51 友人
「……そんな」
それ以上の言葉が出なかった。
馬鹿なこと言わないでください、とか。ちゃんと新たな生を全うしてくださいよ、とか。そんなことを言えたら、どれだけ楽だっただろうか。けれどご友人を喪われる度に、どれだけの哀しみがゼファ様を襲い、のしかかったのかと思えば――そしてこの穏やかな目を見てしまえば――簡単に生きろだなんて言えるはずもなかった。
「すまない、このような事、言わぬほうが良かったな」
謝らないでほしい、頼ってくれて嬉しい。けれど、あまりに苦しい。ゼファ様はもう人間だ、誰かの手を借りながら生きねばならない肉体となってしまった。これからはきっとまた新たに人と関わって、また人を喪って、そのたびにまた悼んで――もう寿命は永遠でなくなったのだ。死を願うのも頷ける。でも。けれど。
「……だから泣くな、セド」
「だって」
泣きたい訳ではなかった。ただ、ゼファ様の魂を救う方法がわからなかった。答えが出せないことが申し訳なくて、不甲斐なくて、ぐちゃぐちゃになっていた。
なぜなら痛いほど実感してしまったのだ、神の身になれば〝死ねない〟と本能で分かることが。炎で身を焼かれようが、海に身を落とそうが、どんなに想像を巡らせても死にやしないと思わされる。死に対して恐れることすらできない。
それに、神継ぎ以外で神が自身の肉体を手放す唯一の手段は、魂の破壊のみだ。ゼファ様が今までそれを選ばなかったのは、魂の還る死者の国で、亡き友人達に二度と逢うことが叶わないから、だと容易に推察できる。
ただ見送るだけの生を続けたゼファ様が、どれほど孤独に傷を深められ、寂しさに心を焼かれたか、想像に難くなかった。
「忘れてくれ。帰ろう」
しゃくりあげる僕をなだめるように、背中を撫でられる。少しして呼吸が整えば、僕は崩れた表情のまま、僕たちを空へと舞い上げた。
・ ・ ・
「また来ます。……ちゃんと、食べて、寝てくださいね」
ゼファ様を無事家まで送り届けたので、玄関口で挨拶をする。きっと僕は今、ひどい表情をしているだろう。なんとか笑顔を作ろうとするが、うまく出来ていないと思う。
返事も聞かず、ゼファ様の顔も見ず、そのまま庭を抜けて旧宅街の通りへと出る。なんとなく帰る気になれなかった。ふらふらと当てもないまま、ただ足を運ぶ。落ち着いたら家に帰ろう、いつ落ち着くのだろうか。生産性のない問いを自分に投げかけながらただ歩く。そしてあのまっすぐな紅い瞳が脳裏をよぎっては、喉がふっとつかえて苦しくなった。
日が傾き始めた頃、大通りへとたどり着いてしまう。人がいっぱい歩いていて、居心地が悪くて、思わず狭い路地へと入る。……大通りの店に比べて、少し古い看板や扉が並び、人も少なかった。ちょっと、気が軽くなった。
そのまま大通りから離れる方へ歩いていくと、突然路地に面した扉がガチャリと開き、人が飛び出してくる。
「うわっ!? すんません!」
「あ、いえ、こちらこそ」
ぶつかりかけて、思わず会釈する。地面から視線をあげて、相手を見れば、懐かしい顔があった。
――ああ、どうして君はいつも、僕が迷っている時にばかり会うんだ。
「……フランツ」
軽そうな雰囲気の、少し年上の青年は、僕の顔を見て――愛想笑いをした。
「あ~、ど、どっかでお会いしましたっけ、ハハ」
「いえ。……なんでも」
他人行儀な笑顔が、じくり、と胸を刺した。やはりフランツも例外ではなく、神となった僕のことを忘れている。いいか、このまま忘れてもらって。自棄になっているのかもしれないが、無理に話をして彼を混乱させたくないというなけなしの配慮もあった。
「驚かせてすみません、本当に。僕たちはほとんど話したことありませんから、気にしないでくださいね」
早口で誤魔化し、踵を返す。できるだけ自然に見えるように、彼から遠ざかる。
「ま、待ってくれ!」
急に叫ばれ、思わず振り返る。
フランツはツカツカとこちらへと歩いてきて、ガッと僕の右手をつかんだ。僕のひやりとした体温に驚きの声を上げつつも、すぐに僕の手と顔を交互に見比べる。
「あんた、これ、この飾り紐、どうした――どうしたん、すか」
明らかに動揺した様子で、まくしたてられる。
「これ、俺の作ったやつっすよね。しかもごく最近の――でも俺、これを作った覚えがない」
ぐるりと手首を返され、フランツが食い入るように飾り紐の意匠を見る。端の処理から、装飾の入れ方まで。荒れた指で紐がなぞられるたび、端に付けられた天然石がキラキラと光る。
「ああ、間違いなく俺のだ。偽物じゃない。しかもこんな出来がいいの、俺が簡単に人に渡すわけない――無礼を承知だ。教えてくれ、あんたは、あんたは俺の何者なんすか」
ずいと身を寄せられ、問い詰められる。
ゼファ様のまっすぐな瞳がまたよぎれば、この言葉をフランツに使いたくない、こんな言葉で彼を形容したくない、と思ってしまった。でもそれ以上に、彼にも、自分の心にも嘘をつきたくなかった。
「僕は、君の――〝友人〟でした」




