46 気持ち
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「アッハッハッハ! 結構、結構! 実力行使で黙らせるとはな、セド! ゼファ、あんたもガキにしてやられたか! アハ、アハハハ!」
「笑いすぎだ! つ、慎め!」
「子ども扱いしないでくださいよ!」
家まで送り届けてもらったので、そのまま一緒にムウさんに一連の出来事を報告すればこう、だ。食卓にムウさんのたいそう大きな笑い声が響く。
「神の首を斬る奴が他に居てたまるか。あー、面白い」
「我の知る限りでは、こんな恐れ知らずはニコくらいだろうな……」
「はあ? あんな気狂いの享楽主義者とセドを一緒にするな」
突然の乱雑な物言いに、ええ、とゼファ様が困惑の声をあげる。そうか、ニコ様と僕に血の繋がりがあることをゼファ様は知らないのか。……ムウさんをこれ以上刺激しないためにも、黙っておいたほうが賢明かもしれない。
「しかし、急に心変わりしたんだな。何があんたを変えた?」
「……我はセドが、もっと軽い気持ちで、神を継ぐと言うておるのかと思っていてな。ちゃんと聞けば、ちゃんと決めておったから……応えたまで」
「そんな、僕は最初から――あれ?」
……思い返せば、今の今まで面と向かってお願いしていなかったかもしれない。継げます、としか伝えてなかった気がする。またその発言に至るまで、ぐずぐずと悩んでいるだけだった。それだけではない。
「僕、もしかして、ゼファ様に自分の気持ちを全然言っていませんでしたか?」
「ふむ、確かに? そこまで聞いたことがないな……」
天井を仰いで、わざとらしく脱力して見せる。なんとまあ、勿体ないことをしていたんだ、僕は。気恥ずかしさを紛らわすように軽く咳払いして、みぞおちに手を当てて話し始める。
「――僕、ずっとゼファ様のこと、凄くお優しい方だなって思ってました。人のことを大事にするあまり、お疲れになられることも、傷つき悩まれることも多かったろうな、と。だからその肩の荷を少しでも下ろせるのなら、僕に神の力って荷物を預けてほしいな、って今は思います。……言ってない、ですよね?」
「ああ。初めて聞いた……」
「それに。僕にとって、愛するムウさんと永遠を過ごせるなんて、願ってもない幸福なんですよ?」
冗談めかして言えば、ゼファ様の固かった表情が緩んだ。……ムウさんは横で怪訝な顔をしているが。事実だから仕方がない。
実のところ、神になった後のことは何ひとつ考えていない。与えられる永遠をどうやって生きていくか、計画などてんでしていない。だけど、こんなにも柔らかく笑むゼファ様を見れば、この選択は間違いじゃなかった、と信じられる。
「セドも、本当に優しいな」
「ふふん。でしょう」
ムウさんは腕を組み、呆れたように黙って目を閉じていたが、話の区切りだと分かるとおもむろに口を開いた。
「……ところでゼファ。神継ぎの後に予定はあるか?」
「む? 無いが」
「そうか。じゃああんたはうちに泊まっていけ。10日間ほど」
「何故だ?」
ニタリと小さな口端を引き上げれば、クツクツとからかうように笑う。しかし目つきは〝薬師〟の時と同じ真剣さがあった。
「神の姿で何百年も過ごして、まともに人間生活を送れると思うか?……肉体の感覚などとうに忘れているだろう、恐らく食事も水分補給も、歩行さえもままならんよ。入院だ、入院。リハビリをしろ」
「そ、それくらい造作もない――」
「あんた、神継ぎ直後の人間に立ち会ったことがないのか? ニコでさえ失禁していたぞ?」
ゼファ様は絶句していた。予想だにしなかったであろう情報にかなり引いている。代償を得るのは僕だけじゃなく、ゼファ様もらしい。これから生きる為の行為を強いられる身体となるのだ。
「……セドにはそのような姿、見せたくはないな」
「だ、そうだ。継いだあとは暫く出てってくれ」
「え? 嫌ですよ。ムウさんと他の男が二人きりなんて、首を刎ねるじゃ済まないです」
さらりと返した僕の言葉に、ゼファ様は更に顔を強張らせた。あれ、そんなおかしなこと言ったっけ。いや、流石に怖いことを言ってしまったか?
「……お、お主、何というか、そこまでムウのことを……」
「ベッドはお貸ししますし、僕は階下に居ますから。手は出さないでくださいね」
「ああ……なに、幼子は趣味ではない。大丈夫だ」
「私とて、好きでこの姿をとっていないのだが?」
こめかみに皺を寄せて強く悩むゼファ様と、ぷっと頬を膨らませるムウさんを交互に見やる。二人にいつか撫でて貰った頭や、抱きしめられた感触や、心細い時そばにいてくれた時間を思い出す。
こうやって、二人が自身の感情や想いを繕うことなく、話せる日がきてよかった。
二人が憂うことなく、すっきりと笑うことができてよかった。
それに――ああ、いや。
ちゃんと、口にしないと。
「……ムウさんとゼファ様に愛してもらえて、よかった、です」
唐突だったためか、二人がパッとこちらを振り返る。
しばらくして、ゼファ様は照れくさそうにはにかんで、ムウさんは不敵な笑みを浮かべながら、優しい声で静寂を破った。
「どういたしまして」




