56 意思
「で、何ですか? 僕がこの薬を作ってる理由、でしたっけ」
感情が一切こもってない声で、激情に呑まれるムウさんに言い放つ。挑発だと捉えられる態度だろう。もうどうでもよくなって、構わず続ける。
「お気づきでしょう。ゼファ様を殺すため、です」
「頼まれたのか?」
「……僕の意思ですが?」
はあ、と嘆息して僕は四肢を投げ出す。次はどうやって研究を進めようか、と既に考えているあたり、反省ひとつしていない。
「もういいです。バレちゃいましたし。後で処分しておきます」
「止める止めないの話じゃない。話を逸らすな」
がちりと頭を掴まれて、ムウさんの顔を見るよう強いられる。
「何の為にこんなことをしている」
「……ゼファ様を生かすためです」
「説明しろ」
顔を背けたいが、頭を掴まれているのでうまく動かせない。視線だけ明後日の方向へやって、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「あの人は、亡きご友人に逢いたいとただ願っておられます。その為には肉体が邪魔なのですよ」
「死後の世界など迷信だ。建前はいらん、主目的を言え」
「建前じゃないと思います。大切な人を亡くしすぎて、死後の世界の存在にでも縋らないと心を保てない。……だから、僕がゼファ様の人生の期限を明確にして、できるだけ長く自死の選択肢を忘れさせてあげたいだけ。せめて僕の手で、光環の向こうへ送り届けてあげたいだけ」
僕が淡々と語るたび、表情を崩していくムウさんが、ただ痛々しかった。でも引かない。分かってほしいから。
「……それは、お前がやることじゃない」
「だから言ってるじゃないですか。僕の意思です」
「お前はそんなことしなくていい……!」
石柱が新たに床から突き出し、僕の両肩を貫く。また濃い地のマナを身体に流され、吐き気で朦朧とする。
「私だって、私だって、人間の死ぬところなど沢山見てきたんだ……! それでも私は生きてきた! 高々数十人を看取った程度の奴のことなど、セドが背負う必要などない」
貧民街で生まれ育ち、過酷な環境を背負わされてもなお生き続けたムウさんには、ゼファ様の持つ希死念慮は理解できないのだろう。
……ムウさんは確かに、ゼファ様とは比べ物にならないほど莫大な数の死体を見てきた。でもそれらは名も無き子どもたちやかつての被差別人種、暗殺対象などであって、ムウさんと深い関係にあった人々ではない。
対して、ゼファ様が千年かけて見届け続けた死は。
「ムウさんは。僕が死んだらどう思うのですか」
「……それ、は……」
突然の問いに戸惑い、か細い声が漏らされる。
「ゼファ様が経験してきた数多の他人の死は、そのような痛みの連続だと思いますよ」
一瞬にして、はっと表情が抜け落ちる。きっと、想像できてしまったのだろう。
「……それでも、セドが……こんなこと……」
ムウさんは膝から崩れ落ち、僕の腹に顔を埋めて泣き始めた。
受け入れられない、認めたくない、そんなことをさせるために製薬を教えたのではない、お前じゃなくていい――呪文のように、嗚咽とともに唱え続ける。撫でて宥めたかったが、四肢や上体を拘束されて動けない。ただ言葉を尽くすしか、今の僕には許されていなかった。
「……嫌だ。セド」
「分かってます」
「なら、何故」
「僕も嫌です。でもそれ以上に――寿命以上に生き続けることをゼファ様に強制したくなかった」
「嫌だ、嫌だ、嫌……ああ……いや、っだ……」
ムウさんはめったに口にしない本心をぶちまけながら、首を千切れんばかりに振り続ける。腹が冷たくて、相当な量の涙が服に染み込んでいるのが感じられた。ごめんなさい、と謝りたくなる気持ちをぐっと堪える。
やがて疲れ果てたムウさんが、顔を僕の体に埋めたまま、力なく呟いた。
「……止める気は、ないのだな」
「はい」
細い息を長く吐いて、石柱や蔦をゆっくりと床下へ収めれば、ムウさんは俯いたままゆっくりと立ち上がる。その表情は見えなかったが、声音はとても優しく、切なそうだった。
「メモを取れ、セド」
「え? ……はい」
意味がわからないまま、僕も起きあがり、卓上のノートの新しいページを開き直してペンを構える。
「――これは思いつきで、独り言だ。けしてお前のやる事に手を貸す訳では無い――ノトロ菌は特殊な塩で増殖を抑止・促進できる……ニデリー草は根部分には抗菌性がない、腐りやすいので注意する。あと有用そうな情報は……私のノート棚の二段目右半分に多く載っている」
「え、ちょ、ちょっと待って」
「あまり知られていないが、ミネルとシビレアカユリの花弁の混合物は、特に獣混人に対して強い酩酊をもたらす……それとノトロ菌を使うならコーティングの材質に気を配らねばならない」
聞いたことをできるだけ漏らさないように、汚い字で必死にペンを走らせる。なんとか追いつけば、ムウさんは最後にぽつりと言った。
「……こんな不衛生なところで作業をするな。実験室を使え」
そのままムウさんは部屋を出ていった。
普段通りの様子でそっと戸が閉められれば、その向こうからどちゃりと音がして、やがて声を上げて泣くのが聞こえた。
「……っう、ふええん――」
年端もいかない少女のような、無垢な声だった。




