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46/63

45 掴めるなら

 加速する。


 僕の意図を汲んだのか、途中からゼファ様の神力が加えられてさらなる速さを得る。安全に着地できるほど気持ちに余裕はなく、草原へと身を放れば、全身を打つように地面に叩きつけられ、いくらか転がって受け身をとる。ゼファ様のほうを見れば、マナを操作しつつも二、三歩よろめいて着地し、両足で立つ。


「何故――そこまで怒っている……」

「っ、はあ、そりゃそうでしょう。僕以外に後継者の心当たりでもあるのなら、話は別ですが」


 ぐ、とゼファ様が押し黙り、目を逸らされる。


「ないのですね? 心当たりは」

「……それは」

「では素質持ちは、どれくらい頻繁に会えるものなのですか」

「普通に生活していれば、百年に一人ほどは――」

「間に合いませんよ、それじゃ。貴方は人を殺めたいのです? ゼファ様がはぐれれば、この大陸ひとつくらい、ただでは済まないでしょう」


 ゼファ様が討った中位神でさえあの大きさだ。それもケルク様の竜化が始まる前からゼファ様がずっと隣に居たために、事前に人の居ない場所に――この草原に連れ出したがために惨事を未然に防げたのだ。それに。


「それに、ゼファ様自身が知らぬ間に、誰かを殺してしまったと知れば……もしはぐれた後も内に意識があるとすれば、きっと貴方が一番、傷つくはずです」

「……それ、は……」


 何も言えなくなってしまったゼファ様を睨みつけながら、ゆっくりと僕は立ち上がる。意識をマナへ向け、握っていた手を開いてマナを吸い込む。


「風の神を継がせて下さい。僕に」


 神相手に刃物も神力も通用しないのは分かっている。この行為は脅しの材料にすらならない。ただ伝わればいいと思った。ただ、ゼファ様が僕の想いを汲んでくれればいい。


 その時、身体に流入するマナががくんと減った。ゼファ様もマナを吸い込んでいるのか――そう認識した刹那、突風を腹に受け、後方へ吹っ飛ばされる。


「かはッ――」


 予期せぬ衝撃に腹の底からむせてしまう。再び地面に転がされ、土が僕の服だの頬だのを汚す。


 本意ではないのだと言わんばかりに、ゼファ様は今にも泣きそうな顔をしていた。表情とは対照的に、説教をするかの如く威厳ある声で訴える。


「……病や薬に狂えることもなく、正気で居続けねばならぬのだぞ」

「覚悟の上、です」

「永遠に近い命の中、他者を看取り続けねばならないのだぞ?」

「だから何なのですか」


 歯を食いしばるゼファ様と向き合い、互いにマナを練り上げる。マナの純度や量では敵わないものの、不思議と負ける気はしなかった。


「――お主の未来は、マグノリアが、ムウが、魂を賭して守ろうとしたのだろう!?」

「僕の未来は、人間だろうが神だろうがずっと続くのですよ!」


 ゼファ様の神力が襲いかかり、その重たい風圧で僕の身体を地面に縫い止めようとする。しかしいずれも手加減されており、急所は外されていた。僕は体勢を立て直しながらもその神力をいなし、躱し、全力でゼファ様を吹き飛ばそうと試みる。


「分からんのか、全て手放すこととなる! お主が人であった軌跡も! その美しい魂も! 生きる歓びも、全て!」


 マナが体中を駆け抜け、引き裂かれるような痛みと熱が全身を襲う。しかし構っていられない。喉を削るように、声を絞り出して叫ぶ。


「構いません! 僕が最も手放したいのは、何もできないと嘆く自分です! だからっ、だから――!」


 多量のマナの隙間を縫って、マナを強く押し出し、導く。

 その先にはゼファ様の喉笛があった。




「――全部手放してでも、貴方の手を掴めるなら、それがいい!!」




 一閃。


 僕の送り込んだマナが、ゼファ様の首を刎ねた。


 マナ構成体で出来た身体は血が出ることもなく――断面を光らせて、首から上がぼとりと地面に落ちる。まもなくして、離れた頭部がマナの光となってほどければ、ゼファ様の首に巻きついて頭や顔を形作った。



「何故……」


 ゼファ様は刎ねられた部分を手でなぞりながら、呆然とこちらを見る。僕は肩で息をしながら、崩れるようにひさまずき、拳を胸に当て、最敬礼の姿勢をとる。


「風の御神、ゼファ様。どうか僕に、その力をお継がせ下さい」


 地面に視線を向けているから、ゼファ様の表情はわからない。やがて、震える小さな声が頭上から聞こえた。


「……お主を、永遠の時の中に閉じ込めてしまう……我は……」

「違いますよ」


 痛む身体が悲鳴をあげており、今にも気を失いそうになるが、やっとの思いで伝える。 


「永遠を、〝生きて〟みせます」

 


 ――長い長い間を置いて、大きなため息が聞こえた。

 諦めたような、ひどく柔らかい声音でゼファ様は返事をした。


「……わかった」

「で、では……!」

「但し、継ぐのは一週間後だ。我も心に整理をつけたい。それに――」


 ゼファ様が僕の目の前でしゃがみ、覗き込んでくる。顔をあげれば、穏やかな緋色の目が、優しく僕を見つめていた。


「――神となれば、姿形が変わらなくなる。身綺麗にするなり、人の身でのみ出来ることなりすると良い。……な」


 大きな手のひらがゆっくりと伸びて、僕の髪をくしゃりと撫でた。……マナ構成体らしいひやりとした体温に、懐かしさを覚える。


「……僕のわがままを、ありがとうございます」

「今回だけだぞ?」

「はい、はい――」


 最後の力を振り絞って、僕はゼファ様に笑いかけた。

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