第2話
風が、重かった。
吹いているのに、重い。花が揺れているのに、どこか動いていないように見える。赤も白も青も、いつもと同じように咲いている。
ただ、赤だけが違った。
鮮やかすぎる赤が、道の中央に並んでいた。他の花より背が高い。他の花より色が強い。整っている。きれいに整っているのに、そこだけ切り取られたみたいに、浮いて見えた。
少女は少しだけ立ち止まり、それを見たあと、歩き出した。
男は、赤い花の前に立っていた。
動いていない。風が吹いても、花が揺れても、ただそこに立っている。
少女は少し離れたところで、男を見た。
それから、近づいた。
「……ねえ」
男が振り返った。目が、少し赤かった。
「やり直せるなら」
挨拶がなかった。
「……何が?」
「全部。もう一回だけでいい」
少女は男の隣に立った。
「誰かのこと?」
「やり直せるなら、ぜんぶ変えられる」
少女の問いに、答えていなかった。
「何をやり直したいの?」
「もう一回だけでいいんだ」
男はまた同じことを言った。少女を見ているのに、少女を見ていないような目だった。
「……それ、よくないって言われてる」
「やり直せるなら」
「そのままだとよくないって」
「もう一回だけ」
少女の言葉は、途中で切れていた。
会話が、噛み合っていなかった。
「終わらせたほうがいいって言われてるから」
男が、初めて少女を見た。本当に見た、という顔だった。
「……終わらせる?」
「うん」
「やり直せる?」
「終わらせたら、楽になると思う」
男はしばらく黙った。赤い花を見た。それから、また少女を見た。
「……じゃあ」
少女は前を向いたまま言った。
「思い出して。何がそんなに苦しいのか」
男は黙っている。
「どこからやり直したいのか。何を変えたかったのか」
赤い花が、風の中で揺れる。整った形のまま、一斉に揺れる。
「全部見たら、終わりにしよう」
「もう十分だって思えるまで、見ていいって言われてるから」
男は目を閉じた。
少女は何も言わなかった。ただ、隣にいた。
時間が、どのくらい経ったのか分からなかった。
風が止んだ。花も、揺れなくなった。
男の肩から力が抜けた。ゆっくりと、ゆっくりと。
少女は男を見た。
男は目を開けていた。ただ、動かなかった。表情が、そのままだった。力が抜けたときの顔のまま、止まっているように見えた。瞬きをしているのか、分からなかった。息をしているのかも、分からない。ただ、前を向いて、立っている。
「……終わった?」
少女は聞いた。
男は答えなかった。動かない。
少女は、少しだけ間を置いた
赤い花が、崩れた。
端からではなかった。真ん中から、いきなり。整っていた列が、中央からぽっかりと消える。色が抜けるのではなく、形ごと、なかったことになるように。
隣の花が崩れる。また隣が崩れる。順番がおかしかった。飛び飛びに消えていく。端が残って、真ん中が消えて、また別の場所が消える。規則がない。跡もない。ただ、歪に、赤だけがなくなっていく。
最後の一輪が消えたとき、そこには何もなかった。土もなかった。ただ、空白があった。
男は、まだ立っていた。
同じ場所で、同じ向きで。
「帰れるよ」
少女は言った。
男は動かない。
少女はもう一度だけ男を見た。それから、視線を前に戻した。
疑問には、ならなかった。そういうものだと、そう思っていた。
少女は歩き出した。
次の花を探すように。
風が、また重く吹いていた。




