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第五話 三度目の気遣い


 文化祭を明日に控えた教室は慌ただしかった。準備は一部を除いてほぼ予定通りに進んでおり、今日の予行練習で最終確認するだけだ。

 その準備の中でただ一つ上手く進んでいない準備。それは俺の使う人形。作っているのは玉置だった。

 男の俺が使う為、男の玉置が作ったほうが良い、などという良く分からない理屈により、いつの間にか決定していたようだ。


「本番までには間に合わせるからもうちょっと待ってくれないかな、ね?」


 今も玉置は教室の隅で椅子に座り、人形を手縫いしている。器用なもんだな、とは思わないではないが、ちゃんと本番までに間に合わせるか不安でもあった。


「主役の人形が本番まで使えないのは不安だけど、代わりの人形で一回最初から通してみましょう」


 木村が手を叩いて注目を集めながらそう言った。前髪をピンで止め、やる気満々といった雰囲気だ。


「まだ本番じゃないのに緊張してきたよ~」


 観客から演者を隠す、高さ一メートルぐらいの舞台にたどり着いて早々、大西はそう呟いた。


「大西はまだいいだろ。俺はまだまだダメだしされてるってのに」

「と・も・ゆ・き・く・ん」


 とてもいい笑顔で俺の名前を呼ぶ。笑顔なのだが何か恐ろしい威圧感を醸し出している。


「悪かった夕紀。まだ慣れないだけだからそんなに怖い顔しないでくれ」

「怖い顔って何!女の子に向かってそれは酷いよ!」


 さっきまでの雰囲気とは一転、急に泣きそうな顔で抗議してきた。一瞬見せた満足気な顔も見逃さなかったが。


「絶対わざとだよ…わざと苗字で呼んで私の反応を楽しんでるんだ…」


 植物から水分が無くなるようにしおしおと床にへたり込んで行く。演技が上手く行かなかったら智之くんのせいにしよう、などと不吉な事も聞こえてくる。


「ほらそこ!舞台の影でイチャイチャすんな!」

「してません!イチャイチャ!」


 木村に大きな声で指摘され、大西は滅茶苦茶な日本語で返事をした。

 その後も、俺が台詞を噛んだり、演技を指導されたりとあったが文化祭前日の予行練習は概ね上手く行ったと思う。

 こうして、大西との関係も良好なまま三回目の文化祭当日を迎えようとしていた。





 ◇

 文化祭一日目は一般開放はせず、学生同士で他のクラスを回っている。露天の売上などで順位を出したりもするが、うちのクラスは演劇なので順位争いには縁がない。そういう順位争いをしようとするクラスは、一般開放に向けて敵情視察をする日だ。

 うちのクラスはと言うと。


「照明の最終チェック終わった?」

「BGM用のスピーカー接触悪いぞ」

「舞台の設置補強するからガムテくれ」

「これで人形が全部揃ったわね」


 このように着々と準備が整っている。ある程度は前日にチェックしたので、ほぼ軽い確認で済んでいる。

 俺が危惧した玉置の悪巧みも特に無く、少し気にしすぎだったのかも、と反省をした。




「なぜ私の側から消えてしまったのだ…」


 演劇は午前一回、午後二回の三回行う。午前の幕は目立ったミスもなく、無事に終えることができ、今は午後の一回目だ。


「たとえこの世界の人間では無くても愛していたのに」

「ならば今度は私が異邦人になりましょう」

「何度違う世界に行こうとも、貴女を幸せにするためならどんな困難も苦悩も乗り越えてみせましょう!」


 異世界の王子に自分を重ねると、なんともすんなりと台詞に感情が乗る。


(どんな苦労も厭わない。大西を幸せに出来るなら)


