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プロローグ

この作品のエンディングは読む人にとっては納得行かない形になるかもしれません。

それをご了承下さい。


それでは私の処女作をよろしくお願いします。


 今年の夏も例年通り茹だるような暑さだ。作業部屋である四畳半程度の洋室で、L字型の机に向かいながら、そろそろ扇風機だけじゃキツイか?冷房あった方が仕事捗るよな?などと、誰が聞いているわけでもないのに、言い訳を浮かべた。


「地球温暖化め…」


雇い主である父親から回されてきた仕事に、集中出来無いことを環境に八つ当たりしてみたが、そんなことで集中出来る筈もなく。


「はぁ休憩にしよう」


 気分を変えるため、備え付けのミニ冷蔵庫からアイスコーヒーのペットボトルを取り出し、コップに注ぐ。勿論余計な物は入れない。


「そういやいつからコーヒーをブラックで飲み始めたんだっけか」


 覚えていないがどうせ大人っぽいから、とかそんなくだらない理由だっただろう。今もあまり成長していないが、昔は今以上に子供っぽく、ちょっとした事でも自分の思い通りにならないと不機嫌になった気がする。


(学生時代は酷かったな。特に高校時代なんて…)


 思い出して苦笑が出てくる。高校時代、特に後半は色々なことがあって、色々経験した。当然ながらそれが無かったら今の俺は居なかっただろう。

 逆に今の俺が当時の俺だったらもっと上手く立ち回れただろう。それに新たな経験が出来るかもしれない。


(まぁ一回経験してるんだから当然か)


 益体もない“もしも”の想像をしてしまったことにさらに苦笑を深くする。

 いい経験だ、と言えるほど大人になった。しかし、それでも一つだけ心残りがある。

 たった一つの約束、それを果たせなかったこと。その心残りが今も胸の奥で棘のように刺さり中々抜けてくれなかった。





 ◆

 俺は今体育館にいる。

 壇上で男女に分かれ歌を歌っている。

 指揮者を見ながらたまに左右、男女が目でタイミングを合わせたりしながら合唱をしている。

 そんな中俺は彼女と目を合わせ、笑いながら楽しそうに歌を歌っている。



 俺は今廊下で呼び込みをしている。

 今日は文化祭。

 クラスの出し物の宣伝をするために駆り出されているのだ。

 そんな中俺は隣で一緒に呼び込みをしている彼女と楽しく呼び込みをしている。



 俺は今体育館で整列している。

 今日は生徒総会だ。

 新役員になってから初の生徒総会ということもあって、壇上の役員達は気合十分のようだった。

 そんな中で俺は壇上にいる彼女を眺めながら眩しさとどこか寂しさを感じていた。



 俺は今夢を見ている。

 そう気が付いたのは何時だっただろうか。今見ていた光景は昔の記憶だ。

 先日高校時代を懐かしんだせいだろうか、その時期をピンポイントで見せられた気分になった。


“藤田智之くん”


 いつの間にか目の前に女性が立って居て、俺の名前を呼んでいた。

 どこかで見たことがあるような、懐かしいような、胸が苦しいような、そんな気持ちにさせる女性だった。


“藤田くん、智之くん、智くん”


 そう呼ばれて目の前の女性の印象が合致した。


“ごめんね?それと”



“ありがとう”





