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5 その景色に

「おお、セドか」

「ご無沙汰しております。村長」


 眠ってばかりの状態と聞いていたが、たまたま起きていた時間らしい。運がよかった。村長は感じの良い柔らかな笑顔で、歯の抜けた口内を見せながら、手を振って僕を迎えてくださった。丁寧に、言葉を選んで、ゆっくりはっきり話す。


「ご気分はいかがですか」

「うん……まあまあ、な」


 ぼけている訳ではない。ただ、もう自分の身体の感覚がよく分からないのだろう。苦しそうでないのが何よりだ。村人総出の介護のおかげか、身辺が綺麗に保たれている。


「お前は最近どうだ? うまくやっておるか」

「ええ、村の方によくしていただいています。今日もアイドレールへ行くため、馬車を手配してもらって」

「そうか……そうか……何か用があるんかね」

「ムウさんより、ゼファという人に会え、と」


 その名を聞いた瞬間、かっと村長の目が見開かれた。突然の気迫に、え、という声が漏れる。


「カッカッカッ……ゼファか。懐かしい……あいつは人が嫌いだからの。よお困らされたもんじゃわい」

「お知り合いなんですか?」

「知り合いも何も、まあ……ゼファからしたらただの知り合いじゃな。昔、読み書きを教わったんじゃ。奴は気まぐれと言うてたがの」


 殆ど発話をしなくなって長いようで、時々むせながらも話をしてくださった。沢山のことを喋ろうとするものの、その度に体力が奪われていく様子が見られる。


「のう、ゼファに会うなら、宜しくと――いや、違うな。セドが〝門前払いされれば〟、しょうもない事をするな、と伝えておいてくれ。カッカッ……」

「まるで僕が絶対に歓迎されない、みたいな」

「せんな。言い切れるわい」


 村長はひとしきり笑ったあと、大きな深呼吸をすれば、活力が枯渇したのかうとうととし始める。ご家族に手伝ってもらいながら、村長の身体を横たえ、布団をかけ直した。




 そのあとは近くの飯屋で食事を済ませ、次の依頼を受け取っておいた。そして水と食料の調達を終えたあたりで、丁度馬車が到着した。荷の積み下ろしを手伝い、馬を休ませ終われば、村の皆に挨拶をして後方のワゴンへと乗り込む。僕専用に用意されているのか、他に誰も乗客がいないようだった。流石に今度、村へお礼をしなければならない。


 しばらくすると馬車はゴトゴトと音を立てて動き出した。ワゴンのつくりがあまりよくないのか、軋む音はするし揺れるしで、あまり快適な旅とは言い難い。それでも、ワゴンの隙間から吹く風は軽く、明るく青い空には薄布のような雲がなびいていた。

 村で調達したものの整理をしていると、あっという間に駅に着く。




 駅には既に20人くらいの人が居た。旅準備を忘れた乗客の為に、行商人がシートを広げて生活用品を売っているのも見える。駅員が渡り猪のエサや水場を調えて待機している。遠くからうっすら轟音が聞こえてくるので、もうじき急行車が着くのだろう。


 渡り猪は半年に一度、大陸南北を高速で横断する習性を持つ。長年の人の手による飼育の結果、横断時期を分散させ、移動ルートを固定化することに成功した。そこで客車を渡り猪に括り付けることで、馬車の3倍は速い急行車として、つい15年ほど前に交通手段のひとつとなった。


 やがて3匹の猪たちが駅に到着し、後ろに連なる客車からぞろぞろと人が降りてきた。猪たちはまだ元気が有り余っている様子で、駅員のブラッシングを受けている間にもお喋りするようにずっと鳴いていた。自分の背丈の倍以上もありそうな大きな体躯に、思わず息をのむ。


 駅員に整理券を貰い、いくつかある客車のうち、指定された番号のものへと乗り込んだ。内装は先ほどと打って変わって、ふかふかとした椅子やしっかりした造りの窓や床など、かなり快適そうな様子だ。腰を下ろし外を見やると、普段歩く地面よりずっと高い位置に視界がひらけて、不思議な景色にわくわくした。


「なあお前、どこまで乗んの?」


 隣から声がしたので振り向くと、気の強そうな青年がいた。年は僕より少し上だろうか。


「アイドレールです」

「え、俺も! なあ、こっからかなり時間が掛かるよな。よければ話し相手になってくれよ」


 ちょうど自分も暇の潰し方に悩んでいたところなので、二つ返事で了承した。青年はコフ村より少し西の、また別の村からこの駅に来たらしい。革細工を生業としており、最新の流行を勉強するためにアイドレールへ滞在するらしい。軽そうな雰囲気があるものの、ざらざらした手のひらからは、地道な修行の成果が見てとれた。


「それでお前は? どっから来たんだ?」

「ええと、あっちに見える山に住んでます」

「マジで!? 山ン中に住んでんの? 親は?」

「両親は――僕と血の繋がりがある人は、今何しているか分かりません。その代わり、ちょっとした神様に拾われて、一緒に暮らしています」

「へえ〜?」


 ガコン、と音がした。地面と客車を繋ぐ留め具を外したらしい。駅員が鐘を鳴らす。出発の時間だ。


「動くぜ」


 青年は目をきらきらさせながら笑った。僕も笑んで返す。だんだんと猪の足音が大きくなり、景色が流れるスピードが上がる。人の足では到底出せないその速度に、その景色に、僕は釘付けになっていた。

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