第九話 三度目の失態
修学旅行当日、俺はベッドから起き上がることが出来なかった。
「くっ…」
なんとか起き上がるが、それだけで息が切れ全身を気持ち悪い汗が包む。
大西と付き合うようになったお陰で少し気が抜けたのか、情けなくも体調を崩してしまった。修学旅行までに治すため、ここ数日学校を休んでいたのだが、何故か今日になって余計に具合が悪くなっていた。
「取り敢えず下に降りないと」
そう言ってベッドから降りようとしたが、視界が揺れ床に突っ伏してしまった。
◆
美ら海水族館の巨大水槽を前に俺と夕紀はただ声を上げる事しか出来なかった。
『あれはエイか…マンタか?まぁどっちでもいいか』
『すっごーーーーい』
修学旅行が沖縄と決まってから、俺と夕紀は必ずこの水族館には来ようと決めていた。
ここで、お揃いのキーホルダーを買うことも既に検討済みだ。
『何メートルぐらい高さあるんだこれ…』
青暗い部屋から見る水槽は上から下まで何メートルもあり、様々な種類の魚が悠々と泳いでいた。
『智之くん怖くない?』
『なんで?』
『だって智之くん泳げないから』
そう言ってイタズラっぽい笑顔を浮かべる。泊まっているホテルには専用のビーチがあるのだが、泳げないから行かないと言ったことを、まだ根に持っているようだ。
『言ってろ』
そう言って俺は順路を進む。楽しそうに笑う大西につられ、自分も笑っていることに気恥ずかしさを感じながら。
◇
どうやら俺はインフルエンザにかかっていたようで、市販の薬が効かなくて当然だった。今は病院で点滴を受けている。
母親が言うには、床に転がっている俺を発見し、そのまま病院に担ぎ込んだそうだ。
修学旅行は当然欠席。その上インフルエンザなので登校禁止で、ニ週間程自宅療養を言い渡されるようだ。
そのせいで、残念ながらさっき見ていた夢のような事を今回は出来そうにない。本当に残念で仕方無く、そして大西に申し訳ない。
「今頃は沖縄に着いた頃か」
処置室からは空なんか見えないが、目を細め天井を見る俺だった。
◇
「ゴホッゴホッゴホッ!」
インフルエンザなんて病気になるのは、いつ以来だろうか。こんなにキツイものだとは覚えがなかった。と言うよりも何もすることが無く、ただ寝ているだけというのはこんなにも退屈だったとは。
今の楽しみと言えば、携帯電話に送られてくる大西からの写真ぐらいだった。
水着姿(ホテルの前にあるビーチで撮ったものだろう)だったり、シーサーだったり、沖縄を満喫しているようだった。一緒に周っているグループも幸宏に木村がいるので楽しい修学旅行になっているようだ。
「ゴホッゴホッ」
修学旅行も今日が最終日なので、国際通りか何かで最後のお土産探しをしているだろう。
そう言えば昔は、国際通りでペアのネックレスを買うなど、俺も年相応にはしゃいでいたな。などと、若い頃の自分を懐かしんだりして暇な時間を過ごす。
◇
漸く医者から登校許可の診断書を貰い、約ニ週間ぶりに学校に行く。
休み明けの登校っていうのは少し気が重いな。そんな事を思いながら教室のドアを開ける。
「おはよう」
瞬間的に集まる視線。正直これが苦手だ。十日前後とは言えども、それだけ顔を合わせていないと、ちょっとした浦島気分になる。
「おお、智之!もう学校来て良いのか!?」
幸宏が、すぐに気が付いてくれたのはちょっと救いだ。それを合図にしたように、次々と体調を気にする声が掛けられる。
「少し早いが、ちゃんと医者に許可貰ったから平気だ」
そう言いながら、自分の席に座る。すると後ろから肩を叩かれた。
「お土産沢山あるから楽しみにしててね」
振り向くよりも早く、耳元で大西が囁いてきた。それを見て幸宏や周りのクラスメイトは冷やかしの目を向けて来るのだった。
「ああ、楽しみにしてる」
俺は大西にそう答え、授業の準備を始めた。家に一人で居るよりも、こうして友人や恋人と居られることの、充実感に胸を踊らせながら。
久しぶりの学校は少し疲れた。本来なら、二週間も学校を休めばその分授業にも遅れている所だが、修学旅行を挟んでいるので少しの苦労で済んだのは幸いだった。まあ俺の分まで授業のノートを取っておいてくれた友人のお陰なのだが。
休み時間や昼休みを使い、必死に休んでいた時間のノートを写し終えた。授業はお構いなしに進んでいくので、後に回すと厄介なことになるからだ。
「なんとか放課後までに終わったな」
「お疲れ様」
「お、終わったかー?」
「良くもまあこの短時間でやったものね」
幸宏達は俺が写し終えるまで残っていてくれた。まあノートを借りているから終わるまで居てくれないと今日中に返せないのだが。幸宏はともかく、女子二人はきっと今日の授業の復習とかするだろうし。
あれ?でも自分のノートとは別のノートだよなコレ。
そう思ったが、ふと俺に対する気遣いを感じとり、無粋な追求をするのは止めた。
「頑張った智之くんにご褒美を進呈―」
ノートを片付けた俺の机に、何やら色とりどりの袋が置かれた。
「こんなに買ってきたのか」
「だってどれにしようか色々迷っちゃって…」
「それで面倒だから分担して目に付いたものを全部買ってきたのよ」
「俺は主に着るもの系な。Tシャツとかアロハシャツとか」
「あたしは置物。シーサーと首里城」
「私はお菓子―」
「ああ、こんなにありがとな…」
一人行けなかった俺の為に色々考えて買ってきてくれたのがよく分かり、その量に驚きながら感動していた。
「それから…」
大西がおずおずと鞄から取り出したのは、小さな紙袋だった。何かキーホルダーでも買ってきたのだろうか。
「開けてみて」
幸宏と木村は中身を知っているのか、俺の様子を何も言わずに静観していた。
「これは…」
出てきたのはブレスレットだった。数珠繋ぎにされた、青い石のブレスレット。掌に置いてしばらく呆然としていると。
「ほらほら、夕紀のも見せなさいよ。こいつ鈍いから言わないと気付かないわよ」
そう言って、木村は大西の腕を俺の目の前に突き出した。
「なるほど、お揃いか」
大西の手首には、俺の物とは色違いの赤い色をした石のブレスレットがあった。
「ありがとう」
修学旅行に行けないことで、今回はこういったイベントは出来ないな、なんて諦めていた。これは本当にいいお土産を貰った。
「本当にありがとう」
青いブレスレットを腕にはめながら、もう一度大西にお礼を言った。その時のはにかんだ笑顔は、記憶の中にあるどの笑顔に勝るとも劣らない輝きをしていた。
笑顔が大切