 ヒロインの独白シーンに移る。


「私が居ることであの方に害が生まてしまう…」

「だからあの方の側を離れて良かったのよ…これが私の精一杯の愛」


 演じる大西は感情移入しているのか、やや眉を寄せ苦しそうな表情をしている。

 俺の視線に気が付くと、いつも通りの笑顔を浮かべ、直ぐ様真剣な顔に戻り演技を続けていった。



 こうして午後の一番目の幕も滞り無く消化していった。



 二幕目までの休憩時間、俺は他のクラスの出店を回っていた。昼と、この時間しか自由時間がない為、今のうちに文化祭ならではの食べ物を物色していた。


「タコ焼きに塩焼きそば、あとはおやつに甘いものでも食えばいっかな」


 そう言いながら三年のフロアであるニ階へ向かった。確か二階に丁度、甘味喫茶があったはずだ。

 客引き兼客のような人混みを抜けていくと、目の前に甘味喫茶に並ぶ列が二つあった。

 片方は席に着いて食べていく人用、もう一つはお持ち帰りの人用だった。俺は勿論お持ち帰り用に並んだ。

 やはりこちらの方が回転率が良いようで、もう一つの列をグングン抜いていく。そうすると聞き覚えのある声がした。


「休憩時間に間に合うかなー」

「平気さ。こっちも入れ替えだから進む時は一気に進むよ」


 俺が見つけたのは大西と先輩だった。先輩は俺の視線に気が付いたようで軽く目礼をしてきた。軽く挨拶を返すと、今度はそんな先輩の行動に気が付いたのか大西がこちらに振り向いた。


「あ、智之くん」

「よう大西。デートとは羨ましいな」


 俺が苗字で呼んだ理由に気が付いたのか、申し訳なさそうに顔を俯かせた。こういう気の遣い方は間違えたかな、そう思ったが先輩としても、彼女が名前で呼び捨てされるのは気になるだろうし仕方がない。


「君には夕紀の事でお世話になったね。良かったらここは奢らせてもらえないかな?大した金額にはならないけれども」


 にこやかにそう誘ってくるが、俺は辞退した。


「カップルの邪魔をするほど野暮なやつじゃありませんよ。それにお礼を言われるほどのことは出来てませんし」


 この前の件だって幸宏が居たから大事には至らなかっただけの話だ。悩みについても、俺はたいした事をしていない。


「そうか、いずれ何かの形でお礼が出来るといいね」


 俺の列が進んだので会話はそれで終わってしまった。俺と先輩が会話している間、ずっと大西は俯いていたのが印象的だった。




 午後の二幕目で異変が起きた。

 始まる前から少し大西の様子がおかしかったのだが、本番が始まって少し経った辺りで大西がこちらの様子をチラチラと伺って来た。

 それのせいで台詞に気持ちが入っていなかたり、声が上手く出ていなかったりとらしくないミスが続いた。

 周りのフォローがあり、なんとか劇は終わらせることが出来たが、内容的にはいまいちだったと思われる。



「夕紀、一体どうしたの?」


 片付けに入ってすぐ、木村が大西に声を掛けていた。周囲もその様子が気になるのか、手が少し遅くなっていたりする。


「ううん。なんでもないの、ちょっとね」


 失敗しちゃった。と苦笑いするが、その顔はとても辛そうだった。


「そう言えば、大西さんってさっきの休憩で藤田と何か話してなかった?」


 そう言ったのは玉置だ。途端にざわつく教室。如何にも俺が何かをしたような言い回しはきっと意図的な物だろう。もし、あの場に居たのなら先輩の姿も見えているはず。それなのにそれは言わずに俺と大西の問題にしてきた。


「そういえば」


 玉置の発言に何かを思い出したのか、一人の女子が声を漏らす。


「休憩時間に夕紀ちゃんと彼氏見かけたけど、なんか夕紀ちゃん俯いて彼氏に慰められてた」


 きっと甘味喫茶の後だろう、あのままずっと何かを気にしていたのか大西は。

 これはまずい予感がする。この流れは良くない。

 だが、俺は大西が何を思っているのか知らない。どうして劇の最中にも申し訳なさそうな困った様な表情をしていたかも分からない。そんな状況では何も弁解出来ない。そうやって俺が内心焦っていると。


「変な憶測で夕紀まで追い詰めんじゃないわよ!」

「そもそも!夕紀と先輩が一緒に居たなら、智之が夕紀と話していた時だって居たはずでしょ」

「なのに、さも智之が夕紀に何かしたような言い方じゃない?」

「それに、もし智之が夕紀を悲しませるようなことをしたなら、その時に先輩が黙っているはずないわ」


 木村が言う非の打ち所が無い正論によって、ざわついていた教室が静かになった。玉置を見ると、自分の持ちかけた火種が消火された事を特に気にした様子もなく、薄い笑みを浮かべていた。