 ◇

『おい!聞いてるのか!?』


受話器越しに聞こえる友人の大声に意識が覚醒する。自分が一体何をしていたのかを思い出し友人に返事をする。


「あ、ああ聞こえてる」


友人は呆れたような声でこちらの様子を伺ってくる。


『信じたくもないのは分かるが気をしっかり持てよ?』

「ああ悪い、分かってる」


受話器の向こうで友人が一度唾液を飲む音が聞こえた。向こうも落ち着いているわけではないようだ。


「で、いつになるって?」


喉がやけに渇いて口の水分を無理矢理集め、飲み込み、たった今友人から告げられた言葉を自分に言い聞かせるように繰り返す。


「その…」




「夕紀の通夜は」


 夢を見たその日、友人から彼女の訃報が届いたのだった。




 -大西夕紀-

 高校時代の彼女。きっと今まで好きになった女の子の中で、一番今の自分に影響を与えた子だと思う。

そのせいか、その後付き合う女性と夕紀を知らず知らずのうちに比べてしまい、頬を叩かれる経験も少なからずあった。

きっと誰にでもいると思う忘れられない存在。いつかまた、当時を若気の至りなどと笑いながら、お酒でも飲めると思っていた存在。

そんな彼女の通夜へ向かっている。


「あ、そこで停めて下さい」


タクシーを通夜の式場近くで停めてもらいながらも、なぜこんな事になったのか。と、友人から連絡を貰ってから今日まで、ずっと考えている事をまた浮かべる。


「遅かったな」


料金を払い、タクシーから降りてすぐ、後ろから聞き覚えのある声に呼びかけられた。


「幸宏か」


高校時代友人がほぼ居ない中、幼なじみなどを除いてほぼ唯一と言って違いない俺の友人。

鈴田幸宏。この優男とは当時そんな関係だった。まぁ当人は親友を言い張っていたが。


「待ち合わせ時間ぎりぎりだぜ?」

「ああ、仕事が中々上手く行かなくてさ」

「おお、おおそれはご苦労様で。今何やってるんだっけか?」


ここ数年、殆ど顔を合わせていなかったとは思わせないその態度に、俺は苦笑いを隠せなかった。しかし、高校時代は茶髪でピアスと着崩した制服姿だったが、今は社会人らしく黒髪に喪服をしっかり着ていた。

「今は父親の会社の下でデザインをしてるよ。まぁ、オヤジが現場の人間だから色々融通効いてね。楽させてもらってるよ」

暗くなっていた内心を隠すように軽口で返す。あまり心配させるのも心苦しかったし悔しかった。




「お、あそこか…」

「…そうみたいだな」


 お互いの近況など軽く確認していたら式場に着いてしまったようだ。


「あー…っと、それじゃまた後でな」

「?…ああ気を遣わせて悪い…」

「気にすんな。これも昔に比べれば、な」

「悪い…俺が呼んだようなもんなのに」


幸宏にこうやって心配されるのは一体どれほどぶりだろうか。


「こんな日ぐらい良いだろうに。なんでこうなるんだろうな…」


幸宏が言っているのは周囲、おそらく高校時代の同級生達が向ける視線だろう。嫌悪、侮蔑、憎悪、色々混ざってるが凡そ、そんな視線。視線の対象は俺だ。


「もう慣れたし気にすんな」

「だけどよっ」


そう言いながら、興奮しかけた幸宏を置いてその場を離れる。


幸宏と別れた後、一人記帳を済ませ焼香の列に並んでいる俺は、少しずつ前に進んでいく中、焼香台の向こうにいる喪服に身を包んだ一人の女性と眼が合った。


「…!?」


その驚き様を見る限りでは、どうやら俺が通夜に来るとは思っていなかったようだ。その女性、大西夕紀の母親は、俺が焼香する番になりお辞儀をすると、驚きに開いていた眼を涙で一杯にしながらしきりに頭を下げていた。



