41 来客
まだ寝間着なので、マグノリアを軽く撫でてから顔と口をすすぎ、髪を梳いて束ね、着替え、そして右手首に飾り紐を巻く。その様子をマグノリアが興味深そうに見つめてくる。
「そんなアクセサリーなんて持っていたか?」
「これですか? この間、友人に貰ったんです」
友人、という言葉がするりと口から出たことに、自分のことながら静かに驚く。フランツとはほんの僅かな期間しか言葉を交わしていないのに、まるで昔からの知り合いのように思っていた。
「……友人」
「あは、嫉妬ですか?」
「まさか。喜ばしいことだ」
マグノリアは顎に手を添えて、ぷいとそっぽを向きながら答えた。長く一緒に居た相手に、自分の知らない情報があるともやもやする気持ちは少し、いや大いに分かる。
「最近知り合ったばかりなんです。心配しなくても、また紹介しますよ」
さて、と呟きひとつ伸びをして、マグノリアに微笑みかけた。
・ ・ ・
その日の夕方頃、庭に適当な数の薪を運んでおくようムウさんに言われたので、大きめのものを数本選び、薪棚から運ぶ。やはり大人の姿を保つのは疲れるようで、遅めの昼食を摂る頃にはいつもの幼い姿に戻ってぐったりしていた。
開けた場所に適当に転がしたところで、ムウさんが怠そうに玄関から出てくる。
「ありがとう。助かるよ」
「どういたしまして。しかし何故、薪を?」
「少し試したいことがあってな」
ムウさんはそう言うと、庭の向こうの木を指さすような仕草をした。
「枝を、一本……あっ」
指先に火花のようなマナの光が散ったかと思えば、木の幹のど真ん中から、まるで小枝のように簡単に折れた。
「やはりか。私の記憶と魂が解放されたせいか、神力のコントロールが効かない。……強すぎる」
どすん、と地面を揺らして庭へと落ちる木の上半分から、葉が舞い、鳥たちがばたばたと飛び立つ。ムウさんはため息をつき、僕の方へ向き直る。
「というわけだ。神力の制御の訓練がしたい。何か欲しいものはあるか? 小さめで複雑なものだといい」
「これらの薪を削って作る、とかですか?」
「作り変える、が正しいか。固形物から固形物へなら、〝理論上〟何にでも変化させられる。私ならな」
そう聞くと、地の神力はかなりなんでもできるんじゃないか、と思う。木をガラスにすることも、瓶をパンにすることもできるらしい。
欲しいもの、と聞かれたところで良いものが思いつかないので、小さくて複雑なものという観点から検討してみる。何かあっただろうか、と少し考えて思いつき、あ、と声を漏らした。あの複雑でキラキラしたパーツがいくつもついた、アレなら。
「シャンデリア、とか」
「フ、そいつはいい」
ムウさんはニッと笑って、薪へ手をかざす。目を閉じて細い深呼吸をして、集中しているようだ。
ムウさんの身体が淡く光る。威圧感はあまり感じなかったので、相当に出力を絞っているのだろう。やがて薪の一本の輪郭が溶け、歪み――水晶に似た巨大な物体へと作り変える。その大きさは腰ほどまであり、陽の光でキラキラと輝いている。
「……中々、手強そうだ」
クツクツと苦笑し、ムウさんはシャンデリアを作れるように、いくつも丸太に神力を使っては巨大な水晶もどきを作っていた。
日が落ちきるまでムウさんの訓練は続いた。完成させることはできなかったが、昆虫ほどの小ささの水晶もどきを作れるようになったらしい。最後はそれらを全て神力で溶かし、巨大な薪へと戻していた。
星がぽつぽつと空へ落ち始めた頃、茂みから人影がごそごそと音を立てていた。
「来客か?」
ムウさんが怪訝な顔をして呟く。誰かを家に招いた記憶はないし、ムウさんの客でもないらしい。やがて、大きな影がのそりのそりと藪の隙間から姿を現した。
「セド。……忘れ物だ」
「ゼファ様!」
鞄や荷物をゼファ様の家に置きっ放しにしていたことを、届けられて初めて思い出す。
「すみません、届けて頂いて」
「気にするな」
ゼファ様は僕の隣に立つムウさんを見下ろして、言葉に迷う素振りを見せた。
「それよりも、そっちの」
「……ゼファ、すまなかった。私はなんとか、だ」
「良かった。マグ――」
「ムウと呼んでくれ。訳あって今はそう名乗っている」
ゼファ様がこちらに目配せしてきたので、ゆっくり頷いた。
「――ムウ」
「助かるよ」
申し訳なさそうに笑って、ムウさんが会釈する。
その時、ぐう、と僕の腹の虫が声をあげてしまった。あはは、と笑って恥ずかしさを誤魔化す。
「……宜しければ、ゼファ様もご一緒しませんか」
「そうさせてもらおう。色々と、ムウにも弁明の機会を与えてやらねばな」
「……そうだな……」
一体ムウさんが何をしたというのか。それとも過去、幼い僕をゼファ様に預けた頃の話だろうか。ばつが悪そうにムウさんは後ろ髪を混ぜ、ゼファ様を家へと招き入れた。




