61 種
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立ち上がれば、ぴりっと引っかかれるような痛みが脇腹へ走った。マナ構成体は痛みなど感じない筈だが、と指先で探れば、固い感触がする。服を捲くると、鱗が一枚、皮膚を貫いて生えているのが見えた。……ゼファ様の体を包んでいた鱗と同じものだ。
地面に落ちたゼファ様の服の中には、土か灰のようなものだけが残っていた。僕はそれを持ち上げて数度はたき、地面へとゼファ様だったものを落とす。
「……ごめんなさい、ゼファ様。まだ生きていてほしいんです」
手でそれらを少し掬って、少し離れた日当たりのいい場所へ運ぶ。何度か繰り返したところで、自分に神力があることを思いだし、マナを制御して目的地へと全て運んだ。
ポケットに仕舞っていたびわの種をそこに埋め、さらに上からその土に似た遺体を被せて、包む。
「これ育つのかな。元々人体だったものだけど。水とかは――まあ、これでいいか」
独りごちながら耳裏のアンプルを手にとって割り、中の液体を埋めた場所へと振りかける。土が湿ってかさが減ったのを確認して、風で飛ばないよう、強めに上から押さえた。
空へ目を向ければ、入道雲が大きく発達していた。風も重みを増している。明後日くらいまでは雨がここへ水をやってくれることだろう。
「また来ますね。まずはちゃんとしたお墓を作りに」
ゼファ様はもうここにいないと分かっているが、それでも声をかけずにはいられなかった。
僕の独りよがりであることくらい、自覚している。
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帰り道、手の感触や肩の重み、体の温かさ、そしてあの笑顔を何度振り切ろうとしただろう。
ぽっかりと空いた心は中々埋められない。ショックは与えられるものだと思っていたが、奪っていくものなのだと初めて知った。何かしら受け止め背負う覚悟はあったが、心が欠け落ちる覚悟はなかった。
頭や心が何を叫ぼうと、足は慣れたとおりに自宅へと歩を進める。意識と肉体が乖離したまま、ドアノブへと手をかけ、中へ入る。暗い玄関で靴を適当に脱ぎ捨てたところで、奥から声がする。
「おかえり」
その声を聞いた瞬間、ボッと炎が上がるように衝動が湧く。魂が、体ごと声のする方に引っ張られる。
走って、走って、実験室に飛び込む。ムウさんは丁度脇の机で書き物をしているところだった。
「どうした? セド――」
痛いほどに顔が引き攣る。そのまま、崩れるようにムウさんをかき抱いた。
「……ああ。早かったな」
折れてしまうのではないか、と思えるほど強く強く抱きしめれば、納得したような声が頭上からした。
「ムウさん、僕っ」
――決壊する。
目は開いたままに、ぼたぼたととめどなく涙が溢れる。喉がぎゅっと締まって、口端が千切れそうなほど歪む。
ムウさんは何も言わないで、ただ僕の腕の中に収まっていた。
「っ、僕、ゼファ様を。ごめんなさい。でも――やり切りました」
思ったことが片っ端から言葉になっていく。ムウさんの胸元に潰れるほど顔を押し付ける。
「最期まで、幸せそうでした。後悔してないんです。でもっ、でも」
ムウさんが、黙って僕の頭をそっと撫でた。
嗚咽が止まらなくて、涙が滝のように湧き出して止まらなくて、唾液や洟が僕の言葉をせき止めようとする。
「ひぐっ、む、ムウさん――さびしい――いかないでほし、ほしかった――」
神の体は冷たい。僕の体も、ムウさんの体も。
でも僕は、今もはっきりとあの温かさを憶えていた。だからこそムウさんにしがみついていると、より苦しくなる。
冷えていく。離れていく。感覚の残滓が奪われていく。
けれど、ムウさんの目を見てしまったから、どうしても、抱きしめたくなってしまった。
僕はムウさんの胸の中で、声を上げて泣きじゃくった。
「うぁ、あ――好きだった、から……ひっ、い、居てほしかっ、た」
「……セド」
しゃくりあげる僕を哀しい声で呼ぶ。
「お前は優しいな」
そんなことない。本当に誰より優しいのはゼファ様だ。
僕はそれを受け取り続けただけだ。
ムウさんは開いていた本を閉じて、抱く手を緩めるように無言で促す。一瞬、強い喪失感が湧いたが、ムウさんは僕に向き合うように椅子に座り直した。
そして今度は、ムウさんから僕の背へ手を回される。
背中をとん、とん、と優しく叩かれ、あやされる。
その感覚が懐かしくて、またひとりでに涙が溢れてしまう。
気づけば僕はムウさんを抱きしめていなくて、ただなされるがままに包まれていた。