「騒がして悪かったわね。とりあえず先に今日の片付けと、明日の準備を終わらせましょう。夕紀の事はあたしに任せて」


 木村がそう締めくくることによって、作業を中断していた者も、自分の仕事へ戻っていった。


「智之、あんたもちょっと来て」


 特にする準備も片付けもなく、誰かを手伝おうかとしていたら木村に呼ばれた。木村はそのまま大西を連れて教室を出ていってしまった。後を追うように教室を出ると、木村と大西はすでに階段の方へ向かっていた。

 なんとか付いて行くと、向かった先は屋上へ続く階段だった。


「ここならあまり人が来ないし話しにくいことでも話せるでしょ」


 大西はその言葉にビクッとしてから、こちらを見てきた。


「その様子じゃやっぱり智之に関係することね」

「俺にはよく分からないんだが」


 木村が、鋭い目付きでこちらを見てきた為慌てて反論する。本当に俺には理由が分からない。嘘は言ってないと思う。


「夕紀?明日も劇はあるんだから、ちょっとした不満でもなんでも良いから今言っちゃいなさい」


 クラスの代表としての意見なのか、大西の親友としての意見なのか、それともそのどちらもなのか、優しく大西に話しかける。


「でも…」


 何かを迷うように、俺と木村の間で視線を泳がせている。その表情はどこか叱られている子供のようだった。


「何を言ってもあたしが許すから」

「ちょっと待て俺の意見は」

「文句ある?」


 最近木村がとても自由だ。


「えっとね?」


 こちらを伺うように、大西は話し始めた。結局俺の意見は大西の中でも却下されたようだ。まぁ別に良いんだけれども…。


「佑樹くんと一緒に甘味処の列に並んでたの…」


 大西は休憩時間の出来事を木村に説明し始めた。それを聞き、俺は何かマズイことをしでかしていたのかと冷や汗をかいていた。なぜなら、俺の名前が出てきてから木村が「やっぱりお前か」といった顔で睨んでいたのだ。


「それでね?その時智之くんが私を苗字で呼んできたことがなんだか胸が苦しくて…」

「折角仲良くなれたのに、ただの知り合いみたいに扱うから…なんだか寂しくなっちゃって」

「は?」


 さすがの木村も大西の言い分が少しオカシクなってきた事に気が付いた。


「やっぱ変だよね?」

「それで落ち込んでたの?」

「うん…」


 はぁーっと長い溜息を吐き出す木村。なにか、傷付けるようなことをしたのかと思った俺も、瞬間的にほっと息を吐きそうになった。


「夕紀…あんたそれあんまり良くないよ…」


 そう言いながら、チラッとこちらを見てから大西の耳元で俺に聞こえないように何かを話し始めた。


「あう…」


 途中から大西の顔が赤くなったり、真剣な表情になったりしていた。


「分かった?」

「うん…最近幸宏くんにも相談した」

「自分でも分かってたのね」


 俺を置いて行きながら、二人で何か結論が出たようだ。


「んで、俺はどうすればいいんだ」


 別に気にしては居なかったが、やや不機嫌そうに演出しながらそう言うと。


「とりあえず、あんたは特に何もしなくていいわ。夕紀の問題だったから」

「ごめんね智之くん…」


 本当に申し訳なさそうに頭を下げる大西に、俺はバツが悪くなり。


「夕紀、ちゃんとそう呼べばいいんだな」


 俺が、余計な気を遣わなければ良かった話しだ、という結論にした。前回の事がある意味トラウマになっており、少し自分に厳しくし過ぎたのかもとも思った。


「あちゃー…」


 何故か、木村が顔を覆い本日何度目かの溜め息をついていた。


「うんうん!遠慮しないで呼んで!」


 その一方、大西は餌を貰った子犬のように嬉しそうな様子だった。動く度に揺れる長い栗色の髪が、さながら子犬の尻尾のように揺れていた。




故意か天然か

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