表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

63/63

最終話 誕生日

享世1588. 5. 7



 朝少し早起きをして、顔と口内をすすぎ、髪をといて束ね、着替え、右手首に飾り紐を巻く。そして机の前に座って、ランプを焚いて、ゼファ様の手記と大判の白紙を広げる。


 僕はゼファ様の手記を幾つか自室に持ち帰っていた。亡くなった後はすぐ燃やせ、と言われていないし、全部読んでから処分しようと考えていた。本人が知ったらたまったものじゃないだろうけど、僕に鍵もろともすべて預けた方が悪い。


 書斎の本棚に、文法書や辞書の類まで揃っていたのは有難かった。手記に書かれた、古代世語と呼ばれるとても古い言葉を、辞書を使いながら読み下す。


「おはよう。今日も熱心だな」


 半開きのドアの隙間から声がした。寝起きのムウさんが、顔だけ出して様子を伺ったあと、ぺたぺたと歩いて入ってくる。


「聞いてくださいよ。ゼファ様ったら、本の置き場は書斎が全てかと思わせておいて、床下や屋根裏部屋にまでぎっちりと隠していたんです。ほんっと、ありえないですよね?」

「しばらく退屈しなくていいじゃないか、クク」


 ムウさんはのどかに笑って、そのまま僕の布団に潜り丸くなった。


「あっ、二度寝ですか? もう……」

「これが幸せなんだよ」


 ふわあと大きな欠伸が聞こえて、呆れてしまう。


「――ムウさん。今日から暫く家を開けますね」

「えっ?」

「駄目なんですか?」

「い、いや、別に今日じゃなくても……」


 いつもなら、そうか、としか言わないムウさんが、珍しくおどおどとした。僕は首を傾げながらも、まあいいかと思い直す。僕は机の上の本を片し、かわりに世界地図を広げた。


「他の神様にもご挨拶したいと思っていたんです。なのでとりあえず、西方大陸南部のオルバシードと、東方大陸北部のエルエイジュってところへ行きたくて」

「水のリンリエッタは近々会う予定がある、その時についてきたらいい。しかし火のアーヴァンはエルエイジュお抱えの神だぞ、簡単に会えるのか?」

「その辺は大丈夫です、多分。ゼファ様の手記に裏ルートが書いてありました」


 ふふん、と胸を張ってみるが、ムウさんは表情ひとつ変えなかった。言わなかったことにして構わず続ける。


「あとは最高位神の、光と闇の神様の居場所が分からなくて」

「あいつらは今も中央大島に居る筈だが……どうせ数十年に一度しか起きん。次に会ったときで良い」

「そうですか。じゃあ、エルエイジュにだけ向かいます。折角だし、友達にも挨拶してこようかな」


 鞄を棚から取り出し持ち物を詰めていく。ゼファ様の手記も、一冊だけ持っていくことにした。


「……本当に今日、行くのか?」

「まあ。来週から各地の村にいっぱい納品しなきゃいけないですからね。行くなら今かな、って」


 そわそわした様子でムウさんが布団から起き上がる。一体、今日はどうしたんだろう。一緒に居たいのだろうか。


「大丈夫です。3日くらいあれば余裕で帰ってこられるでしょうし」

「別大陸だぞ? 1週間はかかるはずだ」

「風の神力だとすぐ、ですよ」


 実際、アイドレールに行く時間から考えればすぐだ。空を飛べば海上を突っ切れるし、常識ではあり得ない速度で移動できる。……空を飛べる時点で、常識ではかなりあり得ないことだが。


 不安そうなムウさんの前へ行き、手を取る。


「約束します。3日後には帰りますから」

「……絶対だぞ」

「勿論」



 荷物を詰めきって、鞄を背負う。ムウさんの作ったシャンデリアの下がる、その明るい玄関で靴を履く。コツコツと足先で床を叩いて、伸びをした。


「行ってきます!」


 外へのドアを開け、実験室にも届くよう振り返って大きな声で挨拶すれば、パタパタとこちらへ駆けてくる足音が聞こえる。


 何か忘れ物したっけ、と思いながら、ドアを開けたまま待つ。ムウさんが僕の前へと辿り着けば、安心したようにため息をひとつついて、にこりと笑った。






「セド。誕生日おめでとう」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