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6 超自然的な

・ ・ ・

 

「むうさん! みて!」

「お、コウシ草だな。虹の糸と書いてコウシ、と読むんだ」

「これ、にじいろ? みどりいろのはっぱなのに……」

「それはな――」


 あたたかな陽が差す中、ムウさんと僕は薬草を採りに山道を下っていた。ムウさんは僕の手から虹糸草を受け取り、葉の根元を強くつまむと、ピィと葉先まで引っ張ってみせた。中心に走る一番太い葉脈――主脈だけを残して、葉の繊維が地面へとぱらぱら落ちる。残った主脈は透きとおっていて、朝露のように輝いた。


「おお……!」

「こうすると、虹色に光る糸のようだろ? こいつを何本も集めて刺繍糸にして、金持ちの服に使うんだ」

「じゃあ、これをいーっぱい集めたら、お金持ちになれるんですか?」

「それが難しいから高いのさ。自然にはいっぱい生えてないんだ」


 さあ別のを採った採った、と手で追いやられる。虹糸草は僕の足元にまだ沢山あったので、根っこのギリギリから刈り取って、腰の袋に詰められるだけ詰めて帰る。

 見える範囲のものをすべて刈り取れば、仕方なく目的の薬草を取っていく。これはこれで楽しいのだが。



 僕は山に捨てられていたらしい。詳しい話は聞かせてくれなかったが、拾われたのは僕が大体3歳くらいの頃だという。ムウさんが僕を見つけた時、毒か何かを入れられており、生死の境を彷徨っていたそうだが、健康になればすぐによく食べよく遊び、素直にすくすくと育った、らしい。

 走れるようになれば、採取の手伝いを始めた。話せるようになれば、村まで読み書きを習いに行った。働く歳になれば、本格的に薬師助手として、様々な雑務をこなし、さらに勉学に励んだ。

 いつも帰ればムウさんが居た。放任気味だったが、気にかけてくれていたと思う。沢山反抗もしたが、受け止めてくれた記憶が確かにある。



 それでも、なぜかムウさんのことを、いわゆる〝親〟だと思えなかった。



 ずっと一緒に居たから分かるのだ。僕や村の人とは違う。いいや、〝人間〟とは異なる。人の言葉を話すだけの、超自然的な何か。

 思考や性格が違うだとか、額から伸びる角が本来あり得ないものだとか、そんな程度の話ではない。僕からすると、ムウさんと呼ぶ物体が、明らかに異質な何かであると感じている。具体的に言えば、脈がないとか、飲み食いしないとか、呼吸をしないとか。――マナ構成体ゆえだろうか、〝生物としての存在感〟がない、とか。



 ・ ・ ・



「じゃあお前はなんでムウさん? と一緒にいるんだ? 俺ら人間と暮らしたほうが幸せなんじゃねーの?」

「そうかも。でも、情があるというか」

「他の世界を知らねーからじゃね? 女とか興味ねーの? ほら、あそこの娘とか可愛いじゃん」

「あは、確かにね。僕にはちょっと高嶺の花かな。お似合いだよ、君のほうが」

「そうかなあ」


 急行車に揺られているうちに、お互いによりくだけた口調で話すようになった。急行車は五刻に一度駅に止まり、猪がケアを受ける。僕らもそれに合わせて地上へ一旦降りては、伸びをしたり、用を足したりしてまた乗り込む、を繰り返していた。


 お互いの身の上話をしていると、時が過ぎるのがあっという間だ。彼と僕とでは、生まれ育ちも違えば、経験したことも考え方も違った。時々、大変に悩ましい問題について議論する時間もあった。例えば、女の子へのデートの誘い方、など。


 彼は羽織や毛布の類を持ってきていなかったため、僕のストールを半分掛けてやって、寄り添って寝た。湯浴みをしていないので自分の体臭が気になったが、まあお互い様か、と思い直す。彼の身体からは、皮をなめすときのものだろうか、ふわりと煙の匂いがした。


 アイドレールに近づくにつれ、乗客が増えてくる。ぎゅうぎゅうというほどではないが、知らない人間が常に隣に居るという状況は、精神が摩耗する。彼と話し慣れたおかげか、腹を割った雑談をしてストレスを紛らわせられたのがよかった。



 あと次の駅を抜ければようやく到着――というところで、突然前の客車から悲鳴が聞こえる。少し遅れて、耳をつんざくような咆哮が轟いた。


「ブオオオオオッ!」

「何だ!? おい、どうなってる!」

「知らないよ!」


 客車が前へとぶつかりながら動きを止める。窓から顔を出せど、谷の中の街道だからか見通しが悪い。


「渡り猪が襲われた!」


 男の怒号が響く。乗客はパニックだ。どうするんだ、早くなんとかしろ、猪は大丈夫なのか、様々に声が響く。


「なあお前、この後どうする?」

「うーん。……人が多くて疲れたし、少し運動しようかな」

「はあ? えっ!? 待てよ!」



 携帯カバンを肩から掛け、ロープと布と小刀を手早く腰に結わえて窓から飛び出した。ずっと座りっぱなしだったから、身体を動かせて少し気分がいい。客車の脇を駆け抜けていけば、先頭に血溜まりが見えた。

 渡り猪のうち一匹が、小柄な獣に背中を齧られている。残りの二匹は恐怖で硬直しているようだ。


「樹上狼か。こないだ仕留めたところなんだよね」


 余計な殺生は嫌いなんだけどな。走る速度はそのままに、僕は小刀を抜いた。

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