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48 イニシャライズ

・ ・ ・


 僕たちの家の庭で、僕とゼファ様が向かい合って立つ。


 そこから少し離れた玄関の、低い段差にムウさんが腰掛けてこちらを眺めている。朝の日差しはぽかぽかと降り注ぎ、のどかな雰囲気を作り出していた。僕らがどれだけ重要なことをしようとしているかなど、この穏やかな青い空には関係ないようだ。


「神継ぎって時間かかりますか?」

「半刻――いや、四分一刻も要らぬ筈」

「私の時もそうだったな。あっという間だった」


 人の体を作り変えるというのに、そんなものなのか、と目を丸くする。


「あの、儀式? をするんですよね。何か手順とかって……」

「先ず我が宣言すれば、その後のことは〝世界〟が教えてくれる。逆らわずに言葉を紡げば良い」

「なるほど? うーん、わかりました。じゃあ、お願いします」


 ゼファ様がそわそわとして、落ち着きなく足先で地面を叩いていた。


「……あと3年ほど先では駄目か?」

「観念しろ、ゼファ」


 はあ、と大きなため息をついてから、何度目か分からない確認を僕にする。


「――本当に、良いのだな」

「はい」

「承知した」


 ゼファ様がすっと紅い目を閉じる。初めてお会いした時のような、威厳のある真剣な声音で、ゆっくりと唱える。



「――〝世界〟よ」



 その瞬間、轟音とともに膨大なマナが足元から噴出する。それはゼファ様と僕の周りを包み、塔のごとく天へ向かって勢いよく柱を伸ばした。風のマナではなく、もっと原始的な素質のマナであることが直感的にわかる。


「我が名は風の神・ゼファ。我が魂の器に当てられた権限を、次代としてセドに継ぐ――承認を」


 僕の回答が求められていることが、ごく自然にわかる。言葉の選択肢が勝手に脳内に浮かぶものの、どちらを選ぶかは僕の意思に委ねられている、そんな感覚だった。僕は迷わず答える。


「承認」


 次の瞬間、同じように脳内に文章が提示される。まるで台本を突き出されているようだった。逆らわず、口をただ任せる。


「我が名はセド。風の神として、先代・ゼファより、我が魂の器への権限の移行を要求する。承認を!」

「うむ。……承認だ」 


 あとはもう、僕が〝実行〟するだけ。――届けるように、はっきりと言い切る。


 

「――受け入れます(イニシャライズ)



 取り巻くマナが膨れ上がり、視界が激しく明滅する。


 強い光と深い闇に目を焼かれ、思わず顔を覆おうとするが、うまく腕が動かせない――腕が、ない。


 ゼファ様のほうを見ようとするも、まばゆくて何も見えない。


 僕の身体はそのままほどけ、流れになり、粒子になり、渦になる。

 心の中だけがいやに静かで、むしろ〝これからあるべき姿になるんだ〟とさえ思わされて。


 しばらく待って、足先から順に感覚を取り戻していけば、目の前に――刹那、諦めたように笑うゼファ様の姿が見え――マナの奔流から解放される。



 身体が軽い。


 肉も骨もなくなり、全身が軽石でできているような感覚。


 (ああ、これが――神の身体か)


 手を軽く握ったり開いたり、肩をぐるりと回したりして、問題なく動くことを確認する。向かいに立つゼファ様もゆったりと立ち、同じように指を一本ずつ折ったり、肘を曲げ伸ばしたりしていた。神継ぎを行ってもなお、ゼファ様の頬や首の鱗はなくなることはなく、陽の光を受けてキラキラと輝いている。


「……歩けますか、ゼファ様」


 声をかけられ、ゼファ様がそろそろと一歩踏み出した。特にふらつく事もなく、そのまま数歩歩いて、体幹が安定していることを確かめる。以前と変わらずのしりのしりと歩くが、元よりゆっくりだった歩調を更に緩めていた。


「体が重いな」

「肩、貸しましょうか」

「いや、そこまでではない。それよりも……」


 紅い目がちらと玄関の方を見る。ムウさんは黙って脚を組んで座っていたが、視線に気付けば、ひとつ頷いて立ち上がり、こちらへ歩いてくる。


「……一応、説明しておくとな。高位神は、先代から神を継ぐだけでは全ての力が得られるわけじゃない。まだ人間の頃と比べてさほど扱える力が変わらん筈だ。したがって、高位神または最高位神による、第三者承認が必要となる」


 ムウさんが僕の目の前に立てば、小さな手をまっすぐ伸ばして、僕のみぞおちへと触れる。


「まあ黙って立っておけ。――〝世界〟よ」


 先程のようにマナの奔流はないが、魂が何となく落ち着かず、熱を持ち始めた気がした。


「我が名は地の神・マグノリア。風の新たな権限者・セドを、〝世界〟の維持に相応しい者として承認する。セドが力を行使することの許可を望む」


 凛とした声が響けば、魂の周りがぐにゃりと歪む感覚がした。思わず目をぎゅっと瞑れば、すぐにその不快感は収まる。


「わ……」


 再び瞼を開けば、漂うマナが今までよりもはっきりと、鮮やかに映る。どんな薄いマナでも捉えられ、また全てのマナを制御できる自信があった。


 試しに、ほんのわずかなマナを送って、庭の木の葉を一枚取ってみる。まるで手指のように自在に扱えた。少し調子に乗って、いろいろと神力で遊んでいると、ずるりと何かが引き摺られるような音がした。


「ほら、立てって」

「……腹が痛い……力が……」

「ダメだ。立て。あんたはガキか。セド! ゼファを部屋まで運んでくれ」


 崩れ落ちるゼファ様を無理やり立たせようとしているが、ムウさんのか弱い力では背筋を伸ばすのが精一杯だ。


 心配していると、直後、ゼファ様の腹の虫がぐう――と鳴る。どうやら空腹で動けないらしい。僕は苦笑いして、神力を使って、ゼファ様を僕の自室まで運ぶことにした。

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