52 信じたい
「僕は、君の――〝友人〟でした」
「でした……?」
フランツのまっすぐな目を見ていられなくなって、ふっと目を逸らしてしまう。
本当は彼に、洗いざらい吐き出してしまいたかった。そしていつまでも〝ゼファ様を手にかける〟という選択肢を持ち続けている僕を、咎めて欲しかった。でも今はフランツからしたら僕は初対面なのだ、弱音など吐けるわけもない。
「……内緒なんですけど。僕、人間から神になったんです」
「はあ? あんた、何言ってんすか」
「信じてくれなくても大丈夫。ただ、聞いてくれれば」
神にならないと救えない人がいたこと。神になれば、全ての人から忘れられてしまうこと。決心しきれていないときに、背中を押してくれたのがフランツだということ。その時に飾り紐をくれたこと――それらをかいつまんで話せば、徐々にフランツの表情が曇る。
「そんなおとぎ話、みたいな。あるわけない」
「無理もありません」
「でも。わかんねえんだよ。俺はこれを作った記憶も、渡した記憶もないのに、でも絶対、これは俺が作ったんだって!」
「うん」
「それに装飾品はまだ全然自信ねえから、幼馴染とか妹とかの相当信頼できる奴にしか渡してない」
「……え」
「あんたの話が本当なら、何で俺は、忘れちまったんすか」
混乱で揺らぐ瞳の中に、悔しさの色も映って見えた。自分の作品も、それを贈るに値するだけの人間のことも忘れてしまったことが、もしくはそれらの真偽が判断できないことが許せないでいそうだった。僕がそれだけ、フランツに想われていたという喜びこそあったが、その記憶を奪ってしまった罪悪感のほうが強く、ただ辛い。
フランツの切迫していた表情がふと緩められれば、申し訳なさそうに眉を下げて、嘆くように言う。
「あんたの話は全然信じられねえ。でも盗まれたなら、作ったことくらい覚えてるはずだ。……もし仮に、本当にこれを俺が贈ったんなら、少なくともそん時の俺は、あんたを特別に思ってた……んだろ」
僕は言葉を失った。
――どれだけお前のことを忘れたとしても、こいつを贈るほどに大切な友人だったんだって、未来の俺はきっと分かってくれる。
「あんたのことはまだ……全然、正直信用できないすけど、俺は俺を信じたい」
(フランツ、君は――過去の君が信じたとおりの男だよ)
他人の語る未知の自分を信じるのは、きっと不安でたまらないはずだ。覚えのない作品なんてなかったことにして、お前なんて知らないと一蹴する方が絶対に楽なはずだ。なのにどうして。
ただ羨ましくなった。フランツが、揺るがぬ〝自分〟を自己の中に見出して、それを信じきれているのが。
「俺はこのあと、ちょっと用事で。……夜、星でも見に行かないすか? もう少しだけ、話がしたい」
首肯して微笑めば、彼も緊張が解けたように、ゆるりと自然に笑う。
しかしその直後、フランツが顔色をさっと変えて、大声を出す。
「そういえば! 名前、聞いてなかった!」
いつかの急行車でのやりとりをなぞるような、聞き覚えのあるセリフ。あまりに懐かしくて、またよく知るフランツに出会えた気がして、ただ再会の感動に震え、肩の力が抜ける。
「……あは、あはは! ほんとだ、忘れてた。僕は、セド」
「フランツ……ってもう、ご存知すよね。セド、様」
「ううん」
フランツの目を見据える。
向き合いたい、彼に。また友人として話せるようになりたい。
「セドって呼んで。様付けはいらない。敬語もなしで」
「む、無理すよ。神様なんでしょ」
「神様命令だよ?」
「……セド」
困りながらも、お願いを聞いてくれるフランツは、やっぱり優しかった。
「ありがとう」
日没の頃、待ち合わせ場所である時計台の前へと来ていた。食事を摂らなくていい体は楽で、財布にも優しいものの、どうしても時間を持て余してしまう。生理現象の一切を奪われた体は、実に暇になって仕方がない。ただよう風のマナをぼんやりと眺めながら、迷いを上から塗りつぶすように新薬の検討をした。
「……待ったすか?」
「敬語」
「え、あー、待った……か?」
定刻通りにフランツが現れる。待ってないよ、と返せば、安堵したように笑ってくれた。急行車ではあんなに慣れ慣れしく話しかけてきたのに、今や別人のように肩身を狭そうにしているのはちょっと面白かった。
「時計台から見るの? 星は」
「いや、こっちだ。あの背の高い集合家屋が見えるか? 今は誰も住んでなくて、玄関も施錠されてるんだが、非常階段から屋上へと上れるんだ」
「勝手に入っていいのかい?」
「勿論、部屋には入ったら駄目だぞ」
ずっと遠くからの賑やかな声を聞きながら、夜道を歩く。話題があるわけでもないために、すぐにお互い黙ってしまう。……自分が会話をリードしないといけない気がして、思いついたことを切り出してみる。
「アイドレールにはもう慣れた?」
「え、俺がアイドレール出身じゃないってことも知ってるのか」
「……ごめん。以前話したことなんて覚えてないよね」
「いや、いい。今まで通り話してくれれば。そしたらお前の人となりがわかるだろうし」
先導してもらっているし、もうすっかり暗いから、表情は全然見えない。だけど、歩くたび、話すたびにリラックスしてもらえていると感じた。
フランツがアイドレールに来てから、間もなく装飾品専門の金物師のもとへと弟子入りしたらしい。革細工師なのに何故かと聞けば、簡単な金具くらいは自作したいし、金属細工に特有のデザインを学ぶのにいいという。友達はまだできてないものの、職人仲間が増えた、刺激が多くて毎日忙しい、金床を買うまで帰れないなと楽しそうに語る。
「そういうお前はどうなんだよ。今日ずっと、酷い顔してんぞ」
「え?」
そっと、自分の頬に触れてみる。
――やはりフランツには、隠し事はできないようだった。