焼香も終え二階で幸宏を待ちつつ、出された食事に手をつけていると、見たことのあるような雰囲気の女性が近付いて来た。


「あんたも来ていたのね」

「まぁな」


 学生時代よりも少し長くなった黒髪を後ろで一つに結んでいたが、印象的なそばかすとつり目がちな目は当時の面影を残していた。


「良く来れたわね。あ、いや来るなって意味じゃなくてほら、ね?分かるでしょ?」

「まぁこの状況見れば分かるさ」


俺が座っている席の周りには誰も座っていなかった。テーブルに置いてある大皿のお寿司も独り占めだ。


「あ~、まぁお陰で見つけやすかったんだけどさ。言ってて辛くない?」

「もう慣れた。幸宏にも同じようなこと言ったな」

「お、居た居た」

「噂をすればなんとやら…」


嫌そうな顔と声で目の前の女性は振り返った。その先では人の良さそうな顔をした男が、こちらに向かって歩いて来ていた。

 眼の前の女性、木村理恵は夕紀の幼なじみであり、俺も仲良くさせてもらっていた。

男で唯一の友人が幸宏だとすると女で友人でいてくれたのが理恵だった。


「さて、俺がここにいると空気が悪くなるしそろそろ…」

「待ちなさいよ」

「?」


立ち上がり、幸宏の方へと向かおうとした俺の腕を理恵は掴んでいた。


「夕紀のママがあんたに夕紀の顔を見て行って欲しいって」


「最後だから」


「!?」


最後にという言葉に今まで忘れていた感情が噴き出して来るような感覚が起きた。


「最後に…」

「そうよ。最後よ」


さっきまでの強気な表情を消し、真剣な眼を俺に向けながら言う理恵に何とか言葉を返そうとするがなかなか出てこない。


「おい、何してんだ?」

「…分かった。連れていってくれ」

「おいおい何の話だよ一体??」


幸宏の声に背を押されるように、俺は覚悟を決めた。




「こっちに来て」

幸宏に事情を説明し三人で一階に降り、さっきまで焼香の列が居た横を抜け棺に近付く。

その際、夕紀の母親ともう一度あったり遺族と顔を合わせたが、きちんと挨拶出来たか記憶が曖昧だ。

そして遂に棺の横まで辿り着いた。



棺の顔の部分にあたる扉は開いていた。



そこから顔を覗く。



そこには俺の記憶より少し痩せ大人の雰囲気を持った大西夕紀の顔があった。



やはり夢で出てきた女性は夕紀が成長した姿だった。



とても綺麗に化粧され眠っているような顔で。



光を失った栗色の髪の毛。今は閉じられている、笑うと弓のようになった大きな目と薄い口。その口から二度と聞けない優しげなトーンの声。

 


それを見た瞬間俺の中で何かが決壊した。



「うっ…くっ………っ……あっ…」


そこで漸く、俺は大西夕紀という女の子が、もうこの世には居ないということを実感した。







「…」


流れる景色は式場を出る頃に降りだした雨に、濡らされながらも段々と懐かしさを帯びてきた。

ひとしきり友人の前で醜態を晒した後、俺はいつも使っている電車では無く、昔高校時代使っていた路線を使い家を目指していた。

哀愁というわけではないが、今日ぐらいはそんな事をしていいのではないか、と自分の女々しさを肯定した。

懐かしさを感じる中で、俺は夕紀との出会いを思い出していた。


(高校二年で初めて同じクラスになって、恋人の悩みを聞いたりしているうちに仲良くなって、それが切っ掛けでお互いに惹かれ合ったりして…)

(実は中学の時に同じ通夜に参列していたなんて事を付き合ってから知って、二人して運命だなんてはしゃいでさ)


そうだ、初めて夕紀を見たのは中学二年の春、知人の通夜だった。中学一年の時たった数カ月しか一緒に勉強しなかったが、たまたま隣の席になって仲良くしていた病弱な子。


(あの子の通夜の時もこんな雨だったな)


“次は鎌子、鎌子。お降りの方はお忘れ物ご注意ください”

懐かしい響きの駅が近くなったなと意識を外に戻して景色を見ようとした。その時

ガツン

そうとしか聞こえない鈍く重い音と共に、ドアに寄りかかっていた体が何かに躓き引っ張られるように電車の進行方向に流れた。

そのまま俺は、迫ってきた地面、手すり、前の壁とぶつかり転がり滑った。


高校時代。

この頃に経験する恋愛は良くも悪くもきっと心に深く残るはず。


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