の写真。いや、旧姓大西か。

 そう、今日は鈴田夕紀の通夜だった。

 なんでこんなことになったのか、あの日から俺はずっとそればかりだった。



―何故―



―なんで―



―どうして―



―お前が俺から大西を奪っていったのか―




 何度繰り返したか分からない困惑を頭に浮かべながら、俺はまぶたを閉じあの日々を思い返すのだった。

何故って繰り返すのは未練の証拠

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