49 のどかに
空腹のゼファ様に昼食を作る。肉体を取り戻したてなのであれば、身体が驚かないよう胃に優しい献立にしようと思う。
パン粥やすりおろしたリンゴ、そして好きだと言ってくれた芋団子を器に入れてトレイに乗せ、ゼファ様の寝ている自室をノックする。
「失礼します」
ゼファ様はベッドの上で身体を起こして待っていた。どことなく怠そうな雰囲気があった。
「ご気分はいかがですか」
「胃のあたりが痛むのだが……確か腹が減る感覚はこのようであった気がする」
「では、こちらを。足りないかと思いますが、我慢してくださいね」
強い空腹感に任せて一気に食事を摂ると、体に負担がかかるだろう。満腹中枢がちゃんと働いてくれるよう、時間を置きつつ食事回数を増やすことで、暫く様子を見る旨を提案すれば、納得してくださった。
ゼファ様はその大きく長い指を組んで、食事前の祈りをすれば、粥を一匙すくって口にする。ん、と喉奥を鳴らせば、ゼファ様にしては速いスピードで口に食事を詰めていく。もともと、ゆっくりよく噛んで食べられる方だったので、あまり喉に詰まらせる心配はせずにそっと眺めていた。
「こんなに美味かったのか。セドの料理は」
「空腹は最高の調味料、ですから」
食器の鳴る音も少なく、ただかすかな衣擦れの音だけが響く。嚥下する度に軽く頷いて、身体の感覚に集中しているようだ。
暫くして、ゼファ様が食べ終わる。食後の祈りを見届ければ、簡単な問診と診察を行い、問題ないことを机の上のカルテに書き留める。ついでに尿や便の頻度や色、形状についても逐次報告するよう伝えた。
「本当に薬師だったのだな」
「まだまだ見習いですけどね」
「ムウには何百年もの蓄積がある。いささか、目標には高すぎるのではないか」
「あは、そうかも」
半刻ほど、他愛ない雑談をして過ごす。飾り紐に言及されたので、アイドレールの散策中に警備隊に連れて行かれたことや、フランツと会ってこの飾り紐を貰ったことなどを話した。彼と話した喫茶店はゼファ様も良く知っている店だったようで、開店当時の話や想い出を教えてもらった。
ゼファ様は本当に良く笑うし、良く困った顔をする。ムウさんのように皮肉はあまり言わないけど、誰も傷つかないような冗談を言う。昔話をするときも、自分主体で話すことは少なく、まるで誰かを主人公に据えたように話すことが多いと感じた。
それからは、ただのどかに、時間が過ぎていった。
自分のことはと言えば――正直あまり何か変わった実感がない。気がつけば排泄も食事も不要になって、睡眠もしようと思ってやっと意識を手放せる感じ。それよりも、普段の生活にゼファ様が交じるようになったのが、一番新鮮に感じた。
この2日後には、ゼファ様は普通の食事を摂れるようになって、体調も殆ど崩されることなく、簡単な運動ならできるようになった。神力も大幅に失われたものの、ごく簡単なマナ操作なら可能なようだった。
5日後にはリハビリも兼ねて簡単な家事を手伝ってもらい、空いた時間には僕たちの製薬の仕事を眺めたり、雑談したりしていた。本棚にある多量のムウさんのノートをぱらぱら見られては、意味は分からないと言いつつも、その整然としたまとめ方に感嘆の声を漏らしていた。
ずっと生活がのどかで、自分が神となった実感がないままだった。
神継ぎから1週間後、ムウさんから呼び止められた。
「セド? コフ村に薬を卸しに行くから一緒に来てくれ」
「あれ、今日はムウさんも同行されるのですか。いつも行ってこいって言うばかりなのに」
「忘れたのか? セドは神となったんだ。私達以外、お前を覚えている奴はいないだろう? お前のことをまた紹介せねばならん」
どきりとした。そういえば、そんな話もあったなと思いだす。――神になる代償として、全ての記録から〝僕〟が抹消され、関わってきた全ての人が僕のことを忘れる。僕という人間が元々いなかったことになる――覚悟していた筈だが、いざ直面すると少し焦りのような、緊張のような、そんな気持ちに包まれて背筋が伸びる。
「……わかりました」
ゼファ様はかなり人の身体に慣れてきており、もうある程度自由に過ごせるようになった。留守を頼み、二人で山を下り――るのも面倒なので、神力の訓練も兼ね、空を飛んで行った。
「ムウちゃん! 今日も来てくれたのね」
珍しく、村長の奥さんが入口にいた。村のみんなと何か打ち合わせをしていたらしいが、こちらに気づけば駆け寄ってきてくれた。
「ああ、ご無沙汰している。……少し紹介したい奴がいるんだが、いいか」
「ええ。……後ろのお兄さんかしら?」
何の曇りもない、そして知らない人を見るような目で見られる。
名前を呼ばれることもなく、貴方はだあれ、とでも訊くかのように、少し首を傾げている。
……本当に、忘れられてしまったんだ。
思わず目を伏せてしまうが、すぐに笑顔を作って、僕は自己紹介をする。これも、僕が選んだ結果のひとつだから、責任を持たねばならない。
「――〝初めまして〟。セドと申します、ムウさんの見習いをさせていただいております――」




